電気羊に旅を

「東南アジア一人旅32日」からブログタイトルを変更。東南アジア・中国・ネパール・インドの旅日記あり。南米ネタを公開中

2006年3月3日(金) ペリトモレノ氷河ツアー

2011年03月03日 | '06南米旅行記
南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
7:20AM起床。
朝食としてパンとヨーグルト。荷物をまとめてリビングでツアーバスのピックアップを待つ。リビングでミノワさん(男性)とヤマダさん(女性、結局最後まで名前を聞かなかったので便宜上ここでは山田さんとしておく)が今日のツアーで一緒だと判明。

9:00AM頃、ピックアップのバスが到着。
ガイドのおっさんが陽気でいい感じ。10人くらいが乗れるミニバン。
出発して、スペイン語と英語で説明。路上で狐がでたりコンドルが歩いていたりするだけで、わざわざ車を止めてくれる。遠くに虹が出ていたときも、わざわざ丘のあるところで車を止め、写真撮影の時間をとってくれる。
日本人二人とは宿で一言声を交わす程度だったのでこの間いろいろ会話。二人ともトレッキング好きのようで、ミノワさんはパイネは2週間ほど、フィッツロイでは9日間テント泊したらしい。ヤマダさんは外国の山を結構トレッキングしている。旅好きというより山好きとのこと。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
10:50AM、ペリトモレノ氷河が遠くに見える場所に到着。
バス内で30Aペソのロス・グラシアレス国立公園の入場料を支払い、バスを降りる。
ここでペリトモレノ氷河の1時間クルーズを申し込むのだが、はじめ自分は金の節約のために参加する予定ではなかった。ドライバーにボートに乗らない旨を伝えると、え?!乗らないの!??みたいなリアクション。てっきり展望デッキまですぐにいける場所で別行動だと思っていたが、少し距離がある。そこまで連れて行ってくれと頼もうとするが、ツアーの客は自分以外に全員ボートのチケットを買っている。ボートに乗らないと損かなぁと思い始め、結局チケットを購入することに。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
そこから歩いてすぐのところにフェリーがあり乗り込むとすぐに出航。
乗った時は外が見えるようにと窓際を確保したが、すぐに皆 席を離れ外へ出て行く。ミノワさんとヤマダさんは一階で眺める。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
自分は階段を上がり二階へ。目の前に大きな氷河が広がる・・・が・・・遠い。もう少し近くに寄って欲しかった。後でFUJI旅館に泊まっている人の話だと、かつて船の下から沈んでいた氷河が突然浮いてきて船が沈没したことがあるとか、展望台ももっと下の海岸そばまで歩くことが出来たのだが氷河の崩落の時の破片に当たったとかそのときの津波でさらわれたとかで、30数人の人が亡くなったらしい(本当かどうか未確認)。そういう話を聞くと離れるのもしょうがないかなぁとも思うが、あまりにも遠い。後で展望台に行くがそれよりも遠いというのは、いまいち納得いかない。もちろん展望台とは別角度なのだが、まぁ38Aペソ払う価値はないかな。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
12:30PM、一時間のクルーズが終わり、陸に上がりバスへ。少し走って展望台の近くの駐車場へ。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
ここから3:30PMの集合までの3時間自由行動。ミノワさんとヤマダさんの二人と一緒に展望台へ。いくつか展望台があって、ゆっくり見ながら近くの展望台へ降りていく。小さな欠片(実際は大きいのだろうがそう見える)が落ちただけで、落雷のような轟音が鳴り響く。フェリーの時にも崩落が見えたが音はエンジン音のせいでよく聞こえなかったが、こちらはその迫力を実感できる。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
お昼でおなかが空いたので三人で弁当タイム。ミノワさんは宿で作ってもらった焼肉弁当(12Aペソだったかな)。ヤマダさんは宿のおにぎり(8Aペソ)。自分は昨日買っておいたアップルパイと甘いスティック状のパン。ヤマダさんがおにぎりの一つを僕のスティックパン一本と交換。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
背後から、ある日本人が声をかけてきた。ウユニ塩湖のツアーが終わってサンペデロデアタカマへの抜けるバスにいた日本人三人組の一人だ。二人とはその後別行動で今は一人で旅を続けているらしい。こんなところで会うとは。氷河を眺めながら、いろいろ旅の話を聞く。
彼はボリビアのラパスでいわゆる「ケチャップ強盗」にあったらしい、実際はジュースをかけられワラワラと人が寄ってきて、彼はその事例を知っていて防御をしたつもりが気づいたら腰につけていた小銭入れがなくなっていたとのこと。
チリのバルパライソでは、彼の友達と二人で、観光客がいかないようなマイナーなアセンソールに乗り、その上の崖のようなところで地元の4人組の男に囲まれ、友達がお金を脅し取られたとのこと。ボリビアではでかいカメラを振り回し一人で町を歩き回っていたが何も起こらなかったのは運が良かったのだろう。やはりバルパライソは4人で行動して正解だったな。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
彼と別れ、さらに下方に行く。氷河の上空には薄い雲が張り付いているが、その反対側は晴天だ。これが逆だったらなぁ。一番上の展望台に戻ると、ヤマダさんが座って暇をもてあましていた。二人で会話して過ごす。時間が来たのでバスに戻る。

