norinorimiffyの日記

きょう
だれかに ちょっと聞いて欲しいお話
お届けします  

今年の終わりに

2011年12月31日 | Weblog

今年は なんだか更新がとぎれとぎれの 年になってしまいましたが

なんとか 今年最後の記事をアップしようと

何を書こうかも 決めていないのに とりあえず PCに向かっている私です

今年も あと10時間を切りました

いろんなことがあった年

でも やっぱり一番先に思い出すのは 東日本大震災

夫の故郷が 宮城県にある我が家では 今年一年 そのことが話題に上らない日はありません

年賀状を書こうと今年いただいたハガキを見るにつけても

住所が変わっているのはもちろんのこと もう 二度と年賀状のやり取りのできない方々もいて

いつもは いただいた年賀状を見ると 懐かしく思い出すことも多々あって楽しいひと時なのですが

今年は 胸が痛みました・・・

 

次に思い出すのは お隣の府で あった 知事と市長のダブル選挙でしょうか

東北の復興を 急がなければ・・・

地方の 日本の 経済をなんとかしなければ・・・

そんな 今 とにかく急を要することが多くて 

市長さんになった方も 口を酸っぱくして 

「無駄を省きましょう」 「物事が早く決まって動くように トップダウンがスムーズにいくようにしましょう」とおっしゃっているように思います

関わっている人を減らし トップの言うことに逆らう人がいなくなれば 確かに 無駄は省かれ 物事はスムーズに進むように思います

でも この方のおっしゃることは いつも 切って捨てること 省くことのような 気がするのは 私の思い過ごしでしょうか・・・

公務員の身分保障をなくす 無駄な施設は省く

人を切ること それは それは確かに必要ならばしなければならないことは わたしにもわかります

でも 無駄な人 って 本当にいるのでしょうか

無駄だといって 切り捨てる時 どこかに心の痛み どこかにその人の行く先を考える気持ちがほしいと わたしは思います

甘い そんなことを言っている場合ではない と 言われればそれまでですが・・・

 

今年の終わりに 心に残った二つのことを 書き留めました

来年は どんな年になるのか わたしは どんな年にしていきたいのか

正直 混沌として よくわからないのですが

 

希望をもって 行きましょう

 

いつも あたたかく見守って下さった方々 あたたかいコメントをくださった方々

ブログをはじめて 本当に人のあたたかさを 感じます

どうか よいお年を お迎えください

 

そして

来年も どうぞよろしく お願いいたします

 

工藤直子

 

わたしは

わたしの人生から

出ていくことはできない

 

ならば ここに

花を植えよう

 

 

 

 


キラキラ

2011年12月24日 | Weblog

メリー クリスマス

しばらく お休みしてましたが

やっぱり クリスマスにちなんで 何か書きたくて・・・

 

「クリスチャンでもないのに」そう思っていたけれど

クリスマスは 優しい気持ちになれるための日だね

 

そう歌ったのは 槙原クン 「雪に願いを」

クリスマスになると この歌を思い出します

 

巷には キラキラが あふれる 今日は クリスマスイブ

電車に乗って 4つ先の駅前に イルミネーションがあると聞き

電車に乗って行きました

 

駅のホームから見える 駅前広場

 

下りて 見に行くと

 大きなツリー

 

奈良らしく 

 鹿の親子

植込みのところには

 花とチョウチョウ

 

都会のイルミネーションに比べれば ささやかなものでしたが

キラキラ好きな 私は 満足

 

世界はきらきらでみちている

新美亜希子

 

とびらをあけて

きらきらに

ダイアルを合わせて歩けば

いつもの道

一歩ごとに見えるもの

新しいね

 

あなたをとりまく

いくつも いくつもの

小さな 大きな

きらきら

 

あかちゃんはきらきらを

にぎって生まれてくる

あやされて

てのひらがほどけたとき

きらきらを

世界にまいてるの

 

校庭を走って

新しい空気にふれたなら

きらきらの方からやってくるよ

 

