キツツキのドラミング

思い付くまま, 気が付くまま・・

さて石破さんの人望は如何に

2017-07-11 15:55:11 | Weblog

 

 自民党の石破茂と民進党の玄葉光一郎が10日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、報道各社の世論調査で安倍内閣の支持率が下落していることについて議論した。石破氏は「自然現象で下がったのではない。理由があるから下がっている」と指摘したうえで、「立ち居振る舞いが国民の共感を呼ばなかったなど、要素はいろんなものがある」と語った。玄葉氏は「(原因は)安倍首相の国民との向き合い方に対する疑念や国会への向き合い方に対する疑問だ。国民はきちんと見ており、結果としてのこの数字だ」と述べた。と11日の読売新聞が報じている。玄葉は、よそ様の自民党、内閣支持率低下の原因云々より、国民が完全に民進党を見放しており支持率の回復は不可能だと悟るのが先だ”己の頭の蝿を追え”だ。小池の都知事選出馬、都議選と自民党支持率低下が始まった途端、党内反主流の連中の安倍政権批判の言動が激しくなって来た。特に石破が顕著。石破茂はツイッターでは「(安倍首相の答弁について)その場で野党を論破するのはテクニックとして一つのやり方だろうが、野党議員の向こうに国民がいる事を忘れてはいけない」石破茂「野党だって国を滅ぼそうと思って言っているわけでも、荒唐無稽な事を言っているわけでもない。彼らも全国民の代表者で、取り入れるべき主張は取り入れ、取り入れられない点はなぜかという事を分かりやすく話す事が大事だ」新聞では石破「内閣改造という小手先の対応が通用する状況ではない」石破はブログでも 「都議会議員選挙は予想以上の自民党大敗となりました。今回は今までとは全く異なる雰囲気を感じており、結果は開けてみなければわからない」大意そのように記しましたが、まさにその通りでした。一言で言えば「自民党は本当に国民の側を見て政治をしているのか」が問われたのだと思います。勿論そうでなくてはなりませんし、そのように努めている議員も大勢居るのですが、どうしてそのように有権者に思われたのかを分析し、改善しなくてはなりません。共に同じ船に乗っている者同士が責任の押し付け合いや犯人捜しなどしている場合でないことは当然ですが、同様に挙党体制というものが一切の意見や批判を許さないことと同義ではないことも当然だと思います。多忙な有権者は、政党の姿勢を敏感に見抜く目は持っています。マスコミの報道にも言いたいことは多くありますが、どんなに苦しく、悔しく、辛くても、民主主義に必要なインフラとして甘受する他はありません・・」悟ったようなセリフ。それでは自民党内で石破の評判はどうか?頭は良さそうだが、情より理が優先、下働きを嫌い、権力志向を隠さずガツガツした政治家。党内の美徳とされる「長幼の序」「和」「情」が感じられぬ。政策通で「論客」として認めるが、党長老や同僚議員にしてみれば、「高圧的」「人を見下した感じ」に受け取られ、過剰に丁寧で、論を切々と説く話し方は、同僚をコバカにしているように聞こえる。過去の離党歴なども、その時々の時流や、権力志向によって平気で人を裏切る人物ではないかとの疑念を抱かせる。森喜朗元首相は「何度も党を変えるというのは、辛抱がないということだ」と公言。石破は森幹事長だった1993年『こんな党にいても何もできない』とタンカを切って離党。新進党の結党に参加するものの、1997年、抜けぬけと自民党に復党。野党転落後に自民党を捨てて出て行った過去は何時までも消えないのが当然。さて安倍の足を引っ張って総理の座を目指すか?さて”弱り目に祟り目”の安倍の足を引っ張って総理の座を目指すか?党内で人望のないのは石破自身が蒔いた種である。石破派=水月会、19名。若狭勝は、自民党を離党、小池の都民ファーストに参加。
 石破茂 1957年2月4日(60歳)慶大法  自由民主党→改革の会→自由改革連合→新進党→無所属→ 自由民主党(額賀派→無派閥→石破派)と目まぐるしい党遍歴である。

 写真は『眠り猫』日光東照宮の回廊にある建築装飾彫刻作品21cmと小さい。伝説的な彫刻職人左甚五郎の作品と伝承。
下は神厩にある『三猿』。論語の「不見・不聞・不言」に語呂合わせの「猿」がくっつき、見ざる→見猿となったといわれている。

 

 

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