3:40PM頃、出発。三人横に並んで席に座るのだが、自分は進行方向右端、山田さんが真ん中、ミノワさんが左端という並び。自分は車に乗ってすぐさま寝てしまい、ほとんど移動の2時間の間寝っぱなしだった。しかし帰りは日差しが左側から差込み、日が直接あたったミノワさんは(窓も開けれない仕様)サウナ状態で非常に辛かったらしい。そういえば朝は並びが左右反対で朝もミノワさんは辛かったらしい。それを乗っているときにはモンクの一つもいわないなんて、いい人だなぁ。

宿に帰り、写真をパソコンに落とす。すぐにシャワーを浴びたかったのだが、何人かが連続でシャワーを使う。部屋の隣がバスルームになっているのだが、そこからヤマダさんの声で水が止まったというセリフが聞こえてきた。聞くと、一階のトイレがあるらしく(知らなかった)そこのトイレが流しっぱなしだったらしく、それが重なり断水したとのこと。復旧は夜の11時くらいになるらしい・・・。うーん、今日シャワーを早めに入ってラパスの時から洗っていないタオルを洗うつもりだったのに(パタゴニアは日が長いので、夕方干しても乾くので)。仕方がないので今日のシャワーを諦め、洗濯。と思って洗濯場で洗っていたら、今断水しているので・・・下の外の水道は出る(別のタンクなのか?)のでそこで洗ってとのこと。確かに、シャワーやトイレがダメなら洗濯もだめだわなぁ・・・。外で洗う。

宿のオーナー(と思っていた男性)が、スーパーに車で買いだしに行くので、用事があれば来ますかとお誘いしてくれたので、ついていく事に。
ちょうど昨日、あるカップルがステーキを焼いていたのを見て、昨日から無性に肉が食べたかったので、この機会だから今日はステーキを買うことに。車でスーパーに行く。メンテキージャ(←つづり?)という表示がなくて変えなかったバターだが、「MANTECA」もバターだと教えて貰い購入。肉も切り身で売っていないので、肉売場のおっさんに言って買うことになる。肉の部分にも種類があってPALETTA(←つづり?)が一番おいしいとのこと。200gくらいでよかったのだが、あまり少ないと売ってくれないという忠告があったので500gを注文(1kg約10ペソ)。オーナー(と思っていた男性)がスペイン語で伝えてくれた。何かおっさんに聞かれ、ステーキ用と答えていた。うーん、一人で来ていたらどの肉を買ってよいか迷って結局買えなかったかも知れない。今回付いてきて良かった。
帰りに車の中で話していたら、オーナーさんではなくて、手伝いで働いている人だと判明。宿泊客だと思っていためがねをかけたおじさんがオーナーさん。ブエノスアイレスの日本旅館と同じオーナーさんらしい。ここのカラファテは去年(3年前だったかな、あやふや)からやり始めて、夏だけの営業らしい。

南米アルゼンチン・エルカラファテの宿
たっぷりのバターを使って肉を半分だけ焼く。ついでに明日のウプサラスツアーのための弁当に100g分くらい肉を細切れに。たまねぎとパスタ用の粉チーズでハンバーガーを二つ分作った。200g分で80円くらいしかしない。安いなぁ。しかもやわらかくて非常にうまかった。パスタ用にとビーニャで購入したニンニクも大活躍だなぁ。2.5Aペソくらいの箱ワインと一緒に食べる。旅をして自炊生活に入ると肉をあまり買う機会がないので非常に幸せ。
食べ終わったのが9:00PM頃。日が長いので相変わらず時間感覚がおかしくなるなぁ。

部屋に戻り、ノートパソコンで日記を書こうとしたのだが、ワインの酔いのせいですぐに寝てしまった。
12:30AM頃目が覚める。同室の人が寝るためにごそごそした音で起きたようだ。歯を磨いて再び寝ようと布団に入るが、部屋が暑いもあってかなかなか寝付けなかった。


※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
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2006年3月2日(木) アルゼンチン入国

2011年03月02日 | '06南米旅行記
南米チリ
7:30AM頃起床。
今日は出発までに余裕がある。パッキングして1階のテーブルにつく。今日は誰も顔を見せないので奥まで呼びに行ったらすぐに準備してくれた。

