九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

日御碕神社(島根県出雲市)

2010-02-23 16:57:35 | 神社参拝ー中国
 日御碕神社(島根県出雲市)を掲載しました。

 日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)
【鎮座地】〒699-0763 島根県出雲市大社町日御碕455 旧出雲国 神門郡
【御祭神】天照大日孁貴 神素盞嗚尊 (配祀)正勝吾勝勝速日天忍穗耳命 天穗日命 天津彦根命 熊野杼樟日命 活津彦根命 田心姫

命 湍津姫命 市杵嶋姫命
【例祭】
【旧社格等】国幣小社(現別表神社)
      出雲國出雲郡 御碕神社
【御由緒】
 日御碕神社御由緒
下の本社(日沉の宮) 主祭神 天照大御神
 村上天皇天歴二年勅命により現在の地に移し祀る(一千年以前)
上の本社(神の宮) 主祭神 神素盞嗚尊
 安寧天皇十三年勅命により現在地に移し祀る(二千五百年以前)
 古来両本社を総称して日御碕大神宮と称す

 日沉の宮の遠源は、神代の昔素盞嗚尊の御子神天葦根命又(天冬衣命と申す宮司家の遠祖)現社地にほど近い経島に天照大御神の御神託を受け祀り給うと伝えられる。又「日出る所伊勢国五十鈴川の川上に伊勢大神宮を鎮め祀り、日の本の昼を守り、出雲国日御碕の清江の浜に日沉宮を建て、日御碕大神宮と称して日の本の夜を譲らむ」天平七年乙亥の勅に輝く日の大神の御霊顯が仰がれる如く、古来日御碕は夕日を餞け鎮める霊域とされ、また素盞嗚尊は出雲の国土開発の始めをされた大神と称えられ、日御碕の「隠ヶ丘」は素尊の神魂の鎮まった霊地と崇められた「神の宮」は素尊の神魂の鎮まる日本総本宮として「日沉宮」と共に出雲の国の大霊験所として皇室を始め普く天下の尊崇をうけ現在に至っている。然してその御神徳は天照大御神の「和魂」素盞嗚尊の「奇魂」の霊威を戴き「国家鎮護」「厄除開運」「交通航海の安全」「良縁・夫婦円満・安産」「家業繁昌」の守護神として御霊験あらたかである。
 現在の社殿は、徳川三代将軍家光公の幕命による建立にして西日本では例のない総「権現造」である。両社殿とも内陣の壁画装飾は極彩色で華麗にして荘厳の至りである。
 社殿の殆ど、及石造建造物は国家重要文化財である。
  例大祭 八月七日
  神幸祭(夕日の祭)八月七日夕刻
  (境内由緒掲示板より)

 島根県出雲市大社町にあります。出雲大社から海岸沿いに走る県道29号線を西北に10数km、島根半島のほぼ西端に位置する日御碕漁港入口に鎮座しています。

 楼門鳥居をくぐり参道を進むと朱の華麗な楼門です。
右手前に手水舎、左には「出雲日御碕大神宮」とある社号標が建っています。 
 社殿のある境内は楼門から回廊に囲まれています。この楼門や回廊を含む華麗な社殿など14棟が国の重要文化財に指定されています。

  楼門から参道
 楼門を入ると、左右対称的に同じ造りの朱の鮮やかな門客人神社、正面に日沈宮/下の宮の拝殿、右手階段上に神の宮/上の宮です。

  日沈宮拝殿
 日沈宮は当初清江の浜の経島に鎮座していました。素盞鳴尊の御子天葺根命がに清江の浜に出掛けた時、天照大御神の「此処に鎮りて天下の人民を恵まん、汝速に吾を祀れ」との御神託によって奉斎したのが創始と伝えられています。

 日沈宮社殿全景 
「日沈宮」の由来は、伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、当社は「日の本の夜を守れ」との天平7年乙亥の「勅」によるとされています。出雲国風土記には「百枝しぎ社」と記載されています。
 現在の社殿は、日沈宮、神の宮共に徳川三代将軍家光公の命により、幕府直轄工事として、着工以来10年の歳月をかけ、寛永21年(1644)竣工しました。当地方の出雲造り(大社造り)でなく、日光東照宮等と同じ極彩色の華麗な権現造りの謎が解けました。
 直近では平成14年から屋根の葺き替え、丹塗り替えなど大規模な改修工事を開始し平成19年竣工しました。

 神の宮拝殿  
 神の宮へは石段を上ります。石段の右手に松の巨木が聳えて参道を覆っています。寄る年波に耐えて枝には支柱が何箇所も設置しています。
 当社は当初、背後の「隠ケ丘」に鎮座していました。素盞嗚尊が「吾が神魂はこの葉の止まる所に住まん」と柏の葉を投げ占ったところ「隠ケ丘」に止まった。よって御子天葺根命はこゝを素盞鳴尊の神魂の鎮ります処として奉斎したと伝えられています。
 
