環境教育な日々

環境教育事務所 野の塾工房たまご代表の後藤清史のブログ

5月31日 仲間づくり(チームビルド)

2012年05月31日 11時13分04秒 | 環境教育


新年度になり新しい組織の中で、個々の人があつまりチームとして動き出そうとしている。
最近、仲間づくりのお手伝いをすることが多く、色々な学校や企業と関わらせていただいた。
そのほとんどが、1日か2日間の活動で、現地での体験が終われば足早に去っていく。
企業の場合は、数日間の研修の中で組織運営の基本単位である社員として、社会人として、生きる力のアップや素地の養成のために組み込まれることが多いと感じている



学校の場合は、主催者側の意図や流れと言うよりも、その時間だけが独立した感じだろうか。
なぜ野外活動なのか?なぜ野外活動中の冒険教育なのか?この「なぜ」が貫かれていないと感じることがある。
フルコースの食事もテーマがなければ、ただ食べ物を寄せ集めたものでしかない。
なるほど美味しい料理はテーマがなくても美味しい。
去年のお店は美味しかったね。また行こう。
あの料理もこの料理も、それにあれも。
結果、同じ場所に行き同じ内容を例年繰り返す。
ただし、評価には料理人の腕前が大きく作用している場合もあり得るが。

さて、宿泊型の野外活動で行われる場合、前後のプログラムに関係なく計画され、アクティビティーの一つとして組み込まれることが多い。
テーマは仲間づくりとチャレンジ。
そのため、冒険教育の手法を活用したプログラムを提供することが多くなる。
班分けはこの野外活動のためだけかもしれないし、学校に戻っても継続されるかもしれない。
関わった小、中学校を見ていて思ったことは、良い意味でも悪い意味でも先生方の影響が強すぎるということだった。
返事は良いが、意見を言う時にメンバーに言わず私に対してのみ述べる。最初からやり方をねだる。直ぐに「めんどくさい」「分からない」「しんどい」を口にする。ルールが守れず、当たり前のように「これぐらい、おおめに見て」と言う。他の人に意識が向いていないので、同じ質問が2度3度と繰り返される。そして、多くの場合、意見は言うだけのものになっている。
群れの規範がなく、集団でいるが群れとして認識できていないのではと思ってしまう。
先生が群れの規範であり、群れを一人で維持している感じだろうか?


少しづつ氷を溶かすように、こころをほぐす。
心の次は、体を。
心と体は連動している。体が動けば、心も動く。
そして、
友達が笑っているから自分も笑える。友達が真剣だから自分も真剣になる。
自分が頑張っているから、友達も頑張ってくれる。
意見を言うえるし、意見も聴ける。
みんなが成功したいと思っているから、自分も頑張る。
みんなといることが楽しい。もっとみんなといろいろしたい!


学年初期のこの時期、そう思ってくれたら成功なのかもしれない。

学校と任意の集まりとでは、求めるものが違ってくる。
学年によっても変わるだろう。
チームよりも、チームの中での己の成長に重きを置く場合もある。
中学生だと…

いずれにせよ、我々の提供するものはほんの一瞬の出来事で、膨大な日常の中で流され埋もれてしまうのは間違いない。
ただ、ふとした時に思い出すエスニックな味にはなりたいと思う。

体験の目的:仲間づくり
仲間にも色々ある。団体の「今」が求めている「仲間」を考えつつ、これからもプログラムを提供していこう。


4月30日 森のようちえんって何?・・・・森のようちえんを考える

2012年04月30日 11時24分25秒 | 環境教育
森のようちえんに対する私の疑問を解決できないかと、様々な教育にかかわっている友人たちに向けてfacebook上で問いかけました。
私の投げ掛けからはじまった「森のようちえん(特にその指導)」についての対話をブログに公開します。
このブログを通じて対話に参加してみませんか。

 *写真は、イメージです。

後藤のfacebookでの発問
 今頃ですが、森のようちえんって何?
 何を求めていると言うか何を目的に実施されてる?
 集団の中での個の成長、自然体験、異年齢交流などなど
 森のようちえんは環境教育?どの部分?単なる場所への期待?
 はてさて何をねらいにしている?


