真我なるハート☆奇跡のコース(講座)、禅、アドヴァイタで生きる☆今ここを終わらせることがうれしい!本当の自分を思い出そう

2016年末~2017年前半にかけて、突如!奇跡のコース(講座)と、禅、アドヴァイタなどの学びが融合してしまいました☆

目覚め完了の錯覚「プロセスに気づく」

2016年12月31日 15時33分58秒 | 宇宙・幻想の終わり
先日、「君も目覚めたんだね。俺も目覚めたんだよ。同じだね。」

というニュアンスのメッセージをいただきました。(ナンパではないですよ 笑)

「本当の意味の目覚め、真の覚醒は、まだしていないんですよ。」

とお返事したわけなのですが、このコトバは自我の謙虚さとして受け取られていました。

確かに、私も目覚めていってるプロセスの中にいる。

とは言えると思いますが。。

そのようにメッセージして下さる兄弟が、たまに現れるのですが

私に、あるたぐいの学びを教えるための現象であることは、確かなようです。



自我には非常に耳の痛い話しなのですが

目覚めというものがはじまって、完全に完了(完全な覚醒)するまでには

いろいろなハードルが、自分自身(自我であった私)によって仕掛けられています。


そこに気がつこうとする段階の人もいれば、

そのようなハードルも幻想だから意味はない。

と、自分で自分を目覚めさせないトリックの中にい続けようとする人もいます。


それもまた、右往左往しながら真に目覚めてゆくためのプロセスですから問題ではないのですが

正直なところ、この夢見の中での「完全な覚醒」の遅延は生じます。


遅延を生じさせようとすること自体が、自我と自我を作出した意識の仕掛けなのですね..


私の担当分野の一つが「そろそろ遅延やめようぜ

であることは、もううんざりするほどハッキリしていますが

ここ1ヶ月くらいでしょうか、あらゆるメッセージがやって来ています。



そのうちの一つが、アジャシャンティのコトバです。


最近すごく思うのが、

非二元とか、ノンデュアリティとかの教え自体が問題なのではなくて

「その教えを、歪めて認識しちゃおう」という自我の秘密のはたらきが問題ありな訳なんですね。

それは、コース(奇跡講座・奇跡のコース・ACIM)もそうです。

自我の秘密のはたらきは、なかなかそれであるとは見えないようにうまくうまく隠されていますから

まさか自分が自我の罠の中にいるなんて気がつきません。


そろそろ気がつくことを受け入れられる状態まで来たら、

もしくは「それ以外に、もはや道がない」というところまで追いつめられたら

自我の罠から解放されることができます。


驚くほどの、目覚めのプロセスというか、段階というものがあるんだな〜。と

自分自身の中や、友人たちとの関係性や

突然下さる面識のない方からの「私は目覚めていますメッセージ!」を受け取って学びます。


最近パパジ、ムージ、アジャシャンティの書籍を読んでいるところですが

アジャシャンティが、非常に明確に具体的に表現してくれている文章をご紹介します。


〜あなたの世界の終わり「目覚め」とその"あと”のプロセス〜
という書籍より引用

P67~68
こういった時期に重要なことは、自分が(自我の思考との)再一体化の瞬間に囚われたという事実を無視しないことです。
この避ける行為を私は、"スピリチュアルな迂回"と呼んでいますが、
私たちはこの(自我の)思考を退ける(抑圧して隠す)ために、しばしば非二元的言語を使います。

私たちは自分自身に言います。
「ああ、それって一体化にすぎないさ。たいした問題じゃない。だって、いずれにせよ、何かをする誰もいないんだから。
結局、あらゆることは自然発生的に起こっているわけだし。」

これは自分自身の経験(自我との同一化)から隠れるもっとも微妙で、しかも効果的なやり方です。
そのせいで私たちは、再一体化しようとする自分の継続的傾向(分離を維持するチャレンジ)に対処することを、避けることができます。
重要なことは、こういった一体化の瞬間を明確に正直にすすんで見るということです。

自己問いかけに参加するには、多くの方法があります。
目覚めの前と目覚めのあとのしばらく、書くことは私にとって役立つことを発見しました。

( )内は、補足で書きました。



※「私たちはこの思考を退けるために、しばしば非二元的言語を使います。」

とありますが、これは自我が分離を維持するために「非二元」を利用している状態を指しています。
一般的に私たちはここに陥っています。
あたかも目覚めたかのように見える状態でさえ、です。

その陥り状態に気がつくためには、
継続的実践的な個人セッションや、リトリート(合宿)や、サットサンなどに
参加することが有効なわけですね〜。


どこに参加するといいかは、聖霊に尋ねて決めてゆけばよいですね。
真に聞いてゆけば、求めれば、それは人生の中に現れてきます






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