このブログでは、今までずっと「バランス」の大切さを書いてきたつもりです。
「これが良い!」「あれが悪い!」「自分が正しい!」「相手が間違っている!」
…という考えは、身の破滅を招きます。
その行きつく先が、戦争です。殺し合いです。
今まで人間は、何度も同じことを繰り返して来ました。
もう、この辺りでおしまいにしてもいいんじゃないでしょうか。
原発の情報を追い続けている人。見て見ぬふりをしている人。
地震におびえて、備蓄を買い溜めている人。全く備蓄なんてしていない人。
関東が危険だからと、西へ引っ越した人。今まで通り関東に住み続けている人。
未だにテレビ・新聞の情報を信じている人。自分で情報を仕入れようとしている人。
…いろんな人がいます。
私たちの目的・目標って、何でしょうか?何で生きてるんでしょうか?
そこまで必死に生き延びて、どうしようと言うのでしょうか?
「この世は一度きり」それは間違いありません。
しかし「魂は永遠に生き続ける」これも違うとは言い切れないし、僕はそうだと思っています。
上手く言えないのですが、僕は
「この姿・名前・状況の人生はこの一度きりで、この人生を懸命に生きて死なないと
また同じ状況を繰り返すことになるから、永遠に次のステップに進めない」
…というイメージを持っています。
「自分が死んだら無になるんだ」と思っている人は、放射能をものすごく恐れるでしょう。
放射能を体外に排出する方法をおおいばりで語っている人を見たことがありますが…
心がすり減っていて、エゴに支配されていることが良く分かりました。
今のこの世の中は、何を信じて、何を目指して行動すれば良いのか…ということが
完全に個人に任されています。
「あの人がこう言ったから…」「あの本にこう書いてあったから…」
「何かあったらあの人についていけばいいから…」
なんて、甘っちょろい考えをしている人は、危ないです。
情報は、情報でしかありません。
自分で考え、自分で答えを導き出そうとする努力をしないと、先には進めません。
「アセンションしたいから、波動を上げるために肉食を減らした」
「自分の魂レベルを上げてもらえるセミナーに参加した」
「霊的能力を開発するアチューンメントを受けた」
これらを完全否定は出来ませんが「自分は特別な人間になったんだ」というエゴを増幅してしまっただけなら
完全に逆効果になることでしょう。
僕が考える一番「波動が高い人」というのは
「この世に存在するあらゆるものの存在を受け入れている人」だと思います。
良いも悪いもなく、物事はただそこにあるだけ。
その物事をどう受けとめるかは、その人の精神性によって決まる。
つまり、自分の精神性を高める努力をしないと、世界は変わらない。
逆に言えば、自分を変えることが出来れば、世界は簡単に変わる。
あらゆるものにジャッジをしない。ただ、そこにあることを受け入れるだけ。
好きなものも、嫌いなものも、必要だからそこにある。
好きなものしか見ないようにすることは簡単だ。
でも、嫌いなものがあるからこそ、好きなものがあるのだ、ということを忘れてはいけない。
嫌いなものに目を向けないのは、現実を歪めて受け取っていることになる。
一番わかりやすいのは、自分の中の光と闇。
自分の嫌なところは、誰だって目を背ける。でもそれでは、相手の嫌なところにも目を背けていることになる。
だから、相手を攻撃したくて仕方が無くなる。
「こいつバカじゃねーの!?」という怒りが増幅されることになる。
しかし、自分の中にも至らない部分があるということを知っている人は
他人の中にも至らない部分があることを知っている。だから、他人を攻撃することがない。
結果、イライラすることが減り、気分が軽くなる。
相手の良い所に目が行くようにもなる。そうすると、苦手な人がどんどん減っていく。
自分が変わると世界が変わるとは、こういうこと。
しかし、もちろんどうしても仲良くできないという人はいる。
そういう人とは攻撃し合うのではなく、ただ距離を置けばいいだけ。
原発だって、地震だって、何だって
この考え方を大きくしたものに過ぎない。
「人の振り見て、我が振り直せ」という言葉は、真理を言っていると思います。
人生は、本当にシンプル。
「これが良い!」「あれが悪い!」「自分が正しい!」「相手が間違っている!」
…という考えは、身の破滅を招きます。
その行きつく先が、戦争です。殺し合いです。
今まで人間は、何度も同じことを繰り返して来ました。
もう、この辺りでおしまいにしてもいいんじゃないでしょうか。
原発の情報を追い続けている人。見て見ぬふりをしている人。
地震におびえて、備蓄を買い溜めている人。全く備蓄なんてしていない人。
関東が危険だからと、西へ引っ越した人。今まで通り関東に住み続けている人。
未だにテレビ・新聞の情報を信じている人。自分で情報を仕入れようとしている人。
…いろんな人がいます。
私たちの目的・目標って、何でしょうか?何で生きてるんでしょうか?