 注.対話に登場する3名は私からの依頼ではなく、任意に対話に参加された方々です。

H氏:
 昨年は年長を担当、今年は年中を担当、明らかに1年で子どもたちは成長しています。運動能力も、手先の器用さも、コミュニケーション能力も、創造力も・・・
特殊な体験ではなく、幼児期の成長にふさわしい刺激のある環境との出会いの機会のようなもの。当たり前か・・・

後藤:
そう、そうなんです。なぜ、森なのか?単に森であればいいのか?どうでしょう。

H氏:
 なるほど、公園の森や擬似的里山環境は子どもの目からみて本物感というか、伝わるものがあるのかな・・・

後藤:
 森を体験させたいのか自然の中の多様性との出会い?空間であり、関係性であり、物であり、場面でありetcなのか。

H氏:
 単に森を体験するとか、多様性に出会うとかではなくて、子どもたちが環境の「刺激」の影響を無意識の影響も含めてどう受け止めているのか常に意識しておくことが大事かと。たとえば、生まれたばかりの赤ちゃんに光や音の刺激が必要なように、幼児にとって大事な刺激がいわゆる「森」という環境にはたくさんあるということかと。(またまた当たり前か)

後藤:
 「幼児にとって大事な〜「森」という環境にはたくさんある〜」。それに偶発的に出会うだけで良いのかと。多くの森の幼稚園ではこの偶発性にかなり依拠しているのではないかと。如何でしょう。

H氏:
 偶発的に出会うだけでよいか?大人がそもそもその偶発に気づくか?大人が子どもが気づいた偶発を膨らませることができるか?スキルが試されます・・・。そこは後藤さんのような「専門家」と幼稚園の先生との協力関係が不可欠。

F氏:
 おはようございます♪「自然」には確かに刺激がたくさんあります。色々な発見や体験をおこなうことができる機会が多くなってはいますが、その発見や体験をさまざまな学びに変えていくことはむずかしいようです。ガキ大将や近所の大人からの教えなど考えるきっかけを作る環境もないのかと。ですので、そこにはHさんの言うような「専門家」「気づく大人」が必要なのだと思います。

U氏:
 おはようございます。森のようちえん、私も教えてほしいです。
スウェーデンのSkogsmulleの流れかと思っていました。
私が子どものころは家の周りで自然体験がいくらでもできたのに、今はタンポポが咲いているくらいです。それもコンクリートの割れ目から顔をだしている、ど根性タンポポです。
子どもたちの自然体験リーダーをやるときは、昔私がやっていたことをそのまま伝授すればよいだけですから、とても楽ちんです。昔遊びも同じです。森の幼稚園はそれに比べると身構えないといけないのかなって思っています。

後藤:
 Fさん、偶発的な様々な体験を子どもたちは純粋に受け止め、時には驚き、時には親しみを持って楽しみます。楽しんでいる姿を見て同行する大人は良い体験をしていると判断する。失礼な言い方なのですが、楽しんでいる姿を同行者が楽しんでいるだけの取り組みも中にはあるのではないかと。発達教育的な視点や同行する大人の関わりが必要ではと考えています。花や虫たちとの偶然の出会いや集団(群れ)の成長に伴う共感の広がり、他者がいることで起こる共同的な遊び、少人数で動くことで感じる一体感などなど。すべて偶発的にそこに来ることで起こっているのだとしたらそれは意図された教育なのか?ということです。

後藤:
 Uさん、伝承遊びからのしみだしが子どもたちの行動に見られると思います。その発展を大人たちが支えているというか包んでいる。あいまいな言い方ですみませんが、大人が介在することで空間を維持している場面があると思います。森のようちえんの指導者にも必要なスキルだと考えています。森のようちえん、Uさんであれば身構えずにいつもと同じことを少し自然度の高いところ(発見の多いところ)で展開されると良いだけだと思います。この(子どもと同行者の)共感の関係性で維持される空間づくり、保育士の方が園外保育等で自然に展開されているのを見かけます。実は、私も森のようちえんに苦手意識があり、身構えてしまうので色々知りたいと思い…結果、疑問が多くなりこの場(facebook)で皆さんの考えを聞きたいと思い問いかけました。