8:15AMチェックアウトして、歩いてバスオフィスへ。チケットをオフィスで正式なバスチケットと交換する。
バスの前でお菓子などを売っているおばちゃんがいた。自分も二つ購入(400ペソ)。
バスの中にはすでにほとんどの客が座っていた。後ろから二番目の席に。

8:40AM出発。
トイレの近くのせいで臭い。それに自分の席のあたりが仲間なのかどうか知らないが意気投合し、やたらとうるさい。外は凄くいい天気。こういう移動日に天気がいいとなんだか悔しい。バスの中も結構暑い。

9:30AM、うとうと寝てしまっていたが目を覚ますと、バスに数人しか人がいない。見るとどうやらチリの出国手続きのようだ。
出国カードをチリの入国スタンプのところに挟んで提出したのに、かなりページが離れた中国のところに押されてしまった。バスの乗客の人数が多いためにかなりの時間がかかった。

バスを走らせ、すぐに今度はアルゼンチンの入国手続き。
今度も入国手続きカードをチリのスタンプのところに挟んで提出したら「追記」のページにスタンプ押しやがった。適当だなぁ。

延々走る。「何でも見てやろう」という文庫を持って読むのだがすぐに眠くなる。

1:30PM頃、エル・カラファテのバスターミナルに到着。
すぐに5日のプエルトナタレスへの帰りのチケットを購入(50Aペソ)。外へ出ると客引きがいるが無視。

西へ歩いて今日泊まる予定の藤旅館へ。
一度宿を行き過ぎてしまい家の前にいた夫婦に宿の住所を見せて道を尋ねるが、全然違う場所だと言われる。おかしいなぁと思いつつ、とりあえずもと来た道を戻って歩いてみると、そこから10秒ほどで藤旅館を発見。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ FUJI旅館
2:20PM頃、到着。
外観はすごく地味で分かりづらい。窓に紙で「藤旅館」の名前が書いてある。ドアを叩くと出てきてくれたのが30歳前半くらいの男性。はじめ宿の客がドアを開けてくれたのかと思ったが、オーナーだった。
リビング・ダイニングには日本人が8人ほどいた。それぞれペアになって話していて「こんにちは」と声をかけてもそっけない返事。もう宿泊客間で輪が出来てそうな印象だった。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ 藤旅館の庭 テントが張れる
宿泊客名簿に名前を書いて、寝室に案内される前にキッチンやらの説明。部屋は二段ベッドが二つのドミトリー。二階のベッドしか空いてない。久々の二階だ。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ

南米アルゼンチン・エル・カラファテ

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
荷物を置き早々に、ここの宿から申し込めるというペリトモレノ1Dayツアーを申し込む(72Aペソ)。外がいい天気なのですぐに外へ出て町散策。
この町は道が広々としているが、メインストリート以外の道を歩いている人が少なすぎて少しさびしげな感じがする。
アルヘンチーノ湖の方へ歩いていき、まったり。
ニメス湖に行ったが料金所があって2Aペソかかるし、遠くから眺めるだけで充分だったので入らず引き返し町へ。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
パン屋で明日の昼ごはんのパンを購入。町のおみやげ物屋などをひやかして見てまわる。
スーパーで買い物(8ペソ)。白ワインが1リットル3Aペソほどで安い、普段自分はお酒は飲まないがジュースと変わらない値段なら買うしかないでしょ。
両替屋で30000チリペソを150Aペソに交換、チリのプエルトナタレスで交換したときよりもぐっとレートが悪い。

歩いて宿にもどる。リビングを見ると皆食べ終わったらしく4人はマージャンをやっていた。うーん、なじみづらい。
パスタを作り食す。部屋で日記を書いたり、リビングで一時間ネット(4Aペソ)したり、テレビを見ながらまったりしたり。マージャンをしている人たち以外とは少しずつ話すことが出来た。

それにしても通貨がアルゼンチンペソに変わっただけで、いまいちアルゼンチンに入ったという実感がわかない。言葉もスーパーの食品も相変わらずだからだろうか。町の人は撮影には応じるがチリ人のようにポーズをとったり笑ったりしてくれない、店の対応が微妙にチリよりはぶっきらぼうな気がする程度。せっかくアルゼンチンに入国したのに3日後には首都のブエノスアイレスに行くことなく出国してしまう。