そこまで必死に生き延びて、どうしようと言うのでしょうか?
「この世は一度きり」それは間違いありません。
しかし「魂は永遠に生き続ける」これも違うとは言い切れないし、僕はそうだと思っています。
上手く言えないのですが、僕は
「この姿・名前・状況の人生はこの一度きりで、この人生を懸命に生きて死なないと
また同じ状況を繰り返すことになるから、永遠に次のステップに進めない」
…というイメージを持っています。
「自分が死んだら無になるんだ」と思っている人は、放射能をものすごく恐れるでしょう。
放射能を体外に排出する方法をおおいばりで語っている人を見たことがありますが…
心がすり減っていて、エゴに支配されていることが良く分かりました。
今のこの世の中は、何を信じて、何を目指して行動すれば良いのか…ということが
完全に個人に任されています。
「あの人がこう言ったから…」「あの本にこう書いてあったから…」
「何かあったらあの人についていけばいいから…」
なんて、甘っちょろい考えをしている人は、危ないです。
情報は、情報でしかありません。
自分で考え、自分で答えを導き出そうとする努力をしないと、先には進めません。
「アセンションしたいから、波動を上げるために肉食を減らした」
「自分の魂レベルを上げてもらえるセミナーに参加した」
「霊的能力を開発するアチューンメントを受けた」
これらを完全否定は出来ませんが「自分は特別な人間になったんだ」というエゴを増幅してしまっただけなら
完全に逆効果になることでしょう。
僕が考える一番「波動が高い人」というのは
「この世に存在するあらゆるものの存在を受け入れている人」だと思います。
良いも悪いもなく、物事はただそこにあるだけ。
その物事をどう受けとめるかは、その人の精神性によって決まる。
つまり、自分の精神性を高める努力をしないと、世界は変わらない。
逆に言えば、自分を変えることが出来れば、世界は簡単に変わる。
あらゆるものにジャッジをしない。ただ、そこにあることを受け入れるだけ。
好きなものも、嫌いなものも、必要だからそこにある。
好きなものしか見ないようにすることは簡単だ。
でも、嫌いなものがあるからこそ、好きなものがあるのだ、ということを忘れてはいけない。
嫌いなものに目を向けないのは、現実を歪めて受け取っていることになる。
一番わかりやすいのは、自分の中の光と闇。
自分の嫌なところは、誰だって目を背ける。でもそれでは、相手の嫌なところにも目を背けていることになる。
だから、相手を攻撃したくて仕方が無くなる。
「こいつバカじゃねーの!?」という怒りが増幅されることになる。
しかし、自分の中にも至らない部分があるということを知っている人は
他人の中にも至らない部分があることを知っている。だから、他人を攻撃することがない。
結果、イライラすることが減り、気分が軽くなる。
相手の良い所に目が行くようにもなる。そうすると、苦手な人がどんどん減っていく。
自分が変わると世界が変わるとは、こういうこと。
しかし、もちろんどうしても仲良くできないという人はいる。
そういう人とは攻撃し合うのではなく、ただ距離を置けばいいだけ。
原発だって、地震だって、何だって
この考え方を大きくしたものに過ぎない。
「人の振り見て、我が振り直せ」という言葉は、真理を言っていると思います。
人生は、本当にシンプル。
コメント (0) |
トラックバック (0) |











