九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

秩父神社(埼玉県秩父市)

2009-07-26 17:10:30 | 神社参拝ー関東
 秩父神社(埼玉県秩父市)を掲載しました。

 秩父神社(ちちぶじんじゃ)
<通称>妙見さま(みょうけんさま)
【鎮座地】〒368-0041 埼玉県秩父市番場町1-3 旧武蔵国 秩父郡
【御祭神】八意思兼命 知知夫彦 (配祀)天之御中主神 秩父宮雍仁親王
【例祭】 2月3日 例大祭 12月6日 例大祭
【旧社格等】国幣小社(現別表神社)
   知知夫國新一宮
   式内社 武蔵國秩父郡 秩父神社
【御由緒】
秩父神社
 当社は、市の中央柞の森に鎮座し、秩父地方の総社であり、延喜式神名帳にものっている、二千有余年の歴史をもつ関東屈指の古社であります。
人皇十代、崇神天皇の御代、知知夫彦命が、その祖神八意思兼命を奉祀したのに始まるといわれております。

一、御社殿 県指定有形文化財
  現在の社殿は、天正二十年徳川家康の寄進により建立されたもので、見事な権現造りです。特に「つなぎの龍」と「子育ての虎」は、名工「左甚五郎」の作といわれています。

一、 御祭神
 八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)政治、学問、工業、開運の祖神。
 知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)    郷土開拓の神。
 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
  宇宙創造神、俗に北斗七星の神として妙見様といわれる。
 秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)

一、 御祭礼
二月    節分祭(古式による鬼やらい行事が行われる)
四月四日  御田植祭
七月二十日 夏祭り(川瀬祭り)
      悪疫払いの行事、神輿を荒川にもみ込み、屋台笠鉾を曳きまわされる。
十二月三日 秩父夜祭り(冬季例大祭)
  日本三大曳山祭の一つで、国指定重要民俗資料秩父祭屋台、笠鉾六基が、県指定無形文化財の秩父屋台ばやしのリズムに乗って街中を夜を徹して曳かれる。
 (境内案内板より)

 埼玉県秩父市にあります。市の中央、秩父鉄道秩父駅のすぐ西側にある柞(ははそ)の森に鎮座する秩父地方の総社です。

   神門
 鳥居をくぐると左に手水舎から駐車場、右は社務所、秩父宮両殿下の遺品の展示室のある平成9年竣工の平成殿。参道を進むと黒瓦の綺麗な神門です。

  神門から拝殿
 神門を入ると左右に境内社、綺麗に整備された石畳の参道正面に極彩色の豪華な社殿です。 

 拝殿 
現在の社殿は天正20年(1592)に徳川家康の寄進により再建され、直近では昭和41年(1966)の台風で破損したため、4年をかけて解体復元されています。
 社殿四方には、極彩色の豪華絢爛な彫刻が施されています。彫刻には各々いわれがあり詳細な説明の案内板があります。

 拝殿正面(南側)の彫刻
中央に大黒さまと恵比寿さま、奥に寅年、寅の日、寅の刻生まれの家康公にちなんだ4面の虎の彫刻です。

 「子宝・子育ての虎」名工左甚五郎作と伝えられれています。

  未だ群雄割拠の戦国時代、当社は甲斐の武田信玄公の手により、永禄十二年(一五六九年)に焼失の後、徳川家康公のお力により現在のご社殿が再建されました。
 家康公は、寅の年 寅の日 寅の刻生まれということで、虎にまつわる物語が少なくありません。それにちなんでか、当社の拝殿前は四面にわたってすべて虎の彫り物が施されています。
 特に拝殿正面左より二つめの、子虎とたわむれる親虎の彫刻は、名工左甚五郎が家康公の威厳とご祭神を守護する神使として彫刻したものと伝えられています。当時の狩野派では、虎の群れの中に必ず一匹の豹を描くことが定法とされていたことから、母虎があえて豹として描かれているので特徴的です。
 いずれに致しましても、子育てにちなんだ虎の逸話は数多く、皆様のお子様やお孫様の健やかなご成長を祈り、親の心得を添えてご案内申し上げます。
  親の心得
 赤子には肌を離すな 幼児には手を離すな
 子供には眼を離すな 若者には心を離すな
    秩父神社社務所
  (拝殿前案内板より)
 
   拝殿左(西)側の彫刻

  拝殿から本殿
 建築様式は、拝殿・幣殿・本殿の3棟からなる権現造りで、建造時の棟札とともに埼玉県の重要文化財に指定されています。

 当社の創始は崇神天皇の御代秩父国造の始祖知知夫彦命が御祖神八意思金命を奉斎したことに始まると伝えられています。

 「つなぎの龍」左甚五郎作本殿右(東側)にあります。

 その昔、秩父札所十五番小林寺近くに「天ヶ池」という池がありました。その池に住みついた龍があばれた際には、必ずこの彫刻の下に水溜りができていたことから、この彫り物の龍を鎖でつなぎ止めたところ、その後、龍は現れなくなったという不思議な伝説が伝わっています。
 ご本殿東側の鎖でつながれた青い龍の彫刻こそ、この伝説に語られた『つなぎの龍』の姿なのです。
 昔から日本人は、家や地域の四方を青龍、朱雀、百虎、玄武という神使が守っていると信じてきました。この彫刻も、当社の東北(表鬼門)を守護する青龍の姿を、名工左甚五郎が社殿彫刻に施したものなのです。
 往古より家の鬼門に神仏を祀り、家内の安全と子孫の繁栄とを祈ることが行われてきました。夫婦や親子といった家族の絆が見直されている現代にあって、多くの庶民の願いは今も昔も変わりありません。
 この『つなぎの龍』の特製絵馬を各ご家庭の居間や東北の角にお祀り戴き、ご家族皆々様のお幸せをどうぞお祈り下さい。
 ◎縁起物
  『つなぎの龍 絵馬』 初穂料千二百円
    秩父神社社務所
 (案内板より)