もともとこの旅はヨーロッパに行く予定であったが、冬の地中海が予想以上に寒そうということから、それを避けた結果の旅。南半球でどこか・・・そこで浮かんだのが子供の頃からの憧れの遺跡マチュピチュ。調べるうちに隣の国ウユニ塩湖にいきたくなりどうせならチリまで突き抜けてしまえ、サンチアゴに行ったならイースター島が行けるではないか。
そんな発想で計画しチケットはFIXで旅の期間は余裕を見て45日とした。そしてガイドブックを見ているうちにパタゴニアに行くことを決めることに。そんな思いつきの旅であったがココに来てイグアスの滝にいけなくなったのは心残りだ。
あと二日ほどの余裕があり、かつアタカマからサンチアゴに向かうのではなくプエルトイグアスに向けて進路をとればなんとかいけただろう。この心残りは日本に帰ってもしばらく後を引きそうな予感。


※1チリペソ=0.2円として計算
※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
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2006年3月1日(水) パイネ国立公園1dayツアー

2011年03月01日 | '06南米旅行記
南米チリ・パイネ国立公園
目が覚めると7:15AM。
やばいツアーのピックアップは7:30AMだ。6:20AMに目覚ましで起きたのだが、二度寝をしてしまったようだ。

ここはフリーの朝食が付いている、食い意地の張った自分・・・時間が無いが朝食はとっておきたい。
とりあえず一階に下りる。すると各テーブルにティーカップがおかれている。廊下の奥で自分の姿を確認する女性がいた。
サービスを待っている時間が無いのでまた自分の部屋に戻りとりあえず着替えと出かける用意をして再び一階へ。

すると廊下の奥の女性が朝食置いておいたよとジェスチャー。見るとテーブルの一つに焼いたパンとジャム・バターなどが置かれていた。
インスタントコーヒーに自分でお湯を注ぎ、パンにベタベタとジャムを塗り、食す。

幸いツアーバスは少し遅れた7:40AM頃到着。
エントランスにおっちゃんがいて、自分の顔を見るなり、自分の名前を言って確認。ミニバンにはドライバーとそのガイドだけ。自分が一番手なのに遅れたのか。

市内の各ホテルを巡りメンバーをピックアップ。
スペイン人カップル・カナダ人男二人組・どこの国か聞かなかったが老夫婦ふたりと娘の3人家族で自分合わせて8人。自分は一番後ろの奥の席に座り、隣はスペイン人のフェルナンドとエルビーのカップルが座る。

道中ガイドが後ろを向いて説明。スペイン語と英語の交互で話すが、その二つに合間が無い。スペイン語でどうせわかんないやと気を抜いているといつの間にか英語になっている。

まず8:30AMにミロドンの洞窟に到着。
ビジターセンターで3000ペソを支払い、館内でガイドの簡単な説明。少し歩くと大きな開口のある洞窟。中は奥まで道が作ってある。ぐるっと内部を回って洞窟をでるところに3メートルくらいの熊のような像が立っている。

南米チリ・パイネ国立公園 ミロドンの像
この時は分からなかったがこいつがミロドンと呼ばれる動物で、ここで発見された骨の復元とのこと。

30分ほどでバスに戻る。
戻ると車の自分の席の足元においたサブバックが無い。うしろの席の後ろの荷物置き場にも無い。ガイドとフェルナンドも心配して 色は何色か?とか聞いてくれる。
ドライバーにちゃんとロックしたのか?などと聞くと、助手席か彼の足元か分からないがヒョイっと僕のカバンを持ち上げて見せてきた。その一瞬はカバン置きっぱなしだったので隠しておいてくれていたんだななどと思ったが、すぐにオカシイと考え直す。ミニバンの一番後ろの席でドアと反対側の左の足元。わざわざそんな荷物を確保するだろうか・・・。あやしい・・・。中には貴重品というものは航空券くらいだ。
一応確認、ちゃんとそれはあったし問題ないようだ、幸運にも昨日なくなったと思っていたトラベラーズチェックがこの封筒の中から出てきた。
まぁそんなことより、ちょっとこの出来事は不快だった(ドライバーが持っている意味が分からん)。

車で1時間ほど走ったところのカフェ(売店付)で休憩。何人かコーヒーを飲んでいたようだが自分は外でうろうろして時間をつぶす。

南米チリ・パイネ国立公園
10:50AM、アマルガ湖に到着。ここで一人女性が合流。トレッキングで数泊した後なのだろうか(この子とは一言も会話しなかったのでよくわからない)。

南米チリ・パイネ国立公園
10000ペソのパイネ国立公園の入園料を払う(ここでだったかな?)。
グアナコという(リャマだと思っていたが「地球の歩き方」にはこう書いてある)動物を撮るために車を止めたりしながら、進む。