U氏:
 以前に森のようちえんの外国での事例をテレビで観たのですが、それは大人(先生、保育士)がほとんどケアしない、いわば森に子どもたちを解き放ち、多少の怪我くらいは何のその、友だち同士のケンカありで体や服は泥だらけ、自由奔放に遊ばせているシーンでした。あらかじめ親に承諾を取っておき、親は着替えをちゃんと子どもにもたせている。森のなかでの自然遊びを通していろいろなことを体験できる、そんな機会を子どもたちに与えているような感じでした。森だから自然ではなく、森を材料にして人間関係までもが学べるという、そんな感じなのかもしれません。

U氏:
 泥んこまみれの子どもで思いだしました。近所の公立小学校では、雪が降って校庭が一面の銀世界になると、なぜか先生は校庭へ出て遊ぶことを禁止するのだそうです(と近所の子どもが訴えていました)。それは、学校から帰ってきた子どもの服が汚れていると、学校へ苦情をいう親がいるからだという話を聞いたことがあります。
すみません。森のようちえんとは関係ないですね。
でも、森のようちえんって、今の子どもの親を教育する場なのかもしれないな、などと考えてしまいました。

U氏:
 その理不尽な親を育てたのは私たちの年代です。すみません。



後藤:
 実際の森のようちえん(私の思うところの)を見学したことはありませんが、様々な気づきの要素が含まれているのは確かです。自然の中で体験する多様性な出会いや出来事、発見、匂い、触覚、関係性etcetc。その多様な体験が個への刺激となり多様な個の成長を促すと思います。ただ、ここの子どもの資質に望みを託すだけでなく、そこに存在する大人がもしファーブルやシートン、レイチェルだったらどうでしょう。その子の経験は自分で咀嚼する以上の速さで学びにならないでしょうか。彼らが体験することは非構成の偶発的なことかもですが、そこに同行する大人の関わり方(介在)で大きくその体験(効果)は変わると考えます。書籍等を見ても多くの森のようちえんの紹介は、活動に焦点が合ってしまい、子どもたちに関わる大人のスキル、必要とされる資質が議論されていないように思います。体験を学びに変える。幼児期の学びの段階、幼児期にとっての体験とは、幼児の身体や認知の発達段階、なぜ自然遊びなのか、なぜ集団なのかなどなど。憧れや感覚ではない森のようちえん、森のようちえんに関心のある皆さんは気にならないのでしょうか。

F氏:
 そうなんです。近くにいる大人のかかわり方でその経験が学びになるのだと思っています。(先生)もちろん、その学びの方向性でも変わります。(プログラム)その方向性の予測や対応できる大人のかかわり方(専門指導者)が必要だと園長と話をしております。先生方にはワイルドの内容を知ってもらうと言うことで資格取得を幼稚園でおこなっています。でも、スタート2年ぐらいはすごく試行錯誤しておりました。なかなか学びまでいかないので…そこで、上記の方法に体験学習を最大限に利用するために年間プログラムで関連を付けて今は安定した形になりました♪

F氏:
 Uさんのいうとおりに親も育てないと行けないです。授業の内容と子どもたちの成長を見てくれているので今では何も問題なく活動できていますが、他の幼稚園では親からのお願いで、体験前の準備に30分かかるそうです。

後藤:
 多分、色々な方がこのキーワード(発した問い)に?と思ったのでは。(facebook上には)森のようちえん関係者(実施している人)も多いと思っています。ただ、この問いに興味を示し対話を通じ議論してくれたのは、ごく少数の知人のみでした。森のようちえん、託児的、イベント的、園外保育型、そのものズバリ、保育的、サークル的など様々な実施形態がありますが、実施される場所の自然度が高いことだけが必要条件なのでしょうか。森に行って幼児期の集団で活動すれば「森のようちえん?」というのが私からの問題提起です。学びの構造は気にしなくてよいのでしょうか。