知らなかった場所

知らなかった時間

知らなかった人

知らなかった気持ちに出会って

だれも知らないきらきらを

掘り起こすこともきっとある

 

世界に

みちているきらきらは

あなたに見つけてほしくって

ほら すぐそこで

 

せのびして

手をふっている

 

目をつぶれば

あなたの持っている

無限のきらきらが

きこえてくるでしょう

 

 

 


ちょっと お休みします

2011年12月19日 | Weblog

日がたつのは ほんと 早くって

もう年末

年賀状も 書かなくっちゃ

気になるところの掃除は 大掃除の時にやってしまおう

なんて思ってたら 気になるところは どんどん増えるし・・・

 

というわけで・・・ って なにが わけなんだかわかりませんが

 

しばらく ブログをおやすみしようと 思います

気にかけてくださってる方が ひょっとしたらいらっしゃるかしら?・・・なんて 自意識過剰かな~と 思いつつ

とりあえず お休みの 記事を書きました

 

体 元気です 家族も 元気です

年明けまでには きっと書こうと思ってます

クリスマスには 何か書きたいとも 思ってます

 

コメント欄 閉じておきますね

 

 

 

 

 

 


12月8日

2011年12月08日 | Weblog

 

赤い紙の思い出

石垣りん

 

私たちは恐れました

一枚の赤紙が

家にくばられることを

 

恐れはやがて現実となって

たくさんの家庭をおとずれ

赤い紙は連れ去りました

男を

 

女は歌をうたって

勇ましく送り

多くの男は

ふたたび帰りませんでした

 

赤い紙のこなくなった玄関で

子供たちが遊んでおります

 

年とった女たちは

ふと、不安にかられます

ほんとうに

もうあの紙は来ないのだろうか?

 

もしかして

今日舞い込んだ白い紙が

あの赤い紙の親類ではないのかと

 

 

朝ドラの カーネーション

主人公の夫が ついに 赤い紙に連れ去られました

 

今日舞い込んだ白い紙が / あの赤い紙の親類ではないのかと

 

そんなこと ありえない と 言い切れない

そんな感じが どうしても してしまう私

だから

今日の日記は どうしても

そのことに こだわらずには いられない

 

今日は 第二次世界大戦が はじまった日


あいたくて

2011年12月07日 | Weblog

昨日は あるお役目で知り合った仲間が

久しぶりに 集まって お食事会 

男性が3人で 女性が私を含めて二人

お互いの年齢が近い?こともあって 

昨日は ほぼ2年ぶりに集まったのにもかかわらず

お話は 大いに盛り上がって 瞬く間に時間が過ぎました

 

それぞれ お仕事も違うし 個性豊かな方々なので

お話を聞いていると 

みんな がんばってるんやな~って 力が湧いてきます

 

わたしは この2年の間に ちょっと病気をして

大げさだけど また みんなに会えるのかな~なんて 気弱になった日もあったので

昨日の出会いは ホント

とっても とっても うれしかった

いつも会を企画してくださっている方をはじめ

みんなに 感謝 感謝です

 

出会ったときは こんなふうな仲間になれるとは 思ってなかったのに

人と人との出会いって 不思議

 

 

あいたくて

工藤直子

 

だれかに あいたくて

なにかに あいたくて

生まれてきた・・・

そんな気がするのだけれど

 

それが だれなのか なになのか

あえるのは いつなのか・・・

おつかいの とちゅうで

迷ってしまった子どもみたい

とほうにくれている

 

それでも 手のなかに

みえないことづけを

にぎりしめているような気がするから

それを 手わたさなくちゃ

だから

 

あいたくて

 

 

 


どうやってわかちあうのか 幸せを

2011年12月05日 | Weblog

二人の お友達から チョコレートをいただきました

どちらも ちょっとお洒落で素敵なチョコレートだったのでご紹介します

ひとつは・・・

モンロワールという神戸のお店のチョコレートだそうです

私が関わっている少年少女合唱団の ピアノの先生からいただきました

それぞのチョコに 楽器や ト音記号がデザインしてあって かわいらしいでしょ

 