南米チリ・パイネ国立公園
12:40PM頃、サルト・グランデの滝を見る。

南米チリ・パイネ国立公園

南米チリ・パイネ国立公園
むちゃくちゃ風が強い。強弱があり強いときは歩いてられないくらいだ。あたりの草や木も風の方向にあらかじめ倒れるような形で生えている。滝の前でガイドが撮ってくれるというのでカナダ人の男と肩を組んでポーズを決めるが、全然シャッターを押さない、なんどもアレ?という顔を繰り返す。強く押すんだといってもダメ。強風に絶えながらのポージングは辛い。ヨシっというのでモニタを確認すると、撮れていない、もういいや。
30分ほど過ごす。

車に帰ってフェルナンドのカメラを見せてもらう。彼はフジのデカイデジカメとシグマの18-50F2.8のレンズを持っていてすごくお気に入りだそうだ、欲しいなぁ。やはり自分の15-30では望遠がかなり物足りないのだ・・・。

再び車で揺られた後、2:00PM頃、ある建物に到着。
外観は普通の家っぽいが奥にレストランがある。自分とスペイン人カップル以外はレストランで食事。自分は昨日作ったハンバーガーがあるので(パイネのレストランは高いと聞いていたので)、歩いてすぐの湖を見ながらランチ。

食べ終わった後、建物へ。暖炉の周りにソファがある部屋でガイドと会話。朝、トイレに行く時間も無かったのでここでトイレへ。ガイドとスペイン人カップルがいたので安心して荷物を置きトイレへ。戻ってみると他のツアー客4人ほどが新たに着ていて、ガイドがいない・・・。荷物は当然ほったらかし。外に出るともうメンバーは車に乗っていた。僕の荷物を残してあることくらい分かっていたはずなのに、無頓着だなぁ。

南米チリ・パイネ国立公園

南米チリ・パイネ国立公園
3:30PM、グレイ湖に到着。
強風の中砂浜を歩き湖へ。ずっと奥の山の谷間に氷河が残っている。

南米チリ・パイネ国立公園 氷河
手前の湖には、人工物ではないかと思えるほど不自然に青い氷の塊が申し訳なさそうに点在。店の絵葉書ではたくさん浮いている写真を見たがそれは冬の時なのだろうか。一番奥の海岸線近くにある塊に向かってさらに歩く。近くでも水色に輝いていてなんだか現実味がない氷の塊だ。海岸には透明な氷が打ち上げられている。ガイドが自分を撮ってあげるというので調子に乗って氷を持ち上げポーズをとるがまたしてもぐずぐずシャッターを押さない。まったくぅ。

ミラドール(多分 展望台という意味)と書かれた看板があったのでそこまで歩いていこうとするとガイドがストップをかける。どれくらいかかるかきくと、30分だと。でも時間が無いからダメといったん言うが、自分が残念そうな顔をするとすばやく行ってこいと言うので、行ってみることに。何度も後ろを確認するが他のメンバーは誰も来ないようだ。誰もいない遊歩道を不安になりながら早歩きで進むと、7,8分ほどで先端に到着。ミラドールはなにか櫓のようなものがつくってある展望台という意味ではないのか?あたりにそれらしいものが無いし、不安なのでとりあえず写真を数枚とって戻る。

戻ると同じツアーの人間はいない。
遠くの海岸に人が歩いて戻っていくのが見えるがそれが自分達のツアーメンバーか分からない。まぁ、自分をガイドが止めたときにバスにもう戻る時間だとかいっていたので他の目的地まで行くわけじゃないだろう。強風の中砂浜を歩いて戻る。行きに歩いたより遠く感じる。
林に入り、駐車場のそばの橋を渡ったころ、ようやく他のメンバーを発見。車に着いた時には、ぴったり合流できた。

ここから後は帰るだけ。
途中3人家族の娘だけ降りた、おそらくトレッキングをするのだろう。しばらく走り、スペイン人カップルが降りた。彼らも一泊テント泊するようだ。ひたすら町に向けて走る。行きはどこかに立ち寄りながらだったので感じなかったが町まで遠い。ひたすら走る。ずっと曇りだったが町が見えてきたあたりで太陽が出てきた、遅いよ。

8:00PM頃宿の前に到着。
パイネは綺麗ではあったが、綺麗さが「想定内」だったかな。大きな感動は無かった。

南米チリ
宿に荷物を置き、宿の前のツアーオフィスEVELYNへ。昨日ツアーチケットを買ったおばさんの事務所だ。
帰りのプンタアレーナス行きのバスについて相談。やはり親切にいろいろ教えてくれる、有難い。スーパーで少し買い物。

南米チリ
宿に帰ってすぐに夕飯を作る。スープの元があるのでそれをソースに。卵を焼きそれを下に敷く。ソースにはハムを具としていれる。まだビーニャで買ったフランスパンがあまっているのでそれで再びガーリックトースト。なんだか贅沢だ。

