社民党 京都府連合 野崎靖仁 副主席語録
社民党 京都府連合 政審会長・幹事長(近畿ブロック協議会副議長) 野崎靖仁、48歳。
日々の思いを綴ります。
 



京大附属図書館で
森伸生・ 柏原良英『正統四カリフ伝(上・下)』
(日本サウディアラビア協会)を読みました。



書庫に所蔵されているので、係員に書庫から出してもらって、
館内で一気に読みました。
(卒業生は借り出すことができません。)



カリフとは「アッラーの使徒の代理人」。
預言者ムハンマドの死後、イスラム共同体の長となった
四人の教友たちを「正統カリフ」と呼びます。

初代正統カリフは、ムハンマドの親友で、
ムハンマドの妻の一人アイーシャの父、アブー・バクル。

ムハンマドよりも3歳年下ですが、
ムハンマドの死後2年間カリフの座にあって、
ムハンマドと同じ63歳でこの世を去りました。

二代目正統カリフは、迫害者から熱心なムスリムへと転じた、
ムハンマドの妻の一人ハフサの父で豪勇の士・ウマル。

10年間カリフの地位にあり、
ムハンマドとアブー・バクルと同じ63歳で暗殺されました。

ここまでが上巻のアブー・バクルとウマル編です。

この二人はムハンマドの義父でもあります。



三代目正統カリフは、名門ウマイヤ家の一員で、
ムハンマドの娘婿だったウスマーン。

12年間カリフの地位にあり、80歳で暗殺されました。
没年については80歳、85歳、63歳と諸説あります。

アブー・バクルと同年代のようですから、80代前半でしょうか。

最後の正統カリフが、ムハンマドの従兄弟で養子で娘婿のアリー。

ウマイヤ家のムアーウィヤとの間で争いとなり、
カリフになって5年後に暗殺されました。

アリーの死で正統カリフの時代は終わり、
ムアーウィアの子孫がカリフを世襲するウマイヤ朝の時代に入りました。

ここまでが下巻のウスマーンとアリー編です。

この二人はムハンマドの義理の息子です。



この本では、四人の正統カリフの伝記が順番に書かれています。

初代アブー・バクルと三代目ウスマーンはムハンマドとほぼ同年代。
ウマルは20歳ほど、アリーは30歳ほど年下。

四人ともムハンマドの教友なので、
入信の経緯やムハンマドとのエピソードが詳しく書かれています。

それぞれの伝記を読むごとに、ムハンマドの生前の話に戻るので、
話の流れがカリフごとに断ち切られて読みにくく感じました。

ムハンマドの生前の話は四人まとめて記述し、
カリフに就任してからの話をリレー形式で述べてくれれば、
流れがスムースになったのですが。

ムハンマドの身内でカリフの地位をたらい回しにしたのが
「正統カリフ」とまとめてしまうと、

・アリーしかカリフとして認めない:シーア派(少数派)
・身内の四人まとめてカリフとして認める:スンナ派(多数派)

という違いが理解しやすくなる…かな…

正統カリフの四人はムハンマドの出身部族クライシュ族の一員であり、
クライシュ族に連なるイスラム教徒の成人男子であれば、
誰でもカリフになれる、というのがスンナ派のロジックです。

ウマイヤ朝もアッバース朝も、クライシュ族の末裔がカリフになっています。
「源氏でなければ征夷大将軍にはなれない」という考え方と似ています。

もっとも、オスマン帝国のスルタン=カリフであるオスマン家は
クライシュ族とは縁もゆかりもないので、原則は崩れたようですが。
(「源氏でなくても征夷大将軍になれる」ようなものですね。)

新書版でリライトした『正統四カリフ伝』を出してほしいものです。



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