 「お元気三猿」本殿左(西)側にあります。
 三猿といえば日光東照宮が有名ですが、同じ徳川家縁りの御社であるにも拘わらず、当社の三猿は日光とまったく違った表情をしています。
 日光が古来の庚申信仰にちなんで「見ざる・言わざる・聞かざる」なのに対し。当社の三猿は「よく見・よく聞いて・よく話そう」ということで、現代の情報化社会にふさわしく俗に”お元気三猿”として皆様に親しまれています。
 当社のご祭神である妙見様は、神仏の中心にあって、人間の元気な命を司る神様として永く信仰されてきたことから、特に不老長寿のご利益があると言われています。
 今や人生一〇〇年とも言われる高齢化時代、この三猿にあやかって皆様がいつまでもお元気で、笑顔の絶えることのない生活ができますよう、参拝の機に「お元気三猿」の特製絵馬やお守りをお受けになり、以前にも増して見聞を深めつつ、家族友人共共に旅の土産話に興じて戴きますようご案内申し上げます。
 ◎縁起物 
  「お元気三猿 絵馬」 初穂料 千二百円
  「お元気三猿 福守り」 初穂料 六百円
    秩父神社社務所
     (本殿西側案内板より)

 「北辰の梟」本殿裏(北側)にあります。
 ご本殿北側中央に彫刻された梟は、「北辰の梟」といって、菱川師宣描く有名な浮世絵の「見返り美人」よろしく、体は正面のご本殿に向き、頭は正反対の真北を向いて昼夜を問わずご祭神をお守りしています。
 当社のご祭神である妙見様は、北極星を中心とした北辰北斗の星の信仰で、この梟の見ている方角に妙見様が出現することからも、ご祭神を特に縁りの深い瑞鳥であると言えるでしょう。
 洋の東西を問わず、梟は智恵のシンボルと考えられており、当社のご祭神 八意思兼命が智恵の神として崇敬の篤いことと重ねて、思慮深い神使として社殿北面に施されたものと思われます。
 このご利益にちなんで、机上に置いて学業成就の霊力を得る「梟の置物」をはじめ、「梟=不苦労」に通じることから、開運招福の標とし素焼の音色が楽しい「梟の福笛」など、参拝の記念にお受け戴きますようご案内申し上げます。
 ◎縁起物
   「梟の置物」 初穂料 千二百円
   「梟の知恵守り」   七百円
   「梟の根付守り」   六百円
      秩父神社社務所
       (本殿北側案内板より)

 幣殿左(西)側の彫刻
左上に開運招福を意味する、「瓢箪から駒」が描かれています。

 境内社・皇大神宮(内宮)本殿右にあります。
御祭神は天照大御神、左には対照的に豊受大神宮(外宮)があります。

 秩父宮妃殿下の乳銀杏参道左にあります。
昭和8年夏、秩父宮両殿下が銀杏を植栽されました。妃殿下がお手植の銀杏は、女性の乳房のような形に育ったことから乳銀杏と呼ばれています。
 境内にはこの外、高松宮、三笠宮など皇室の方々のお手植えの樹木が多数あります。

 境内社神門入って右側、神木の大銀杏の傍にあります。
左から禍津日社・天満天神宮・東照宮です。社前に水占いの「柞の禊川」が流れています。
 参道挟んで反対側(西側)には柞稲荷神社、諏訪神社、宵宮である7月19日には特殊神事「天王柱立て」が行われる日御碕宮(御祭神:須佐乃男神)が並んでいます。

 天神地祇社本殿裏にあります。
全国一の宮はじめ75座の神々が祀られていて、ここで全国一の宮巡拝は完了です。

  天神地祇社について
 平安時代から中世にかけて、朝廷の「二十二社」奉幣制度と共に、全国の各国毎に「一ノ宮」「総社」の運営、祭祀の尊重が図られるようになりました。かつて秩父地方は、知知夫国として独立した存在でありましたが、その当時には既に武蔵国に属しており、現在の東京都府中市に鎮座致します大国魂神社(別称 六所宮)が武蔵国の総社とされ、その第四ノ宮に当社のご祭神が奉祀されました。
 古くから当神社の境内社の一つとされて参りましたこの天神地祇社は、全国の一ノ宮(計七十五座)をお祀りしています。これほど多くの一ノ宮の神々を、境内社としてお祀りしている事例は全国的にも珍しいものと思います。
 何故、このような形でお祀りされたのかは定かではありませんが、一説によると当社のご祭神である八意思兼命が多くの神々の意見を纏められ、折々のご聖断を下される神様として古典神話の中で活躍されていることから、たくさんの一ノ宮の神様がお祀りされたとも云われています。ともあれ、これも秩父の歴史風土に深く根差した独自の信仰の表れであると云えるかもしれません。
 この天神地祇社それぞれのご神前にお参りすることによって、合せて全国の一ノ宮を遥拝することになりますので、ご案内申上げます。
  秩父神社社務所
   (社前案内板より)



    社殿全景

    拝殿から神門
 当社は武甲山(1304m)の北に位置し、武甲山(妙見山)を神奈備として遥拝する聖地であったと云われています。
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