ようやく外は暗くなった。日が長いので間隔がおかしくなる。料理中また宿の娘がなんどもちょっかいを出してきて、かわいい。

部屋に戻りシャワーを浴びる。3:30AM頃、就寝。



※1チリペソ=0.2円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
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2006年2月28日(火) いざパタゴニアへ

2011年02月28日 | '06南米旅行記
南米チリ・サンチアゴ
朝は、同室の日本人が一緒の時間に起きてくれて、電気をつけながら準備が出来て助かった。通常は早朝の出発は同室の人の気を遣ってコソコソと準備をしなければいけないので有難い。

5:55AM、真っ暗な中、宿をでてホテルNIPPONの前にに行くと、すでに車が到着していた。中には二人乗客が乗っていた。そのまま空港へ。

15分ほどで到着。
チェックインを済ませ、待合ロビーで待つ。フライトタイムは8:20AM。国内線なので一時間前でよいはずだが、チケットを購入するときに二時間前といわれた。よく南米はオーバーブッキングのトラブルが多いとの話なので早めに行って損はないかな。

通常フライトの30分前くらいに搭乗を開始するのではないだろうか、しかし搭乗手続きを開始したのは8:15AM。早くチェックインしたので窓側になったのはいいとして、なんで自分は毎度毎度 翼の近辺なのだろうか。

南米チリ・サンチアゴ

南米チリ・サンチアゴ
隣は5歳くらいの女の子、その隣にお母さんが座る。この女の子が落ち着きがなく、立ったり座ったり声をだしたり・・・。

南米チリ・パタゴニアへの飛行機機内食
9:30AM機内食が配られる。席をグループで分けアテンダントがそれぞれのグループの先頭から配りだすのだが、自分が一番最後、なかなか順番が回ってこなくてお腹が空いた。ハムチーズ入りのクロワッサン、とフルーツ。

一度、プエルトモンで降りて客を降ろす。この経由があることを知ったのは搭乗してからのアナウンス。数人が乗り降りをしてすぐに出発。
しばらくして寝てしまう。

目を覚ますを隣の親子が機内食を食べている。プエルトモンで乗った客だけでなく全員へのサービスだ。
今度は配るのを逆の順序にしたらしく、他の客に配っているのが見える。自分のところにでるはずだったが機内食はおかれていなかった。結局後ろのアテンダントがやってくるのを待つ羽目に。またもや最後になってしまう。
メニューはクロワッサンの形状が三日月状から四角に変わっただけ。でも二食食べれたのは得した気分。

ここで横で落ち着きのなかった女の子が椅子の上に立った弾みで彼女の机を蹴っ飛ばしジュースをこぼした。
床においていたカメラを入れている小さいバッグが汚れてしまった(涙)。お母さんは僕のジーパンがぬれたことは気づいていたようだが、カバンは見えていないようだ・・・。うーん、まぁ女の子は写真撮影にも応じてくれたしかわいかったから許す。

パタゴニアに近づき高度が下がりパタゴニアの大地が見えてきた。まさに絶景。写真を撮りまくる。
飛行機の翼が入らない写真も撮りたかったなぁ。しばらくこの景色に酔いしれる。

予定より10分遅れ12:50PMプンタアレーナスに到着。
機内に持ち込んでいたサブバックを見るとべたべたに塗れている・・・。中に入れたオレンジジュースがこぼれていたのだ。紙パックのジュースだったが余った分が惜しくてカバンに入れたのは間違いだった・・・。ノートパソコンのスポンジの入れ物も少し塗れた(涙)。バッグの背中部分が全面的にぬれてオレンジ臭い。しかも食材のたまねぎの一つがなにか腐っているようで、その二つの臭いがかなりヤバイ。

バックパックを回収しロビーへ。
一度空港からプンタアレーナスの町までバスで移動してから、プエルトナタレスへのバスチケットを買わなければいけないかと思ったが、ちゃんと空港から直でプエルトナタレスに行くバスがでているようだ。

南米チリ・プエルトナタレス
チケットを買い、白い大型バスへ。
なぜか乗ってから40,50分程待たされただろうか、2:00PM頃出発。

4:00PM頃、レストランでトイレ休憩。

3:00PM頃町に到着。
さっそく客引きが寄ってくる。ビーニャの汐見荘の情報ノートで「日本語で書かれた紙を持ったCasa de Chilaには絶対に行くな」と書かれていた。一番に近寄ってきたが無視。

次に情報ノートにお勧め宿として紹介されていた「Geminis(ヘミニス)」の紙を持った英語を話せる女性が来た。情報ノートには3500ペソと書かれていたが4000ペソと提示してくる。二泊するから7000ペソにしてと交渉するが折れない。そんな交渉をする自分をあっさり諦めてしまう。
なぜ?仕方がないのでこちらから話しかけ決める。

