のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

ノーベル文学賞って

2016年10月14日 | 日記・エッセイ・コラム

 昨日のボブ・ディランノーベル文学賞受賞。団塊の世代のおっさんと話していたらその話題になったのですが、ボブ・ディランよりもビートルズファンだった人なので、「なぜジョン・レノンにノーベル賞を与えなかったのだろう?」とがっかりしていました。1980年の時代ではロックやフォークの作者にノーベル賞なんて概念はおよそなかった。

 昨日の続きのようになりますが、私にとってのボブ・ディランはアルバム「欲望」以降ですが、このおっさんにとっては「欲望が最後だったな。」やはり音楽性の変化とか?と聞いたら「そうじゃなんだ。子供が生まれてレコードどころじゃなくなったんだ。」なるほどね、それって大きいよね。

 子供が生まれて40年。レコードはCDに代わってしまったし、音楽も変わってしまってすっかりついて行けなくなって、興味もなくなってしまった。たまたまリアルタイムで聴いていたボブ・ディランの名前が出て「いい時代を生きたんだな」と快感だそうです。

 ボブ・ディランが燕尾服来て王室主催のパーティーに出ることなんか想像できないけれど、その前に受賞辞退するんじゃなかろうか?姿消しているみたいですし。

 本屋に行ったら村上春樹の本が並んでいたけど、例年より少なかった気がします。門戸が広がったのでなかにし礼が受賞したりして。幼少期を満州で過ごした自伝小説の「赤い月」は週刊新潮に連載されていたころから読んでいましたがなかなかの秀作です。ちょうど連載されていた頃にハルビンや牡丹江をうろうろしていたので実感がありました。書籍になると聞いてすぐ予約しましたが、今では古本屋の100円コーナーに並んでいます。

 ノーベル文学賞受賞者の作品なんて外国文学ばかりですし、高貴すぎてとっつきにくいので読む機会も少ないけど、川端康成くらいかな?よく読んだのは。川端康成以降ではソルジェーニツィンを読んだだけで、大江健三郎は読むに値しないし、多分候補のままで終わるであろう村上春樹も「ノルウェイの森」しか読んだことがない。

 そういう意味ではボブ・ディランはもっとも目に通す機会が多かった「作家」になるかもしれない。

 ボブ・ディランがノーベル文学賞なんだから、そう遠くない将来に漫画も対象になるかもしれません。世界に影響を与えた漫画なら日本の独壇場でしょう。永井豪の「マジンガーZ」なら世界でも広まっていますが、「ハレンチ学園」はどうなるのだろう?表現の自由の限界に挑んだ作品だと思う。個人的にはこちらの方が好きなんですが。

 

 繭が上がりました。本当はこれをザグって絹糸を作り出して、わけありの影のある美人の機織りのお姉さんが反物を織ってくれれば地場産業として復活できるし文学も生まれるのですが。

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