後藤:
 Fさん、ありがとうございました。学びのラインを大切にしたということですね。

F氏:
 はい。わたしも森のようちえん?とはなんだろう?なのですが、自然度が高いところでなくても、自然からの学びは幼児期にすごく大切で、その効果が高いです。


後藤:
 私も某市の保育課が主催した保育士研修で同じような内容を講演したことがあります。身近な自然事象(日常の中の自然)に気づき寄り添うことが大切と…結構自然体験への渇望があったのですが、その反面、自然がないのでと半ばあきらめに近い空気があり都市部の園にありました。そのため自分の経験を基に身近な自然事象に目を向けた環境体験の大切さを話ました。森のようちえんへの憧れが広がり始めた3年前のことです。同様の内容について書かれた本があります。「環境保育(有賀克明著)」面白いですよ。お勧めです。

H氏:
 前にも書きましたが、森のようちえんには、専門家と幼稚園の先生との協力関係は不可欠だと思います。かといって「専門」的な説明をしても子どもたちは?となってしまうので、森のようちえんにかかわる大人(専門家)には森のようちえんのための高いスキルが必要です。(私もまだまだ身についていませんが)
・子どもの世界観に共感できる。
・ミクロからマクロまで環境への深い洞察力
・好奇心、探究心
・広い世界観
などなど。

しかし、あまり身構えると子どもに見抜かれてしまうので、自然な流れや対話の中で空間を構築していくことが必要です。難しい言葉を使うことなく、気づきを促していくことはインタープリテーションの原点のような、いちばん難しいスキルだと感じています。

後藤:
 私も先に述べたように専門スキルの必要が有ると感じています。なのに、様々な形態やランクが混ざった状態があまりにも多く、整理されないままになっていることが気になっています。あとは、森のようちえんへの期待が高いのは分かるのですが、あまりにも森に入ることありきに感じて、なぜ森のようちえん(森での体験)に期待するのかを問いかけました。残念なのは森のようちえん関係者が多くいるにも関わらず・・・。


この対話は、facebook上で公開して行ったものです。如何でしたでしょうか?
森のようちえんについての出版物や報告が多くあるので、もしかするとすでに分かっていることを話していただけかもしれません。その際はご指摘いただけると嬉しいです。
今後もfacebook等で懲りずに教育について発信していきますので、ご興味のある方はぜひご参加ください。


※今回の内容は各発言者の許可を得てブログに掲載しています。無断での引用および転載は禁止させていただきます。

4月15日 社会人研修

2012年04月15日 10時19分21秒 | 環境教育



指導員としてある団体の新人研修に関わる機会を得た
この4月から新たな職場に入り働き始めた彼ら
学生のような気軽さを身にまといつつ、活発な発言を避ける
まるでお互いの出方を窺っているような空気

意見を述べるが、意見というボールがメンバーの側をすり抜けていく感じ
壁打ちにさえなっていない
身体能力や処理能力に問題があるわけでもない
もっと言葉を、考えたこと思ったこと感じたことを相手に伝えて欲しい
ほんの些細なことかもしれない
些細な壁を乗り越えたとき
単に投げられ、間をすり抜けていたボールが意味を持ち
メンバーが思わず受け止める

言葉というボールが受け止められたとき
言葉のなかに隠れていた個人の思いや感情が現れる

たった1日の研修
研修担当者(企業)の様々な思いが詰まる新人研修
伝えたいことや体験して欲しいことは山積みある
仲間意識の醸成だけが目的ではない
課題解決能力向上だけでもない
コミュニケーションスキルの修得か

個々の資質の向上
曖昧だがそういうことにしておこう

課題にチャレンジし、結果に至ったプロセスに注目する
グループのプロセスと個人のプロセス
その関わりの結果としてのグループの成果
その成果をどのように捉えるか
グループとして、個人として
個人としてグループとどのように関われたか
またグループとして…

ふと気づかされ、心を揺さぶる体験
そんな体験を提供したい



しかし、環境教育を目的とした研修は必要でないのだろうか?
今回の研修目的を変更すれば済んでしまうのだが
















4月9日 ふと気づくと

2012年04月09日 09時04分07秒 | 環境教育
春の陽気につられ降車駅の1つ手前の駅で降りて歩く
なかなかJRの沿線は、味わいのある町並みが多い
気持ちよく集落を通り抜けていく