南米チリ・プエルトナタレス 宿Geminis
宿は、歩いて2分ほど。
中に入り始めはNo5の部屋を見せてもらう。狭い二畳ほどの窓のない部屋にベッドが一つ。ちょっと暗くて雰囲気が良くないというと、となりのNo5のツインベッドルームでもOKとのこと。キッチンは二つ(後に奥の大きな方は おそらくこのホテルの家族用らしいことが判明)、広々としている。
案内した彼女はやはりツアーオフィスのエージェントで、さっそく一階のカウンターでツアーの話に。

こちらも明日のパイネ国立公園1Dayツアーを申し込むつもりでいたので、申し込み。ついでに二日後の、アルゼンチンのエル・カラファテ行きのバスも購入。

南米チリ・プエルトナタレス

南米チリ・プエルトナタレス
さっそく外にでて町散策。大きなスーパーもある、値段を見るが、パタゴニアは物価が高いと散々言われていてビーニャで買い込んだ訳だが、それも杞憂だったかな。あまり値段が違うという印象はない。

南米チリ・プエルトナタレス
町の小さな教会のあたりを回りつつ海岸へ。広々と公園が整備されていて気持ちがいい。結構多くのレストランが町中に存在しているが、客が入っている気配がほとんど感じられない(時間がずれているからか?)。

南米チリ・プエルトナタレス
スーパーでいろいろ購入して7:00PM頃、宿に戻る。

南米チリ・プエルト・ナタレス 宿Geminis
いつもパスタばかりではなんなので、日本から持ってきた米を使ってご飯を炊く。持っていたたまねぎとさっき買った玉子で玉子丼。日本から持ってきた醤油とかつおだしが活躍。

南米チリ・プエルト・ナタレス宿Geminis
この宿の一階は道に近い側がレストラン(なにか料理を出している気配がないが)、奥が家族の家。子供の女の子が二人いて、ちょくちょく覗きにくる。特に妹と思われる方はかなり人懐っこくてかわいい。料理をしながら写真を撮ってあげたりした。玉子丼という料理も相当気になったらしい。


南米チリ・プエルト・ナタレス
レストランのスペースで食事。
この宿 他に宿泊客が二人いただけ、しかも一度チラッとみただけ。キッチンも自由に使えたし、宿の家族もいい感じ(おじいちゃん・おばあちゃんもいる)で なんか落ち着く。

夜もまったく物音しない。部屋でまったりしていたら電気をつけっぱなしで寝てしまった。


※1チリペソ=0.2円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
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2006年2月27日(月) 再びサンチアゴ

2011年02月27日 | '06南米旅行記
南米チリ・ビーニャ・デル・マル
9:30AM頃 目が覚め、シャワー。朝食に再びガーリックトースト。
H口さんも起きて、朝から貝を醤油などで煮込んでいて美味しそう。まったりした朝食の時間を過ごし、パッキング。

12:00PM、チェックアウト。H口さんと?さんが玄関まで出てきてくれお別れ。H口さんはグァデマラで採ったという黒曜石をくれた。こういうのすごくうれしい。
宿の前の道で88番のコレクティーボに乗りビーニャの町へ(400ペソ)。

南米チリ・ビーニャ・デル・マル
教会の前で降りる。まだ全然ビーニャの町を見ていないので、そのままバスターミナルに行くのではなく、少し町を散策。

南米チリ・ビーニャ・デル・マル
広場の北あたりに行くと人だかりが。何かテレビの中継をやっているようだ。よく観ると、汐見荘にいたときに朝テレビでやっていた番組だ。毎日やっているのか今の音楽祭に関する番組なのかはわからないが、観衆は盛り上がっていた。

ぐるっと町を遠回りしてターミナルへ。
学割が使えると聞いていたCONDORの窓口へ。しかし学生証を見せるが首を横に振る。おかしいなぁ、チケットを購入し(3300ペソ←後で金額確認)、10分ほど待つ、バスの前に行き先と出発の時刻が出ているので分かりやすい。

1:15PM出発。

南米チリ・サンチアゴ
ぴったり2時間後の3:15AMサンチアゴのバスターミナルに到着。

南米チリ・サンチアゴ
ターミナル内の写真を撮っていると、小さい女の子を抱いた男性に声をかけられる。子供の写真を撮ってとのこと。最後に危ないからカメラを隠せとのこと。もう南米に入ってから二日に一度くらいの割合で地元民に言われるなぁ。

