九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

貴船神社・本宮(京都市左京区)

2010-05-31 11:40:40 | 神社参拝ー近畿
 貴船神社・本宮(京都市左京区)を掲載しました。

 貴船神社(きふねじんじゃ)
【鎮座地】〒601-1112 京都府京都市左京区鞍馬貴船町180 旧山城国 愛宕郡
【御祭神】高龗神
【例祭】
【旧社格等】官幣中社(現別表神社)
      二十二社
      式内社 山城國愛宕郡 貴布祢神社 名神大 月次新嘗
【御由緒】
 貴布総本宮貴船神社略記
御鎮座 
 鴨川の上流、貴船鞍馬の山峡幽邃の地に鎮ります。神代の昔貴船山に御降臨、御社殿創建の年代不祥ながら、社記に凡そ1500年前とあり、第四十代天武天皇の白鳳6年(凡そ1300余年前)御社殿造替えが行われている。
日本後記に、藤原伊勢人が東寺造営の任に当った時、霊夢に貴船大明神あらわれて、鞍馬寺建立の御託宣ありと記されている。第七十代後冷泉天皇永承元年七月水害、天喜三年四月(凡1000年前)現在地に奉遷し、元の処は奥宮として奉斎す。 

御社格 
 第五十二代嵯峨天皇弘仁9年大社に宣せられる。延喜の制には名神大社に列し、四度の官幣に預り、二十二社(皇室が特別大切にされた神社)に列す。祈雨八十五座の一として、奉幣には別に祈雨に黒馬、祈晴に白馬を添えられた。 

御神階 
 弘仁9年従五位下に叙せられ、霊験著しく漸次進めて、崇徳天皇保延6年には正一位に昇叙せられる。 

貴船信仰 
 水の霊威は実に広大にして、計り知れない。万物水霊を蒙らぬはない。平安朝時代からの朝野の尊崇極めて厚く、日照り、長雨、国家有事の際には必ず勅使(天皇のお使い)を派遣せられ祈念が捧げられた。尊貴の崇敬は全国一般にも及び、殊に治水関係者、農家、醸造家、染織家、航海者、料理飲食業、製菓業、浴場業、その他水商売の人々は厚い畏敬の念を以て信仰を捧げている。当社より御分霊を戴いておまつりしている御分社は全国府県に御鎮座、約五百社を数える。 
 (平成祭データ)

 京都市の北東部に位置する左京区にあります。貴船山と鞍馬山に挟まれた貴船川沿いの風光明媚な鞍馬貴船町に鎮座しています。

  末社・白髭社二の鳥居の側にあります。
 御祭神は天孫降臨の際、その道案内をした神、猿田彦命です。

 参道から神門表参道両側には多くの寄進された「春日灯籠」と呼ばれる朱の灯籠が並んでいます。石段を上りきると趣のある素朴な神門です。

 手水舎から拝殿神門を入ると正面左に手水舎、神馬、境内社が並び、突き当たりに中宮、奥宮に通じる神門があります。階段を上がると左に授与所、拝殿へはさらに短い石段を上ります。

 拝殿階段を上ると思ったより狭い境内、拝殿はさらに一段高い位置にあります。平成17年(2005)に改築されたばかりの割と新しく、貴布禰総本宮にしては華美な装飾はなく素木造りですが独特の風格があります。

 社殿全景現在の社殿は本殿、拝殿、権殿等からなり、本殿は文久3年(1863)および、直近では平成17年(2005)に改修されています。

 本殿創建年代は不詳ですが、神武天皇の母君玉依姫命が、黄色い船に乗って難波津から淀川・鴨川を遡り、現在の奥宮の地に水神を祀ったのが創建と伝えられています。社名の由来はこの「黄船」によるものとされています。
 御祭神は伊邪那岐神が迦具土神の首を斬り落とした際に生まれ、水を司る神とされる高?神、天喜3年(1055)に元の鎮座地奥宮より現在の場所に移築されました。

 御神水拝殿前の石垣からこんこんと湧き出ています。
最近のパワースポットブームから、水占いおみくじなどに興じる若いカップル、女の子たちで境内は賑わっていました。
 背後の聖なる山、貴船山より湧き出していて、夏は冷たく冬は暖かい弱アルカリ性の水で、これまで一度も枯れたことがないとのことです。いくらでも持ち帰り無料です。

