年を重ねただけでは人は老いず、止まらぬ探究心・人生への喜びと興味・希望ある限り人の若さは失われる事はないだろう。




長浜市「慶雲館」の盆梅展は今年も1月20日〜3月10日にかけて開催されているが、閉館も間近い3月初めに駆け込みで名残の盆梅を見に行ってきたよ、「慶雲館」の盆梅展は歴史もあり、冬の長浜観光スポットとして全国的にも有名なんだが、雨降りの夕方とあって、さすがに観光客の姿は少なかったよ
     

     
ともさんは以前に見島池近くの旧山東町の盆梅展や、旧浅井町の盆梅展を見に行って、帰りにミニ盆梅を購入して育てていた(このブログ盆梅盆梅パート2)んだが、5〜6年もたつといくら植え替えや世話をしても、だんだん元気がなくなってくるんだ、対策が分からず困っていたところ、出口近くのミニ盆梅販売のおじさんが教えてくれたよ
いくら肥料をやっても鉢の土だけでは足りないので、3〜4年おきに畑に戻し、畑で2年ほどしたらまた鉢上げをすればいつまでも楽しめるそうだ、早速今年から試してみるよ
    

    

 



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昨年の11月隣町の園芸ショプで、水栽培用ヒヤシンスの球根を3ヶ購入して、12月に容器に入れて水栽培を始めたのだが、年末に芽が出て順調に開花かと思いしや、花がついたのは一株だけで、他の二株は葉っぱは育ったが花が咲かないんだ、ともさんは元々ヒヤシンスの水栽培がお気に入りで、大阪在住時代から何度も育てているんだが、こんなことは初めてだ
              

        
今回の失敗の再発防止に、netでヒヤシンスの水栽培を調べてみると、この頃の育て方は、栽培を始める前に球根を冷蔵庫で1〜2ヶ月冷やすんだって、冷蔵庫から出してからも暫くは暗い(日の当たらない)ところで栽培しなければいけないようだよ、ともさんは過去に何度もヒヤシンスの水栽培をして、このような事はしなくても開花したのだが… 近ごろヒヤシンスも随分過保護になっているんだね  



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ともさんが世話役をしている同窓会(同好会)活動に、「ウォーキング&小旅行」があって、昨年は滋賀の湖南三山巡りをして、このブログでも‘善水寺’を紹介しましたが、今年も地元の友人にお世話願って奈良を訪問する予定になっているんだ
昨日、細君を伴ってその下見に行ってきたよ、下は早春の東大寺最大の観光イベントが行われる「二月堂」の回廊

今回案内をしてもらう友人は、大変奈良に詳しく特に東大寺については数十年も拘わって来られたとの事だ
ご自身いわく仏像愛好家で仏教がらみの説明は、普段この世界にはご無沙汰のともさんにはとても新鮮で、興味深いものとなったよ、千数百年も掛けて守って来た「文化遺産」の価値を少しは味わえたようだ
        
関西在住の人も、古都観光と言えばつい京都が浮かんでくるが、2月と言う観光の端境期にあって、修学旅行の団体以外は人影も少なく、まだまだ奈良にも素晴らしいところがあるんだよ、と知らしめたいものだね
 
大仏殿に到着の頃は、近ごろには珍しい良いお天気に恵まれて、そう快で充実したウォーキングが楽しめましたよ



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毎年冬になると花壇や庭は雪に覆われ、家の外の花は殆ど見られないも、相変わらずともさん宅のリビングや温室は賑やかだ
このブログでも何度も登場したシンピジュムは、昨年の春に久しぶりに植え替えを利用して株分けしたよ、1鉢→4鉢にしてその内3鉢に花が咲いたんだ
       
このシンピジュムは名張の古い友人にもらって、もう7年もなるが手入れが良い?せいかますます元気だ、一体いつまで咲くのだろう・・・
     
ともさん宅には昨年このブログで紹介した、3年前に長浜で買い求めた赤い万両があるのだが、昨年美杉リゾート近くの道の駅に、珍しい白と赤の万両を見つけて買ってきたんだ、うまく育つか楽しみだよ
   
シクラメンも、難しい夏越しを3回ほど乗り越えた花が2鉢、山のような花をつけて部屋を明るくしてくれているよ



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1月に入ってから寒い日が続いていたので、あまり出掛けられてなかったが、昨日は久しぶりに良いお天気が巡ってきたから、いつもの山歩き(猪子山)を楽しんできたよ
          

     
山上の見晴らしは素晴らしく、はるか遠くに冠雪を頂いた伊吹山が望まれ、また西の方は琵琶湖の向こう岸(高島・今津)まで見渡せたよ
この山は立て札の通り標高267.5mだ、以前もこのブログでも紹介したと思うが、ともさんはもう5年以上毎年この山に100回登頂を目標にして頑張っているんだ、お陰様で今のところ目標をクリア出来なかった年はないよ
       
