知っている俳優さんが亡くなると、きまってその人の若い頃を思い出し、寂しいけれど成功してよかったなぁと思う。昨日他界されたイギリスのロジャー・ムーアさんも同じで、この人の代名詞のようになったジェームズ・ボンドよりも先に、若手の頃出演したアメリカ映画「セブンセントの決闘」を思い出した。イギリス紳士らしからぬ西部劇への出演で、当時西部劇のスターだったクリント・ウォーカーの相棒役だった。なんともたよりない相棒で、後年、ジェームズ・ボンド役で大スターになるなど夢にも思わなかった。
この「セブンセントの決闘」には僕個人の忘れられない思い出がある。見たのは高校1年夏の東京合宿中。練習休みの日に、チームメイトと一緒に、渋谷で公開が始まったばかりのジョン・フォード監督の「馬上の二人」を見に行った。当時の僕にはこの作品の面白さがいま一つ理解できなかった。不満足感が残ったまま東横線で宿舎のある元住吉まで帰って来ると、「セブンセントの決闘」の看板が。まだ時間もあるし、ハシゴするかとチームメイトを誘い、その映画がかかっている二番館へ直行した。当時の僕にはこちらの方がよっぽど面白かった。満足して宿舎へ帰ると、初めての上京で地理不案内な僕たちを心配して渋谷の映画館まで案内してくれた先輩がおかんむりだった。先輩がおっしゃるには映画が終わる時間を見計らって迎えに行ってくれたという。そんなこととはつゆ知らず、さっさと映画館のハシゴをしてしまったことを謝るしかなかった。そんな思い出が残るロジャー・ムーアの西部劇なのである。
セブンセントの決闘(1961)におけるクリント・ウォーカーとロジャー・ムーア
この「セブンセントの決闘」には僕個人の忘れられない思い出がある。見たのは高校1年夏の東京合宿中。練習休みの日に、チームメイトと一緒に、渋谷で公開が始まったばかりのジョン・フォード監督の「馬上の二人」を見に行った。当時の僕にはこの作品の面白さがいま一つ理解できなかった。不満足感が残ったまま東横線で宿舎のある元住吉まで帰って来ると、「セブンセントの決闘」の看板が。まだ時間もあるし、ハシゴするかとチームメイトを誘い、その映画がかかっている二番館へ直行した。当時の僕にはこちらの方がよっぽど面白かった。満足して宿舎へ帰ると、初めての上京で地理不案内な僕たちを心配して渋谷の映画館まで案内してくれた先輩がおかんむりだった。先輩がおっしゃるには映画が終わる時間を見計らって迎えに行ってくれたという。そんなこととはつゆ知らず、さっさと映画館のハシゴをしてしまったことを謝るしかなかった。そんな思い出が残るロジャー・ムーアの西部劇なのである。
セブンセントの決闘(1961)におけるクリント・ウォーカーとロジャー・ムーア
たしかに西部劇専門BBSに投稿させていただいておりました。当時は私が大好きだった俳優ワード・ボンドのハンドル名を使わせていただいていました。
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よろしくお願いいたします)^o^(