九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

織幡神社(福岡県宗像市)

2007-07-01 17:37:28 | 神社参拝ー福岡
 織幡神社を掲載しました。

織幡神社(おりはたじんじゃ)
 <通称>宿禰さん(しゅうくあんさん)
式内社 筑前國宗像郡 織幡神社 名神大
旧県社
【鎮座地】〒811-3512 福岡県宗像市鐘崎字岬224
【祭神】武内大臣 志賀大神 住吉大神 天照大神 宗像大神 八幡大神 壹岐眞根子  
【御由緒】
 織幡宮
一、祭神 武内宿祢 住吉大神 志賀大神
二、縁起
 平安初期、朝廷の年中儀や制度などの事を書いた”延喜式”の中に、日本中の神社が記してあります。織幡宮は、筑前十九社の第二番目に記され、宗像郡内でも、宗像大社に次ぐ神社として記録されています。 その昔、文字を持たない時代から、古代の人々は、山の神、海の神、岬にも神霊を感じて航海安全を「ちはやぶる神の岬」として祈った時代もあったと思われますし、織幡宮は武人、武内宿祢を鎮護国家の備えとして、交通要衝 鐘崎に祀ったといわれています。 古文書に、元禄八年(一六九五年)社殿造立。元禄十六年(一七〇三年)拝殿成就と記され、古い歴史がしのばれます。
 平成八年四月一日
  (参道案内板より) 

北九州市と福岡市からともに約30kmの中間に位置する宗像市の漁港の町、旧玄海町鐘崎の鐘の岬のこんもりとした佐屋形山の中腹に鎮座されています。
 この岬の東側が響灘、西側が玄界灘になります。

一の鳥居をくぐり数10mほどで鬱蒼とした森の中に参道がつづきます。
 

二の鳥居の右手脇に階段を登れない人の為の参拝所があります。 

参道から拝殿 

拝殿 神額

社号の由来
神功皇后の三韓征伐の際、武内宿禰が軍船に立てる紅白二流の幡を織った事により織幡神社と名付けられた。

本殿

「玄界灘、響灘 一望に見渡せます」の案内板にしたがって、福岡県指定天然記念物の「イヌマキ」の巨木などが繁る森を登って見ましたが展望台のようなものはなく頂上付近から下る道がつづいていて岬の突端の海岸にでるようでした。帰りの登りを考えて引き返してきました。


祭神、武内宿禰が両沓(ふたつのくつ)残して昇天されるその沓を祀る。「沓塚」
 

境内脇から響灘方面

「沈鐘と巨石」
昔の人は金崎は鐘崎でここには、海の向こうの国から来た釣鐘が沈んでいると語り継ぎ信じてきた。
宗像興氏や黒田長政が引き上げようとしたが失敗した。
ところが、大正八年、山本菊次郎という人が万金を投じて引き上げに成功した。しかし姿をあらわしたのはたんなる巨石だった。


筑前鐘崎海女の像
ここ鐘崎は西日本の海女発祥の地として有名である。
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