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命、と言うものを考える、旧盆の季節を迎えて

2017年08月10日 | 日々のインプラント臨床の話

昨年同級生を続けざまに3人亡くして以来、命と言うものを考え直すことが多くなりました。

 

私は29歳の時に患者から治療中に噛み付かれたことから、左手の人差し指を深々と切削器具でえぐられ、その患者がB型の肝炎のキャリアであったため劇症肝炎を患い死に掛けました。

 

その時に、死と直面することを経験しました。

 

と言うよりも、私自身の感覚としては、死んであの世、私の場合は地獄でしたが、行って帰って来た、と信じています。

 

いわゆる、幽体離脱現象、自分自身を少し斜め上から眺める、と言うのも経験しましたし、その直後真っ暗な中に急激に吸い込まれて行って、気がついたら目の前に地獄の鬼が立っていたという状態で、そこから昔から語られている地獄の責め苦、血の池地獄、鉄板で焼かれる地獄、剣山地獄、身体が引き裂かれる地獄、岩山に押しつぶされる地獄等々ありとあらゆる地獄を、寝たきり状態の2ヶ月以上味わされました。

 

B型の劇症肝炎でGOT3980、GPT1700と言う状態で、ほぼ交通事故で肝臓破裂状態と同じ、と言われるような瀕死の状態でしたので、肝毒が回っていたのでしょう、記憶もおぼろげで、身動きもとれない状態で、自分自身では死んでるのか生きてるのか、浮遊状態だった、と言うのが一番近いと思っています。

 

何しろ、なんとか助かって意識が戻って来た頃、助かるのが確実になったからでしょう、担当医(実は義弟になった親友ですが)がどうして助かったの?と真顔で質問して来たくらいでしたから。

 

彼曰く、どうして死ななかったのか、助かったのか、その原因、理由、何か私とか周りの世話してくれてた彼女がしていたのか?と本気で知りたがっていたそうです。

 

確率的に言うと、当時の医学水準で97%以上98%死んでいておかしくない状態だった、という訳です。

 

その時、私自身のぼんやりとしていた頭で覚醒している時に思っていたのは、このまま死んでしまった方が楽なのではないか、こんな苦しい状態が続くのには耐え切れない、というものでした。

 

でも、こうして助かって、もう27年になろう、としています。

 

時間が経つのは早いものです、本当に。

 

多分普通であったなら、同級生の中で一番最初にあの世に行っていた筈の私が、こうして生きている。

 

そして、この齢になると、訃報を受け取ることが起こるようになってきています。

 

やはり、全員が癌でした。

 

自分自身のあの時の経験、劇症肝炎の時の辛さはとても良く覚えているので、亡くなっていった同級生、恩師今間先生、添島先生に思いを馳せると、辛かっただろうな、苦しかっただろうな、本当に大変だったろうな、と思ってしまいます。

 

なので、私は終末期には苦しい、痛い、辛いのはできる限り取り除いていただいて、死を迎えたい、と願っています。

 

昔と違って今は除痛、辛いのを取り除く、時と場合によっては眠らせて意識を覚醒させないで死を迎える、と言うのがなされるように成ってきているようですから、私ももしもの場合にはそのようにして欲しい、と望みます。

 

甘えかも知れませんが、辛い、苦しい、痛いのは嫌です。

 

それならば、薬の力を借りてでも除痛して貰って、辛い、苦しいのはできる限り避けたいです。

 

もうどうしようもない、手の施しようがない、死を迎えるしかない、という事態に到ったら、そうして欲しい、と思います。

 

ハッキリと書きますが、そう言う状態では、既に死んでいるのと同じ、と私は考えていますから。

 

そうなってしまったら、それでも命がある状態がまだ許されているのは、家族との別れ、大切な人達との別れをきちんとする為に残された時間、と考えます。

 

言い換えるなら、もう医療の手の付くしようがない、助かることはまずない、と言う状態に到ったとしても、私は痛みとか苦しいのとかさえ取り除いていただけるなら、動ける、身体を使えるうちは仕事をしていたい、と願っています。

 

 

どこで聴いた話か忘れましたが、私の大好きな脳外科の先生のエピソードがあります。

 

ある患者さんが、脳外科の難しい手術を受けて、助かったそうです。

 

そして、3ヶ月位だったでしょうか、元気に回復されて退院と言うことになった時に、先生に是非お礼が言いたい、と言われたそうです。

 

そうしたら、看護婦さんが涙を流され、実は先生はお亡くなりになった、と告げたそうです。

 

えっ、と思って患者さんは絶句されてしまったそうで、その看護婦さんは話されたのは、先生は実は末期の癌に侵されていて、余命いくばくもない状態であったにもかかわらず、そんなことは気にもせず、自分が救える患者さんの手術に挑まれていた、と言うことであったそうです。

 

その先生は、動けるうち、手術ができるうちは患者さんを助ける、と言うことに邁進され、本当に倒れられる寸前まで、体力、気力がもう駄目だ、と言うその時まで手術為されていたそうです。

 

その話を聴いて、患者さんは感涙され、心から感謝された、と言います。

 

 

私も、このような生き方をしたいと、そして、こう言う命の使い方をしたい、と心から願っています。

 

いつもいつも書きますが、命、生きている、と言うことに対して、何故なのか?何故生まれてきたのか、どこへ行くのか?と言う答えの分からない質問に取りつかれて苦しみ続けるよりも、命与えられていることで、どう生きるのか、何をするのか、何を残せるのか、と人生に問われていて、その問い掛けに真摯に答えていく、そのような生き方を貫いて行きたい、と心から願っています。

 

簡単に言えば、使命に生きる、泣いて生きるも一生、笑って生きるのも一生、どちらを生きるのかは自分次第、と言うことです。

 

 

今の自分があるのも、過去からの繋がりの中でこそある。

 

命の繋がりは、両親、先祖から。

 

生きる繋がりは、師匠さま達から。

 

それを繋ぐ、途切らせない、思いを繋ぐ、です。

 

それでも、人生にYes、と言える生き方をしよう、と思います。

 

 

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