  神の宮本殿
 安寧天皇十三年勅命により現社地に御遷座され(出雲国風土記に記載の美佐伎社)後「日沈宮」と共に日御碕大神宮と称せられました。神の宮の由来は神道大辞典に上の宮の假字とあります。
 
 神の宮社殿全景
下の宮と同様、屋根の葺き替えを除く丹塗り替えなど改修工事が平成19年竣工したばかりで朱の鮮やかさもひときわです。

 御神砂之碑神の宮拝殿の左横にあります。
当社の御神砂は古来地鎮祭の鎮めものとして用いられていますが、医者にも見離された交通事故で瀕死の患者につけたところ全快したとのことです。昭和49年の奉納です。

  境内末社・稲荷神社神の宮本殿の後方奥にあります。
 朱の鳥居から鬱蒼とした森の階段上に社です。

 神紋石舎神の宮本殿の後方にあります。
中に神の宮創始(隠ケ丘鎮座)の由来となった「柏の葉」の化石の「神紋石」が鎮座しています。

 寶庫と境内末社・立花神社日沈宮の右奥、一段上に並んでいます。
右の立花神社は左から八幡社、大歳社・若宮社、坂戸社、加賀社・問社、大野社等数多くが祀られています。
 御祭神は「平成祭データ」には、伊弉諾命 五十猛命 (合祀)素盞嗚命 大市姫命 日神荒魂 曽能若媛命 大山祇命 磐長姫命 意瀰豆努命 須世理媛命 大土神 赤土命 磐土命 底土命 倉稻魂神 稚日女命 近江國諸神 出雲國諸神 稻田姫命 脚摩乳命 天照大御神 道反大神 手摩乳命 とあります。

 昭和天皇御製の石碑
昭和57年くにびき国体の際、当社にご親拝され賜った御歌です。「秋の果の碕の浜の みやしろに をおがみ祈る 世のたひらぎを」とあります。
 左後方の小祠は速荒雄命を祀る荒魂神社です。

  境内末社・蛭児神社日沈宮の右にあります。
 御祭神はイザナギ・イザナミの最初の御子、蛭兒命です。

 参道から楼門参道両脇の朱の鮮やかや門客人神社、御祭神は門守神の櫛磐窗神・豐磐窗神です。

 「和布刈(めかり)神事」のレリーフ
 鳥居をくぐってすぐ参道脇に、旧暦1月5日に神職が海に入り、ウミネコワカメを刈り取って神前に供える神事「和布刈(めかり)神事」のレリーフがあります。

 日御碕灯台 
当社の西北方400m、日御碕半島の突端に聳えています。明治36年(1903)4月1日に完成し、地上からの高さは43.65m(海面から灯火までは63.30m)東洋一と云われています。
 明るさは48万カンデラで光到達距離は39kmとのことです。一般公開されていて、日本海を一望でき、見事な景観と吹き付ける強風でスリルを楽しめます。

 日御碕灯台遠景
 附近の松林一帯は「柏陵園」はと呼ばれ、遊歩道も整備され多くの観光客で賑わっていました。 

  <柏陵園>
 島根半島の最西端に位置し、柱状節理石英角斑岩の上日本海から吹きつける北西の風に耐え倒れるように大きくなった松林一帯柏陵園と呼んでいる。遊歩道から眺める日本海に沈む夕日は北半球では一番美しいと言われている。夏の夜には漁り火が見られ、また冬には日本海にウミネコの飛び交う姿を観ることが出来る。
 (現地案内板より)

 経島日御碕灯台側から夕日に煙る経島です。
神代以来、日沈宮(下の宮)が鎮座されていた島で、頂上に鳥居と小祠があります。現在は国の天然記念物「経島ウミネコ繁殖地」に指定されています。

  経島(ふみしま)
 神社附近海岸の経島は、往昔日御碕神社『日沉宮』御鎮座の霊域として、毎年八月七日、タ日の祭典のため神職が渡島する外は、古来何人も登るを許されぬ島である。
 全島悉く柱状節理をした石英角班岩の岩層から成り、恰も万巻の経文を積み重ねた様で一に「お経島」とも云う。更に又「海ねこ」の産卵、繁殖地として全国的に著名で、天然記念物に指定されている。
 又この附近一帯の海でとれる「和布」は「海ねこ」との神話に関連し古来「日御碕わかめ」として世に喧伝されている。
 (神社パンフレット「日御碕神社由緒略記」より)
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