--- 光文社新書メールマガジン[Vol.0085 PC版] 2017.03.02配信 --- から抜粋
『キリスト教神学で読みとく
共産主義』
佐藤優
エンゲルスが信仰を捨てたと言っても、問題は、その捨てた信仰の内容で、更
に信仰を捨てた後に、何を信じていたか、あるいは何も信じなくなったかとい
う問題である。廣松(渉)は、これをキリスト教からの離脱ととらえるが、筆
者はここに廣松の大いなる誤読があると考える。
結論を頭出しするならば、既成の教会、キリスト教という宗教を放棄しても、
エンゲルスの発想はキリスト教的なのである。筆者の理解では、人間には本来
の形態があり、そこに回帰するべきであるという疎外論的構成をエンゲルスは、
生涯もっていたのである。(本文より)
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334039691
株式会社光文社 新書編集部 [sinsyo2@kobunsha.com]
〒112-8011 東京都文京区音羽1-16-6
◇光文社オフィシャルサイト http://www.kobunsha.com/
『キリスト教神学で読みとく
共産主義』
佐藤優
エンゲルスが信仰を捨てたと言っても、問題は、その捨てた信仰の内容で、更
に信仰を捨てた後に、何を信じていたか、あるいは何も信じなくなったかとい
う問題である。廣松(渉)は、これをキリスト教からの離脱ととらえるが、筆
者はここに廣松の大いなる誤読があると考える。
結論を頭出しするならば、既成の教会、キリスト教という宗教を放棄しても、
エンゲルスの発想はキリスト教的なのである。筆者の理解では、人間には本来
の形態があり、そこに回帰するべきであるという疎外論的構成をエンゲルスは、
生涯もっていたのである。(本文より)
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