のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

桜桃忌なんです

2017年06月19日 | 日記・エッセイ・コラム

 6月19日、「桜桃忌」です。太宰治が山崎豊栄と玉川上水に入水したのが6月13日。遺体が見つかったのが6月19日。偶然にも太宰の誕生日が6月19日だったこともあって、この日が桜桃忌と呼ばれ三鷹の下連雀の禅林寺には太宰ファンがお参りに来ます。

 私が「桜桃忌」なるものを知ったのは太宰治文学ではなく、1981年だったかな、フォークシンガーの永井龍雲が「桜桃忌」と言う歌を歌って、「桜桃忌」って何だ?と調べてそちらから知りえた知識でした。多分、彼氏に自殺された女が「ただ逝くと知っていたならあんなまでに溺れなかった」とシャウトする光景が目に浮かび、こいつは相当いい女に違いない!ただれた青春の一コマ。帰らざる日々!と妄想は進み、そうだ!桜桃忌に行こう!

 1982年6月19日。確か土曜日で、夕方、美人の文学少女と巡り合えるかもしれない!と、三鷹の禅林寺に行って見ました。近くには森鴎外のお墓もありました。

 美人文学少女と言うより、当時の私から見ればオバサンに近い世代が参拝者に多かったのですが、人生経験を経て読む太宰治は青臭くて子供っぽいのですが、10代20代頃は必死に訴えかけているようで妙に共感して読んでいました。

 美人文学少女より私の感性に食い込んだのは墓前に供えられた花束の片隅にポツンと置かれたサクランボのパック。当時、山梨から佐藤錦が出てくるようになっていましたが、山形独占状態の高価な果物で、およそ手が届く代物ではない。実桜(ミザクラ)や山桜桃梅(ユスラウメ)に似たような実はなるのですが大きさも甘さも違う。

 おもむろにバッグから太宰治の文庫本を手に取りサクランボの置かれた近くで悩める表情で本に目をやる。美しい。美しすぎて自分が怖い!文学美青年ならではの演技です。でも、持ってきた本は「走れメロス」でした。人波が途切れるのを待って墓前のサクランボの中身だけバッグに入れてパックはお返ししておきました。大変おいしい桜桃忌でございました。

 昭和11年頃、太宰治はこちらの谷川温泉に逗留していましたが、川端康成がこの温泉を紹介したようです。そこを舞台に書かれたのが「姥捨て」。なんだかあんまりありがたくないお題です。

 サクランボ農家に佐藤錦と紅豊の出来損ないをもらいました。左が佐藤錦、右が紅豊です。佐藤錦はそれだけでは実がつかないので、同じ時期に花が咲く高砂や紅豊を受粉樹として用います。開花時期とS型遺伝子の愛称などと書き始めるの難しくなるので、要は違う種類の花粉があった方が良い実がなるということです。自家受粉できると世に出てきた紅秀峰も紅きららなど受粉樹があったほうが良い実ができます。

 そんなわけで、あまり世間一派に出ることがない紅豊はほとんど自家消費されるようです。食べてみたら酸味があってこれはこれでおいしい。高砂よりも甘みがある。産地ならではの特権かもしれません。

 サクランボの受粉にはミツバチが一役買っていますが、ミツバチ受粉は人工授粉よりも手間はもちろん物も良いものができるそうです。花が咲くころになるとミツバチをひと箱8千円で借りてくるのだそうです。養蜂家にとってはサクランボのハチミツはあまり好まれないみたいですが、それでも結構な値段で取引されています。

 私が幼少の頃は田んぼが終わるとレンゲソウの種をまいて、春先の田んぼシーズンの前は一面がレンゲになっていました。レンゲの花は良い蜜を出すので、養蜂家が喜ぶのですが、すっかり姿を消しました。

 レンゲソウはマメ科の植物なので根に根粒菌という微生物を強制させて土に窒素を固定化し土を豊かにしてくれますが、昨今はコシヒカリなど銘柄米を作るので、チッソが多いと稲の丈が伸びすぎて倒伏しやすくなります。いつの間にか春のレンゲ田は姿を消してしまいました。

 仏教でいう蓮華は蓮の花をさし、畑にまくマメ科の植物はレンゲソウなのですが、どちらも蓮華と呼ばれて子供の頃は混同しておりました。

 「吹く風を心の共と 口笛に心まぎらはし 私がげんげ田を歩いてゐた十五の春は 煙のやうに、野羊のやうに、パルプのやうに…」中原中也の詩に出会ったのは15の頃ですが、「げんげ田」と言う言葉に妙に旧仮名遣いの時代を感じたものです。

 畑に咲くレンゲソウを「レンゲ」とよぶより「ゲンゲ」の方が正しい呼び方みたいです。

 レンゲソウと言う呼び方も1970年代初頭にビリーバンバンの歌で憶えたものですから、何となく外来語っぽいイメージなのですが、「レンゲ」は沼に咲く蓮の花と中華料理のスプーンに使う言葉で、畑に咲くのはレンゲソウかゲンゲと言いなさいと教わったのは中学生の時でした。

 でもいまだに言葉に出す前に思案してしまいます。

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2 コメント

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佐藤春夫様へ (プールの人)
2017-06-20 18:24:10
私に
芥川賞を下さい。
お願いします。

手紙で
お願いするって、、、
もう、なんだか、すごすぎて、、、
よく、わからん。

「桜」と「桃」で「サクランボ」か、、、
読みが同じなので
「黄桃」の缶詰を食べながら合掌。

ところで
作家が「かんづめ」にされるって
「缶詰」じゃなくて
旅館の「館」で
「館詰」が正しいと聞いたことがあんだけど、、、

どうなんだべ?
応答忌 (これから夕食の人)
2017-06-20 22:59:35
 さんま苦いか塩つぱいか そが上に熱き涙をしたたらせて

 「私を見殺しにしないでください」と太宰は芥川賞選考委員の佐藤春夫に出した手紙が発見されたのは2-3年前だったかな。

 太宰が芥川賞直木賞に落選した時にこちらの谷川温泉にいたようです。

 私の小学校の効果は佐藤春夫が作詞したものでしたが、難しくてよくわからないために。途中で地元土着民の作詞に代わりました。

 館詰は旅館などに軟禁されて編集者が付ききり状態で、自宅で編集者に付きまとわれて書き上げるのは「館詰」ではないと聞いたこともあります。

 4月30日。伊藤さんは秋田のホテルに「缶詰め」になって本を書き上げていました。私たちはのどかに角館に行ってきました。ババヘラアイスも食べたし。

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