九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

國津比古命神社(愛媛県松山市)

2006-10-22 21:25:48 | 神社参拝ー四国
 國津比古命神社(愛媛県松山市)フォトギャラリー(山口、本州)に掲載しました。

國津比古命神社(くにつひこのみこと)
 式内社 伊豫國風早郡 國津比古命神社
  旧県社
 
【鎮座地】〒799-2424愛媛県松山市八反地甲185
【祭神】
天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊
(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)
(配祀)宇麻志麻治命 (櫛玉饒速日尊の子)
物部阿佐利命 (櫛玉饒速日尊の末裔、風早国造で当社を創建)
譽田別命   (第十五代応神天皇 八幡神社の主祭神)
【御由緒】
創建
 応神天皇の時代に物部阿佐利が國造に任命され、彼の祖神である櫛玉饒速日尊と宇摩志麻治命(櫛玉饒速日尊の子)をお祭りしたことに始まります。

社号の変遷
 1.社号は、初め『櫛玉饒速日命神社』でしたが、
 2.物部阿佐利命を合祀して國津比古命神社と名を改めました。
 3.後に誉田別尊を合祀し『頭日八幡宮』と再び改めましたが、
 4.享保年間(約 270年前) に國津比古命神社と旧号にもどりました。

社殿造営
 1.天正年間(1573年-1591年) 、戦火のため社殿・宝物を焼失しましたが、河野家が社殿を建築し、現在にいたっております。
 2.昭和26年 『八脚門』県指定有形文化財 。
 3.昭和43年 中殿・拝殿改築。
 4.昭和60年 社殿屋根葺替・境内地拡張補強。

社格
 明治 4年に社格が『郷社』になり、同29年『県社』に昇格しました。
 (平成祭データより)

境内入口の鳥居をくぐり石段を上ると左に楼門、その奥石段上に社殿が見えます。

八脚門
この八脚門(楼門)は、慶安2(1649)年5月15日松山市阿沼美神社に建立されたものを、元禄年間(1688~1703)に、この地に移した。 ただし、慶長10(1605)年、加藤嘉明(よしあき)によって、阿沼美神社に建立されたという説もある。その後、寛政9(1797)年8月、明治35(1902)年3月、昭和48(1973)年12月、平成5(1995)年3月に修繕されたものである。建築の様式からいえば、一部唐様を取り入れた和様建築で、入母屋(いりもや)造の本がわらぶき、柱はいずれも円柱を使っている

八脚門左右にある木彫り像 

同じく八脚門に納められた扁額
 延宝9年(1681年)寄進の境内入口の鳥居(二の鳥居)の石額ですが
國津彦命、櫛玉姫命とあり本来は國津比古命神社、櫛玉比賣命神社であり石額名が
違名であることから取り外され保管されています。

八脚門から拝殿 拝殿

拝殿の絵馬

 本殿 境内全景
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