社民党 京都府連合 副主席 野崎靖仁 語録
社民党 京都府連合 副代表・政策審議会長 野崎靖仁、43歳。
日々の思いを書き綴ります。
 



別宮暖朗『誰が太平洋戦争を始めたか』(ちくま文庫)を読む。



内容(「BOOK」データベースより)
戦争を始めるには膨大なペーパー・ワークを伴う「戦争計画」に基づいた、
「動員」「集中」「開進」「作戦」という兵力の運用が必要である。
大日本帝国の場合、
それを策案したのは軍令参謀本部に代表される巨大官僚組織だった。
では、太平洋戦争はどう準備されたのだろうか。
支那事変から真珠湾攻撃までの経過を検証し、
「縄張り意識」と「無責任」が支配する官僚国家が引き起こした
悲劇の内幕に迫る。

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気になる部分を抜き出してみました。

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山本五十六はハワイ作戦の実行を訴えたが、
不思議なことに日米戦争とは直接に結びついていなかった。
ハワイ作戦が成功すれば、米国民は士気阻喪し、
ただちに手を上げ休戦を申し込んでくると見ていた。
ハワイ作戦は、長期化しかねない日米戦争回避の手段であったのである。
(174頁)

真珠湾攻撃の直前、首相経験者からなる重臣会議が開催されたが、
大多数は開戦に反対した。それでも彼らの意見は一顧だにされなかった。
重大な政治的決定については元老や政党政治家など官僚組織から離れ、
独立して判断が下せる人物が決定権を持つことが必須である。
大本営政府連絡会議は現役主義のため、全員が官僚組織代表であった。

人生経験もなく社会的訓練もない若手官僚が
一国の和戦といった重大事項に関わると、
自分のセクションにおける最適解しか出すことができない。
日本の大失敗は、
首相なり政党の重鎮が役所に引きずりまわされたあげくに起きている。
(206頁)

太平洋戦争の真の作者は「ハワイ作戦」そのものである。
作戦計画が勝手に暴走したのである。
昭和期の意思決定過程には、暴走を食い止める仕組みがまったくなかった。
(中略)
一九四一年十二月の日本の指導者は、
作戦がいかなる結果を招くかについて想像することすらせず、
しどろもどろになりまがら、世界戦争に飛び込んでいったのである。
(208頁)

日本における重大な政策失敗は、
必ず自らの職場が運命共同体と思いこんだ官僚によってもたらされる。
彼らは常に政治不信を言い募り、自分たちが優秀な人材であると主張する。
それゆえ、運命共同体的象徴制度が依然として残る現代日本においても
参考にされる必要がある。
(218頁)

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小室直樹は「空気の支配」という言葉で太平洋戦争への道を説明しましたが、
別宮説の方が官僚制の病理から説得力ある説明になっています。

日本の官僚制の問題点について考えさせられる内容でした。

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