九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

正八幡神社(福岡県川崎町)

2008-02-24 10:09:04 | 神社参拝ー福岡
 正八幡神社(福岡県川崎町)を掲載しました。

 正八幡神社(しょうはちまんじんじゃ)
【鎮座地】〒827-0004 福岡県田川郡川崎町大字田原894 旧豊前国 田川郡
【御祭神】應神天皇 仲哀天皇 神功皇后
【例祭】1月1日 歳旦祭 3月15日 祈年祭 5月3日 例祭
【旧社格等】村社
【御由緒】
 社記に曰く、神宮皇后三韓征討の時、此辺邑を領する田原麻瑠なる者随行す。欽明天皇三十一年譽田天皇宇佐の里に顯れ給ふ時、田原麻瑠の子孫此の地に勧請せしと也。
 貞觀十八年田原麻瑠の裔田麿神託を奉して之を草造すと。宇佐神宮旧神職大宮司到津家所蔵古文書に云、田河郡位登郷原乃楠乃森正八幡宮貞觀十八年大菩薩託村主田麿曰、田河郡位登郷原乃楠乃森者吾母香椎明神三韓征伐仁従比志田原麿乃住女流處奈里吾礼是礼仁因美穂波乃本宮仁行通布度仁常仁休息良倍杼宿流可支家无志、汝田麿為吾宮造志而奉斎礼吾常石仁鎭里弖可令遂領民安穏之宿願者田麿承之随神託奉造進神宮千件地云々。
 弘和三年古宮より現社地に移轉再建す。神殿梁下の文に曰く、弘和三年亥八月移此地再建以下文字不明。
特殊祭事
 杖楽願成就祭人皇七十六代近衛帝之御宇之壽永年間、鎮西八郎為朝武門の技、即ち杖、神通鎌四十八手の技を正八幡の社前に奏せりと。以後平成の現在に至る迄毎年例祭日五月三日四日杖楽殿に於いて奏技を行い、武を尊ぶ精神修行につとむ。尚往古鎮西八郎為朝正八幡宮崇敬の餘り水田二町を御供田として献納せしも天正の頃豊臣秀吉悉く神領を没収せり。今尚神供田と称する田地あり。即是なりと云伝ふ。例祭日五月三日四日。
杖秘極巻一巻(神通鎌等四十八手の事を記す)。神通鎌一枚、鎮西八郎為朝寄進。神殿梁下彫刻物弘和三年亥八月移転此地に再建と記せり。
 (平成祭データ)

北九州市から直線で南におよそ40km、田川郡川崎町にあります。国道322号線「田原交差点」から県道95号線を添田町方面に数百m、中元寺川を挟んで川崎小の西に鎮座しています。
 寛永6年(1629)4月建立の一の鳥居のをくぐると割りと広い境内、参道両脇には狛犬が数対あります。

 皇紀2600年記念碑
皇紀2600年記念碑と立太子礼祈念の碑、境内入口右手にあります。

境内左にある御神木から拝殿

 参道の鳥居大正元年十一月二十日建立です。

 拝殿 

 本殿昭和55年御鎮座1400年を迎えた歴史のある古社です。
 神功皇后の三韓征伐に従軍した当地の領主、田原麻瑠の子孫田麿が敏達天皇御即位元年壬辰の年に勧請したのが創始と伝えられています。

 境内社須佐神社御祭神は須佐之男命 稻田姫命のご夫婦です。
 本殿との間には天満神社があります。

   境内社
本殿左に石祠の猿田彦大神など多数の境内社があります。

 拝殿から参道
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