  神水
一.自ら活動して他を働かしむるは水なり
二.常に自ら進路を求めて止まざるは水なり
三.自ら清くして他の汚水を洗い清濁併せ容るるの量あるは水なり
四.障害に逢い激しくその勢力を百倍するは水なり
五.洋々として大洋を充たし、発して蒸気となり雲となり雪と変し霰と化し凝っては玲ろうたる鏡となる、而もその性を失わざるは水なり
 (現地案内板より)

 御神木・桂神門入って直ぐにあります。

 桂(御神木)
 貴船は古くは「気生嶺」「気生根」とも書かれていた。大地のエネルギー「気」が生ずる山、「気」の生ずる根源という意味。神道では、体内の気が衰えることを「気枯(けが)れ」といい、古来当社に参拝する者皆神気に触れ、気力の充実することから、運気発祥(開運)の信仰が篤い。
 この桂は樹齢四百年。樹高三十メートル。根元からいくつもの枝が天に向かって伸び、上の方で八方に広がる。
これは御神気が龍の如く大地から勢いよく立ち昇っている姿に似て、当社の御神徳を象徴し、まさに御神木と仰がれる由縁である。上流の結社、さらに奥の奥宮の境内にもこれより大きな桂がある。
 (現地案内板より)

 石庭(天津磐境)御神木の桂の右隣にあります。

 昭和の作庭家の第一人者、故重森三玲(しげもり みれい)氏が、昭和40年に古代の人々が神祭りをおこなった神聖な祭場「天津磐境」をイメージして作った石庭。
 貴船川から産出する貴船石は緑色や紫色の美麗な水成岩で、庭石、盆栽石の名石としてその数も少なく珍重されている。
この庭は、貴船名石保存のため、すべてを貴船石で石組みされているのが特徴で、庭全体が船の形になっている。
中央の椿の樹が船のマストで、神が御降臨になる樹、神籬でもある。神武天皇の母神様・玉依姫が浪速の津から水源の地を求めて黄色の船に乗ってこの地に来られたとの貴船神社創建の伝承に因んでいる。その黄色の船は、今も奥宮境内に 船形石 として残っている。
 (現地案内板より)

 白馬、黒馬の神馬手水舎の右に並んであります。

絵馬発祥の社(えまのふるさと)
 先人にならい絵馬を奉納して御祈願下さい。
 古来より雨乞いの社として名高い当社には、畏くも歴代の天皇様より旱天(ひでり)には黒馬・霖雨(ながあめ)には白馬又は赤馬を、その都度献げて御祈願される例になっていました。
 しかし、時には生馬に換えて「板立馬」を奉納したと、平安時代の文献である『類聚符宣抄』は伝えています。
 この「板立馬」こそは今日の絵馬の原型といわれています。
 当宮では、此の故事に倣い、かつて和泉式部が復縁を、平定重が蔵人昇任を、大宮人が加茂競馬の必勝を、そして源義経が源氏再興を、それぞれ大神様に祈ったように、皆様方の心の願いを、一枚の絵馬に託して御祈願なさいますよう、お勧め致します。
   *絵馬祈祷も受け付け致しております。
    三社巡拝のおすすめ
   本宮 諸願成就
   結社 えんむすび
   奥宮 心願成就
(現地案内板より)

 末社・祖霊社本殿垣の下にあります。
御祭神は社人、氏子、崇敬者の祖先の御霊です。この外、境内社は本殿裏に、川尾社(罔象女神)、牛一社(木花開耶姫命)鈴鹿社(大比古命)があります。

    神門から参道

  北側の鳥居奥宮、中宮側からの裏参道の鳥居です。
 ここから中宮へは300m、奥宮へは500mの距離です。

 境内下から社殿まぶしい新緑の中に社殿です、秋の紅葉の絶景も見てみたいものです。

 一の鳥居叡山電鉄・鞍馬線「貴船口」をでてすぐにあります。
ここから本宮へはおよそ2km、30分ほどの道のりです、本来は此処から徒歩で参拝が常道です。ランニングの方が休まれていましたので遠くから撮影しました。
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