もう一つは

香りを楽しむチョコレート だそうです

5種類の香りが楽しめるのが 魅力です

甘いものをいただくと 何かしらあたたかい気持ちになれます

二人の友達に 感謝です

 

前回の記事に書いたように

何かしら 気になることが多い 昨今

ふと思い出す詩があって

さて どこで読んだかしら~

あちこち 探し回って見つけました

少し長いですが 引用します

 

おべんとうの歌

谷川俊太郎

 

魔法瓶のお茶が

ちっともさめていないことに

何度でも感動するのだ

白いごはんの中から

梅干が顔を出す瞬間に

いつもスリルを覚えるのだ

ゆで卵のからが

きれいにくるりとむけると

手柄でもたてた気になるのだ

(大切な薬みたいに

包んである塩)

キャラメルなどというものを

口に含むのを許されるのは

いい年をした大人にとって

こんな時だけ

奇蹟のとき

おべんとうの時

空が青いということに

突然馬鹿か天才のように

夢中になってしまうのだ

小鳥の声が聞こえるといって

オペラの幕が開くみたいに

しーんとするのだ

そしてびっくりする

自分がどんな小さなものに

幸せを感じているかを知って

そして少し腹を立てる

あんまり簡単に

幸せになった自分に

・・・・・あそこでは

そうあの廃坑になった町では

おべんとうのある子は

おべんとうを食べていた

そして

おべんとうのない子は

風の強い校庭で

黙ってぶらんこにのっていた

その短い記事と写真を

何故こんなにはっきり

記憶しているのだろう

どうすることもできぬ

くやしさが

泉のように湧きあがる

どうやってわかちあうのか

幸せを

どうやってわかちあうのか

不幸を

 

手の中の一個のおむすびは

地球のように

重い

 

東日本大震災の被災者を励ますためのメッセージサイトkizuna311

渡辺 謙さんの朗読でありました よかったら クリックしてね kizuna311#39おべんとうの歌

 

 

 

 

 

 


みんな ちがって みんな いい

2011年12月01日 | Weblog

12月になりました

テンプレート クリスマスヴァージョンに 変更しました

相変わらず マイペースな更新ですが 

今年も あとわずか よろしくお願いいたします

 

先ごろ お隣の 県 いや 府で 知事と市長の ダブル選挙が ありました

結果は 予想どおり・・・ と 思いつつ

私個人としては 意に沿う結果ではなかったので

そんなことは意に介せず ブログを書こうと 思いつつ そのことを 無視して書く気にもなれず

しておりました・・・ なんて これは 言い訳?

 

わたしの 持っている本に 「戦争のつくりかた」という本があるんですけど

その中に こんな一節があります

 

町のあちこちに カメラがつけられます

いい国民ではない人をみつけるために

 

わたしたちも お互いを見張ります

いい国民でない人がまわりにいないかと

 

だれかのことを

いい国民でない人かも と思ったら

おまわりさんにしらせます

 

おまわりさんは

いい国民でないかもしれない人を

つかまえます

 

この本は こういうことが 戦争につながっていくんだよ~ という警鐘を鳴らしている本です

公務員や 教師に対する さまざまな 条例の可決に向かって

これから 邁進されると 思うのですが

職場で 学校で これに 近いことが 起こりはしないかと

わたしは 不安です

なにを以て いい公務員 いい先生 と 評価するのか

お互いに 疑心暗鬼に なっていかないのか

 

わたしは 学校という場所は いろんな人が世の中には いるんだよ ということを

学ぶ場所だと 思っています

確かに いろんな人が このごろは 自分の身に危険を与えることもありうる世の中なので

なかなか わたしのような考えは 受け入れられにくいのかもしれませんが

生徒さん達は もちろんのこと

学校で 働く 先生方や さまざまな人たちが

自分の思いや 意見を 自由に発言できることが 必要なのではないかと

あまい と いわれれば それまでですが

わたしは やっぱり

みんな ちがって みんな いい と 思える場所が

理想だと 思います