九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

住吉八幡宮(山口県下関市)

2007-09-09 07:31:32 | 神社参拝ー中国
 住吉八幡宮(山口県下関市)を掲載しました。

住吉八幡宮(すみよしはちまんぐう)
【鎮座地】〒759-5331 山口県下関市豊北町大字神田3901 旧長門国 豊浦郡
【御祭神】住吉大神 神功皇后 應神天皇 仲哀天皇
【例祭】 4月28日 春季例祭 11月4日 秋季例大祭
【旧社格等】郷社
【御由緒】
 住吉八幡宮御由緒
当神社は十四代仲哀天皇の御代(197)に神功皇后は三韓(高句麗、新羅、百濟)に出兵のみぎり、航海安全、海上守護神として、穴戸向津久の対岸、平保の地(今日も当地に字、平保台があり年に一度祭事が行わる。)に住吉大神を鎮座し東門鎮護(東の海上守護)とされた。なお、延長元年(923)に長門亀山八幡宮が西門鎮守となる。
 建久二年(1191)に豊田の郡司七代藤原種弘は、今日の社地字西の宮に宇佐八幡宮の御分霊を御勧請し往古より当地に御鎮座の住吉大神と合斎し、社名を住吉八幡宮と改め海上交通安全、海幸産業の守護神として、島戸村、附久野村、大窪村、肥中村、特牛村、荒田村、鳴滝村、堀越村八ケ村の総氏神として社殿を建立した。
 往古、例祭日には神官が拝殿の両方に座し、引受場の氏子に御神久米を渡し、御社田の耕作を引受けさせたとある。これは村々に御社田が多く今日に神田と言うのはこの社田から残った地名であると言う。
 明治七年(1874)二月特別の由緒を以て郷社に列せられる。
社殿の造修は棟札、社碑似寄ると建久二年(1191)応永五年(1398)慶安四年(1651)天保二年(1831)明治四十一年、昭和六十三年にそれぞれ社の建て替え、大改修等が行われている。
 (平成祭データ)

 下関市の西北部、角島大橋から県道276号線を北上およそ2kmの豊北町島戸港にあります。

   社号碑
「東門鎮護 郷社八幡宮」とあります。裏面には大正11年、陸軍中将、、と読めます。
 神功皇后が三韓出兵に際し、航海安全・海上守護の神として穴門向津久の対岸、平保台の地に住吉大神を奉祭して、東門鎮護の神(東の海上守護)とされました。
 尚、このとき西門鎮護は、九州の筥崎の宮とされましたが、後の延長元年(923)に、長門国赤間関の亀山八幡宮を西門鎮守神とされました。

参道から社叢境内は大きな木々に覆われています。

 拝殿 
 明治四十一年(1908)滝部の旧中原八幡宮の古材で修築されました。

拝殿の彫刻 
およそ100年の歴史がありかなり老朽化が進んでいますがみごとな匠の技が見られます。

   拝殿前の狛犬慶安四年(1651)の奉納です。

  本殿トタンで覆われて中は見れませんが資料では流破風造とあります。

拝殿から参道正面に島戸港が見えます。
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