カウンセリング・・・カウンセラーになる!!
なぜそのような思いが沸いてくるのか?
カウンセラーを目指す多くの人は「だれかのために何かできるようになるのでは?」という思いから始まる。
裏を返せば、「こんなに苦労した(し続けてる)私だからこそカウンセラーとしてだれかの力になれるのでは?」という思いだ。
あなたがもしカウンセラーと出会い、「なぜカウンセラーになったのか?」を尋ねた時、
↑のように、「だれかのために何かできると思った」という人であれば危険だ
そもそもなぜ りこが 今回のような内容のものを投稿しようと思ったかというと、自分がその道を目指しているからだ。
りこも初めは 自分のだめだめさ加減でも乗り越えてきた人生、だれかに相談されれば答えられるんじゃないかと思っていた。
おごり高ぶりもいいところだ
そもそも相談者の人生はだれのもの?と言ったらその本人のものでしかない。
よって、こうしたほうがいいんじゃない とか こうなんじゃない とかカウンセラーが決めるものではない。
相手の話を尊重しつつ しかし現実に基づいた考えをサポートしていく。
相手の話の中の現実と世の中の現実とのギャップを心得て 話を傾聴するのである。
そして何よりもまず、自分がカウンセラーである立場とは何かを理解していなくてはならない。
だいたい相談というものは明るい話題が少ない。当たり前でわかりきったことである。
だからそのくら〜〜〜い、おも〜〜〜い話を聞き続けるということはどんなことであるか?を知るのが望ましい。
あなたがカウンセラーだとしたら、それとは別に友達としたら、また肉親だとしたら
それぞれの立場によって受け答えも違ってくるだろう。
私は立場によって答えを変えるなんて無責任なことしません と答えた学友もいたが、
正直「それ?やばくね?」って りこは 思ったよ。
例えばね、友達としてだれかの相談を受けるとする。
相手の話も聴けば、自分の体験も話す場合もある。気持ちを共感してお互いにずっしりと重い気分になることもある。
何も意見せずに そっと傍にいることを相手が望めばそうすることもある。
でもさ、これがカウンセラーの立場になると、
相手の話を聴いて 自分の体験談を話し、だからあなたもきっとこうなるなんて言えない。
相手がその話をするに至った気持ちを なるほどな、こんな体験だったらわたしでもそう思うかもしれないという共感的立場を取り、
しかし、共感的立場を取ったからと言っても、気持ちまで落ち込んではいられない。
相手がどう一人で歩いて行くのか?それよりもその人自身がいかに人生をすばらしく生きていくのかにそっと手を添えるのである。
一つの重要ポイントとして、カウンセラーは時間を制限せずに話を聴くことはしないということ。
何時間でも話していいですよ 何時間でも取りこぼしなく聴きますから。なんてありえな!!
おも〜い話を集中して ちゃんと聴くには限界がある。それに相談者とカウンセラーの間にはルールがある。
そのルールを順守することによって、相談者には自分自身を振り返ることができるようになってくる。
なんでもOKは相手を受け入れているように思えるが、実はこれ、結構 酷なことである。
りこ個人の思いは、自分を始めみなさんそれぞれが自分自身の人生を充実して過ごしていければと願っている。
人間は日々成長するものだ。死ぬまで思考は成長する!!
都度つまづき悩みつつって多いと思う。すっきり悟りました〜〜〜って人は少ないというか、人生放棄してるとさえ思える時がある。
カウンセラー基礎本科ス3年、研修科1年を学んで得た答えは、
カウンセラー等広い意味で心理を扱う場合、主に仕事など、認定カウンセラーはあんまりよくないです。
というのは、研修科って大学で言ったら つまり大学院前期課程でしょ。
それなのに、友達として相談を受けたら その立場ならあなたはどうこたえる?って授業で質問された内の1人が
「え?友達として相談受けたらもう友達じゃない。だって意見したら友達として見てもらえなくなるから。」って言ってた。
まぁ、そんなレベルですよ・・・;;
りこは キターーーーーーーーーーーーって正直思ったので、その返答をした方に、
「あなたにとってそもそも友達ってなんですか?」って質問してしまった。
こうやったら友達で、これをしなかったら友達じゃないって・・・人としてその人が好きだから友達でいいじゃないか^^
相手を認めることができず、自分を認めることもわからない人がカウンセラーとして歩む・・・危ないことこの上ない!!
この体験を通して りこは今福祉の道へ進んでいる。
そしてやっぱり国家資格を持った仕事を希望している。
今年の8月も試験だ〜〜〜〜
本音を言えば、もしカウンセリングが必要な人は国家資格を持った医療の機関に依頼するのがおすすめ

です。
りこが福祉を目指すのは、福祉の現場では、福祉のカウンセリング技術というのも必要になるため。
今の自分の経済状態で医学を志すのはむずかしい。
年齢や能力の問題よりも現実問題、今の自分に何ができるのか?
そこで社会系の大学院を卒業し、福祉の資格を持ち、さらに今もう一つ自分で福祉の国家資格を取得しようとしている。
現実を見据え、自分にできることを続けながら未来を開いてくのだ