しかし、この時期目に付くものが多いので
ついつい寄り道してしまうので通常より時間が掛かる
ふと通りにあった小さな神社とお寺が気になり境内を探索
昨年からの癖で、ついアライグマの痕跡を探してしまう
もう、単なる境内好きには戻れなくなっっているらしい

奈良市の南の外れにある寺
この寺にも、やはり痕があった


集落の人と話すが気づいていない
近所の人は、イタチは悪さをするがアライグマはしたことが無いと言う
だからと言ってアライグマについて知っているわけでもない
知らないから知っていいる生き物にしておきたいのだろう
そう最近思うようになった


でも、知っておいて欲しい
自分たちの身近に知らない生き物が住み始めていることを

春のうららで土筆とりを楽しむ親子を見ながら
啓発のための情報を一般市民まで漏れなく落としていく方法がないか考えてしまった
その為には、行政が本気になるしかないのだが…

ノラネコのようにアライグマが闊歩する里や里山にしないために

3月28日 企業及び小学校との連携による環境教育の展開

2012年03月28日 12時35分46秒 | 環境教育
なぜ、直接的でない環境教育活動に
脱温暖化やエネルギー転換への効果を期待できるのか

序論
小学校への環境教育の支援を実施
なぜ、直接的でない環境教育活動(生物や生物が必要とする環境を学ぶ)に、脱温暖化及びエネルギー転換への効果を期待できるのか

背景
■企業との連携による環境教育活動を小学校で実施
■地球温暖化は環境の変化を起こす
■環境教育活動は自然学習のみのツールではない
      ・主体的に考え行動できる人材の養成
      ・環境に対する正しい知識の習得

企業による支援と小学校での実施報告
企業による支援
コスモ石油エコカード基金による支援を請け実施
支援内容は、小学校等からの要望に基づき、小学校で実施する環境教育活動の運営費を助成

実施主体(環境教育活動の指導)
野の塾 工房たまご(環境教育事務所)

実施先(支援対象)
公立小学校5年生


実施内容
2011年9月から2012年1月まで、月1回実施
全体テーマは「学校の自然を調べよう」
各回のテーマ
1.堺市の生き物の現状(導入) 9月
2.生き物が必要な環境(校庭にいる昆虫) 10月
3.生き物の形(学校に来る鳥) 11月
4.樹の役割(学校植栽) 12月
5.生き物いっぱいの学校づくり(まとめ) 1月

各回のテーマ別学習内容
1.堺市にも希少種を含め様々な生き物がいるが生息に適した環境は減少している(現状認識)
2.必要とする環境は、種類だけでなく幼体と成体でも異なっている生き物や幼体と成体で身体のつくりが違う生き物がいる(生息地)
3.エサの採り方や生息する環境に合わせ体の形が違う、季節により場所を移動する生き物がいる(適応)
4.樹と生き物との関係について知る、植物にも種類があり様々な特徴を持っている(観察)
5.学校を生き物でいっぱいにするためには学校の環境をどの様にすれば良いかを考える(考察)

1〜5の活動を通じて、生き物と環境のつながりを学習し、生き物の生息場所としての環境とその保全に興味を持たせた

地球温暖化と生物との関係
地球温暖化に伴う気候の変化も、生物の生息環境を大きく改変する要因


まとめ
生物や生物が必要とする環境を学ぶ環境教育活動は、脱温暖化及びエネルギー転換を促す

理由(学習による効果)
■環境の変化が生物の生息地に影響を与えることを理解
■生息環境の消失は生物の消失をもたらすことを理解
■身近な生物への関心が環境への関心に繋がる

脱温暖化やエネルギー転換へのきっかけとして
■生物と環境との関係を学び、身近な環境に関心を持たせ、環境の保全について考えさることは重要である


農業気象学会全国大会の公開シンポジウム交流セッションで行ったポスター発表です。
発表は、シンポジウムのテーマと参加者を考慮し作成しています。
学びのプロセスに重点を置いておこなう、環境教育。
如何でしょうか。