釣魚の愉しみ

釣行記、釣具や釣魚本、及びそれらの周辺事情について気の向くままにご紹介します。

竹竿ペット論

2009-06-14 17:38:11 | 釣りのあれこれ
 小生は犬猫の類を飼ったことはありませんが、子供のころは魚や両生類、爬虫類、昆虫ならよく飼育しておりました。今でも我が家ではカブトムシの幼虫を育てておりますし、自分の足には水虫まで飼っております。最近、また釣りに行けなくなってしまった反動か、竹竿に係る妄想が、昼となく夜となく、のべつ間もなく我が脳髄を蹂躙しております。今日はその中のひとつ、竹竿とペットの相似点について論じてみたいと思います。

 ペットには餌をやらねばなりません。竹竿は生物ではありませんので勿論餌を食べたりはしませんが、餌の代わりに獲物のヒキを味わせてやらねばなりません。「ねばなりません」というのは、人によってはやや見解の異なるところかもしれませんが、魚を掛けない竹竿は、小生にとってはいわば動物の剥製のようなもの。竹竿に正にそのために作られた本来の機能を発揮させてやることが、道具としてのあるべき姿と心得ます。獲物のヒキで竿が弧を描けば描くほど、竹竿は官能に悶え悦ぶのであります。獲物を釣り上げたら、鷹匠宜しく、「ほーれ、これがお前のご褒美だ」といって、竿身に釣果のヌメリを付けてやることも。(ここまで逝ってしまった小生はやはり少々狂っているのでしょう。)
 ペットは散歩に連れて行ってやらねばなりません。竹竿も川に持ち出して、適当な屈曲運動をさせてやらねば竿も鈍るというものです。ただし、竹竿を散歩に連れて行ってやることは、釣師自身が釣りという行為を行うことと必ずしも同義ではありません。外形的には同じようにも見えますが、本質的には別の行為なのかもしれません。それは、本来の趣旨から言えば、「竹竿に運動させてやるために、それに合う場所や魚種などを選定してやる」行為とも表現すべきでしょうか。「嗚呼、来週末はうちのFEトーマス君にニジマスを掛けさせてやろう。9フィートもあるから、それなりに開けた流れが良いだろうな。結構速めの調子だから、流れがきつくてもいけるだろう。ゴミが沢山落ちているような場所には行けないな。口紅代わりのパラフィンを継ぎ口にチョチョッと塗ってやり、そうそう、お出かけ着のリールは重厚なパーフェクトの2-7/8で決まり!」かつては飼い犬にブランドものの服を着せるバカバカしさを内心笑っておりましたが、今の自分もそれと本質的には同じ愚行を犯しています。まあ、笑ってやって下さい。
 ペットが病気や怪我をしたら、すぐに病院(ロッドビルダー)に入院させましょう。生兵法は怪我のもと、病気だなと思ったら自分でなんとかしようなどとは思わず、すぐに専門家に委ねましょう。先生のお陰で全快すればそれに越したことはありませんが、後遺症でギプス(プロテクト・ラップ)を着けたままの生活を余儀なくされたり、場合によっては身体の一部を切除(ティップ・ショート)しなければならない場合もあります。飼い主にとっては可哀想でなりませんが、ところがどっこい、ペット本人にしてみればまだまだ現役、それでもなお十分にそのお役目を果たしてくれますので、有難いことです。
 ペットには血統書付きのものがいます。米国のディーラーさんなどは「この竿はハンフリー・ボガード本人が愛用していた竿だ」などと仰々しくその血筋をひけらかし、タグに残されたインク文字を後生大事に保護したりするのをよく目にしますが、そういう愉しさを認めるにせよ、それでもやはり、クラッシック竹竿入手の神髄は、怪しいルートから、文字情報だけではなんだか素性のよくわからない竹竿を選り分けて購入する醍醐味にあると信じています。そうやって見つけ出した掘り出し物の貴重な一竿こそ、慎ましい我が釣魚人生の良き伴侶となってくれるのです。
 ペットは増えます。飼い主の理性も無視して、勝手に増殖します。飼い主の本意ではないのですが、知らないうちに本数が増えていきます。何処からか持ってくるのは飼い主かもしれませんが、それは飼い主が悪い訳ではありません。勝手に持って来させるような環境を作る竹竿が悪いのです。世間が悪い。でも、こんなに可愛らしい愛玩動物が増えすぎたからといって他の飼い主に捨てられる(売却される)のをむざむざ見過ごす訳にはいきません。私の博愛精神が真に試されるときです。意中の一竿を誠意をもって買い取らせて頂きます。でも、輸入禁制品扱いの希少動物のように、米国外への取引を嫌うディーラーさんもいます。なかなか難しいものです。
 ペットは可愛がってやらねばなりません。撫でたり、油繕いしてやったり、たまにはコルクグリップも洗ってやらねばなりません。ゆったりした調子の竿を急流で使って、無理な負荷を竿にかけたりせぬよう、心掛けねばなりません。固めの長竿には、太めのウェットフライを流して、竿全体に負荷をかけてやらねばじゃれついてくれません。優しくゆったりと振ってやると、竹竿は気持ちよく働いてくれます。釣行後の手入れをしていると、「なんか油臭いわね-」などと嫁さんに愚痴られるところなど、本当に犬みたいなものです。
 最後に、大方のペットと異なる点がひとつだけ。愛玩動物と違い、一般に竹竿は飼い主よりも長生きです。飼い主が、愛するペットの忌わの際を見ずに済むのは誠に有り難いことです。「お前百まで、わしゃ九十九まで」と言いますが、永らく愉しい時間を川辺で共にした竹竿を、我が釣り人生が終わりを迎えとき、安心して次の世代の飼い主に託すことができれば、いつの世にも我々釣師の愉しみが絶えることはないでしょう。
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