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***小諸城跡・懐古園***

梅雨の合間を見てチョットドライブに日本100名城の一つ 懐古園に行ってみました。

小諸城の起こりは長亭元年(1487)に信濃守護小笠原氏の流れをくむ大井光忠が、現在の大手門北側に築いた鍋蓋城であると言われています。元禄15年越後より牧野康重が入ると明治維新を迎えるまで牧野氏の居城となったが、維新後は廃城処分になり荒廃していく小諸城を憂い旧小諸藩士達は資金を集めて小諸城を払い受け、本丸跡に神社を祀り、花木を植えて公園に、懐古園と命名したそうです。

小諸の表玄関大手門

駐車場から入ると見落とさるのが大手門、小諸城の正面になります。

三の門をくぐると料金所があります。(大人500円)

目を引くのは大きな石で組まれた石垣

料金所から右の道に間もなく二の丸跡に、石段があり登った先は花壇になっていました。

関が原に向かう途中の上田城攻略で真田親子に足止めされた徳川秀忠はここに逗留したそうです。

南丸跡にウグイス石があり城主が通るとないたとか??黒門橋を渡ると本丸跡に懐古園の碑は明治13年に懐古園が作られたときの記念碑で題額は勝海舟の筆とか、懐古神社、天守台が松の木が一本当時を忍ばせていました。天守台には三層の天守閣があり寛永3年に落雷で焼失したとか、真相は不明だそうです。

 

馬場、春になれば桜の花で有名(桜の名所100選)にも、保育園児が来てお昼ごはんを楽しそうに食べていました。

千曲川の流れが見える水の手展望台に、藤村詩碑「千曲川旅情のうた」小諸なる古城のほとり、雲白く遊子悲しむ 有名な歌が 藤村自筆の誌面も見ることが出来ます。馬場を通り富士見台で富士山を望む??でも 薄っすらと見える程度でした。そこから動物園に最初は可愛いポニーちゃんが迎えてくれて、エミューペンギン、ライオン他沢山の鳥や動物がいました。

暑いのかお休みの   時間でした。

子供が小さい頃に連れて来た時とは大分変っていましたが、たまには昔を偲びながらの動物園もいいのではと思います。

 

 

 

 

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