丁度山上の観音さんは、今年最初の縁日で沢山の参拝客でにぎわっていて、お天気はいいが大変寒い日でもあったので、大きな釜でお湯を沸かし参拝客に‘しょうが湯’が振舞われていたんだ、ともさん達も暖かい‘しょうが湯’を頂いて、体がホカホカしてきましたね、これで今年も100回登頂は達成できるだろう
             



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11月熊野の帰り、勝浦〜串本へ周って来たよ
この辺りはマグロ水揚げ日本一とか・・・何としても美味しいマグロにあり付けたいと、マグロの食べられる所を探しながらのドライブも道路沿いではなかなか見つからず、やっと串本まで来て本場の「まぐろ丼」にあり付けたんだ、串本は

ここは串本 向かいは大島 仲をとりもつ 巡航船
アラヨイショ ヨイショ ヨイショ ヨイショ ヨイショ

と謡われた有名な串本節発祥の地で、初めての訪問であったが、仲をとりもつ巡航船は何処にも見当たらず、何と大島とは「くしもと大橋」で結ばれた陸続きになっていたんだ
          

    
大島に渡れば一度は訪ねて見たかったのが‘トルコ軍艦遭難の海’だ、島には「トルコ記念館」や「トルコ軍艦遭難慰霊碑」もあって当時の様子を詳しく知ることが出来たよ、慰霊碑には

明治23年(1890年)9月16日、トルコ国皇帝特派使節団を乗せた軍艦エルトゥールル号が暴風雨のため、この慰霊碑眼下の海域に臨む甲羅岩礁で難破しました。
島民は献身的な救助活動を繰り広げ69名を救助しましたが、580余名の乗組員の尊い命がうばわれました。引き上げられた遺体をこの丘に埋葬しました・・・・・・

と刻まれており、今もトルコ国民から深い感謝の気持ちで慕われているとのことだった
        

    
記念館のガイドによると、トルコの人々は今でもこの事故のことを良く学んでおられるが、日本人の方に記憶する人々が少なく、とても残念だと語っていた言葉が、いつまでも耳に残ったね



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今年5月に初めて植えた皇帝ダリヤが見事に咲いた記事は、ともさんの趣味日記‘2011.11.17 皇帝ダリヤ’でご紹介しましたが、後処理について続報しましょう

ブログ友達のチャーさんに教えてもらった、皇帝ダリヤの増やし方のURLを参考に挿し木?(これ挿し芽?ではありませんよね)に挑戦だ
        
ともさんちの皇帝ダリヤは全長約4m70cmにもなっていたんだ、先ずその茎を根元から40cmのところで、のこぎりで切り倒し枝を払ったよ、茎の根元には麦わらを巻き防寒対策としたんだが、上手く行けば来春新しい芽が出るようだ
            
茎は節下7〜8cmに節上を4cm程度に切れば、20個程の挿し木?が採れたが、越冬容器の大きさから比較的色の良い12個を選んで使用することにしましたよ、ちなみに挿し木の太いものは茎径6〜7cmもありましたね
             
12個の挿し木に水をたっぷり含ませたみずごけを巻いて、ポットの中に入れてさらに発砲スチロールのケースに収めれば出来上がりで、後は暖房の入っていない家の中で、みずごけが乾かない程度に管理をしていれば、春にはその茎から芽が出る・・・予定?なんだ・・・乞うご期待を!



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今月初めに細君の友人ご夫妻と三重県は津市美杉町への帰り、「北畠氏館跡庭園」を訪ねたよ、ここは青山高原や紅葉で有名な赤目四十八滝にも近く、10年ほど前の新緑の頃に訪れて以来、秋にもう一度と思っていたところだ

残念ながら、紅葉の時期は過ぎて落ち葉重なる庭園の観賞となったが、越前一乗朝倉庭園、近江朽木谷秀隣 院庭園と並ぶ日本三大武将庭園に数えられ、素朴で・豪放で・野生的な魅力にあふれているよ
              
ともさんがお気に入りの一枚は、池への映り込みが何とも言えない美しい幻想的な世界で、しばしカメラから目が離せなかったね
       

 



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行って来ました徳源院、ブログ「なごみのとき」のなずなさんに紹介されて、米原市は徳源院(清瀧寺)の紅葉狩りに出掛けてきたよ、色合いが今一つの今年の紅葉ではあるが、さすが見事な色彩の絵模様だったね



そもそも徳源院とは京極家の菩提寺で、お寺で頂いたパンフによると、鎌倉中期に近江を領していた佐々木氏が、六角氏・京極氏・高島氏・大原氏に分かれ、本家にあたる六角氏は信長に滅ばされたが、京極氏は江戸時代も大名家として続き現在に至っているのだって
      
墓所は、境内の裏手の山裾に上下段に分かれているが、上段は始祖の氏信を筆頭に歴代当主の墓18基が並び、下段には衰微していた京極家の中興の祖と崇められる高次の墓を中心に14基の墓が配列されていたよ



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