近くのメトロ(地下鉄)に乗り、Baqu?駅で降りる。
歩いて南にいき教会のところで右折。レストランJAPANの看板があるとなり、ペンション内藤。どこかの情報ノートに書いてあってそのメモだけを頼りに来た。
しかし、ドアは閉まっていて、叩いても反応無し。汐見荘で隣のレストランJAPANがここのホテルの経営者と聞いていたのだが今は昼休みで店が閉まっている。どちらの扉もなんども叩くが反応無し。
しょうがないので向かいのホテルNIPPONに行って聞いてみる。カウンターに一人日本人女性がいた。親切な人で、このホテルに泊まっている人でペンション内藤に泊まったことがある人(←多分)の部屋に内線で事情を聞いてくれた。
ドアにブザーがあるとのこと。そんなの無かったはずだが、と思いもう一度行ってみると、ちょうどドアから年配の日本人が出てきた。てっきり、ちょうどいいタイミングで出てきたので、さっきの内線の相手は実はこのオーナーにかけてくれて、そのオーナーが出てきたと思ったのだが、ただの宿泊客だった。その人に鍵を開けてもらう。

南米チリ・サンチアゴ

南米チリ・サンチアゴ
中に入ると一人ドミトリーに日本人がいた。
彼にトイレの場所などを案内してもらう。なんだろオーナーがいないのに泊まっていいのだろうか・・・。外に出ようとするとまた別の年配の人がいて、鍵がないと不便だろということで、オーナーの娘(?)と話してくれて鍵をゲット。

一階がレストランJAPANという寿司屋、二階が家族が住むリビングなどや個室、そして余った二部屋をドミトリーとして貸し出しているという感じ。なんだか片手間に宿を経営しているのかな。壁の注意書きを見ると日本人しか泊まれない宿のようだ。

南米チリ・サンチアゴ
3:00PM、外に出て歩いて?の丘へ。

南米チリ・サンチアゴ
ここはあまり期待していなかったがすっごく良かった。門には立派な噴水。もともと砦の跡のようで多くの階段でどんどん上に登っていくことが出来る。頂上は小さな展望スペース。なかなか眺めがいい。

南米チリ・サンチアゴ
帰り際、噴水のところで遊んでいた子供たちが僕のカメラを見てニタニタするので近寄ってそばにいたお母さんに許可を撮ると快くOK。撮ったデジカメのモニタを見せるとむちゃくちゃ子供がうけていて楽しかった。

南米チリ・サンチアゴ
一時間この丘で過ごし、旧市街のアルマス広場の南のハンバーガー屋がたくさん並んでいるところへ。
ここの一軒でハンバーガー・ポテト・ジュースのセットを食べる。1470ペソ、安いなぁ。改めて国境の町サンペデロデアタカマで食べた4500ペソの料理が贅沢だったのが分かる。

アルマス広場のベンチでゆっくりする。汐見荘のM浦君が怪しげなCAFEのことを教えてくれたので、さっそくいっていたとおりの外観の店を発見し、中へ。ドアを開けたら薄暗い中にすぐに水着の美女がいてその周りでおっさん達がコーヒー(?)を飲んでいた。いまいちスペイン語が出来ない自分が堂々と入れる雰囲気じゃないのでやめた。

歩いて宿へ。
スーパーで水とビール(多分390ペソ)を購入。宿に一端戻る。オーナーがまだ帰ってきてないのは明らか。明日の朝早いのでそれの交通手段が心配だ。「地球の歩き方」にミニバスをホテルまでに迎えに来てもらうように手配するとは書いてあるが、どうせ英語も通じないだろうし、自分で電話するのは自信が無い。まだお金も払っていないので隣のレストランに行く。オーナーに会いたいが応対したのは日本語も英語も通じない従業員のおばさん(おそらくオーナーの奥さん)が応対。宿代は私に払ってといわれるが、空港バスのことがきになるので結局店の奥に行って寿司を握っていたオーナーに出てきてもらった。なにか淡白な人で空港バスについてきくと朝早いからバスがないのでタクシーしかないよなぁ・・・などと言われてしまう。まぁとりあえずそうしますと返事して、宿代をはらって外へ。

昼間対応が親切だった向かいのホテルNIPPONへ(ちなみにここのロビーを通る客は皆外人だった)。カウンターには日本人はいなかったが大きな体の男が英語が話せて助かった。
相談すると電話をして6:00AMに迎えに来てくれるように手配してくれた。宿泊客でもない自分に親切な対応をしてくれたし、チップを要求するそぶりもまったく見せなかったので、500ペソを渡す。僕が渡すとは思っていなかったのかすごくうれしそうにしていた。

安心して宿に戻って、ビール。
同室の日本人は昨日日本からサンチアゴについたばかり、今は12時間の時差があるので時差ぼけなのだろうか、僕が部屋に戻ると寝てしまった。

廊下に机(近くに電源あり)があるのでそこで日記を書いて過ごし、2:00AM頃就寝。


※1チリペソ=0.2円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
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