社民党 京都府連合 野崎靖仁 副主席語録
社民党 京都府連合 政審会長・幹事長(近畿ブロック協議会副議長) 野崎靖仁、48歳。
日々の思いを綴ります。
 



新保良明『ローマ帝国愚帝列伝』(講談社選書メチエ)を読む。



暴君として知られるネロやカリグラ、浴場に名を遺したカラカラなど、
「愚帝」とされるローマ皇帝の行状を紹介した一冊です。

共和政ローマの形を残しつつも、数々の権限を一身に集めることで
「同輩者中の第一人者」でありながら
「元首」として事実上の君主となったのが帝政ローマでした。

「淫蕩帝列伝」としてカリグラ帝とエラガバルス帝、
「放蕩帝列伝」としてネロ帝とコシモドゥス帝、
「残虐帝列伝」としてドミティアヌス帝とカラカラ帝。

皇帝なら「列伝」ではなく「本紀」だと思うのですが、
細かいことは気にしないのがいいでしょう。

強大な権力を思うままに振るった
キャラのたちすぎる「愚帝」たちの所業も面白いのですが、
「愚帝」の支配にも揺るがぬローマ帝国の体制も興味深いところです。

ローマ皇帝の一日の仕事は、夜明け前に起きて正午まで執務。
午後の一部を公務に費やす皇帝もいれば、午前中で執務が終わる皇帝もいます。

皇帝の仕事の大半は裁判であり、行政に費やされる時間は少ないものでした。

精励恪勤ぶりで知られたアウグストゥス帝やマルクス・アウレリアス帝でさえ、
「日没まで裁判を行い続けた」と記されているので、
裁判が皇帝の仕事のメインであると言えます。

そういえば、使徒パウロはローマ市民だったので、
ユダヤでの裁判ではなく皇帝裁判を受けるためにローマへ行ったことが
「使徒言行録」に書かれています。

そのときのローマ皇帝はネロでした。

このことは本書に書かれていませんが。

また、ローマ帝国の官僚は、たったの300人。
しかも午前中で仕事は終わり、という次第です。

こんな状態で広大なローマ帝国が維持できたのは、
名望家(富豪)が自腹を切って運営する都市に行政を丸投げしていたからです。

午前中で仕事が終わるなら、皇帝や官僚も気楽な稼業かな、
なんて思ってしまいます。

石原元都知事が週に2~3日しか登庁していなかったことが批判される現在。

ああ、できることならローマ皇帝になりたいものです。

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