たすくの空中散歩

相沢たすくのライブ情報や、農作業や
日々の一喜一憂を記録していきます。

振り返り日記(6月・小麦収穫+α編)

2012年03月17日 19時07分09秒 | 一喜一憂

≪小麦収穫スペシャル≫

(6/10)
小麦がすっかり小麦色になりました!


というわけで、6月は小麦収穫スペシャルです!


刈ります。意外と刈るのは楽なんです。


刈った小麦をホダ掛けにして1〜2週間ほど干します。
この紐で結わえる作業が意外と時間がかかってしんどいのです。

(6/20)
干し終わったものを…


虎の子の足踏み脱穀機で脱穀しまーす!バリバリものすごい勢い!


こりゃあ予想以上に実が飛んでくな、ってなことでビニールシートのトンネルと、周りにベニヤで壁を作りました


脱穀した粒を集めて…


扇風機の前で落とすと、見事にゴミだけ飛んでいきます。
さらに、脱穀しきっていないものをふるいの上でごりごりやって取っていきます。


父がそこらへんの端材でちょいちょいっとつくったミニとうみ。
残念ながら効率もミニだったようです。

(6/21)
さて、脱穀二日目です。前日の反省を生かして…


随分すっきりまとまりました。
手際も向上!


扇風機の前で籾すりします。


やったー!!小麦採れましたー!!!


天日でまたしばらく干します。
干し加減は米や乾麺の時と同様、数字でいうと水分13%くらい?
言葉で言うと「水分を残して乾燥させる」感じです。
Don’t think. FEEL!! −ブルース・リー


刈り取った、もと小麦畑に麦わらともみ殻をまいて、雑草を抑え、地力を維持し、大豆の植え付けに備えます。
今年の収穫は約20Kg!!初めてとしては充分すぎる大成功だったと思います。


≪6月のその他振り返り≫

(6/4)
ホウレンソウが枯れて、種をつけました。どれがホウレンソウ?って感じですが。


ホウレンソウの種はマキビシみたいなトゲトゲなのです。採っておいて蒔いてみようと思います。


鶏は頭だけひよこの「ひよとり」状態。なんかシュール。

(6/6)
人参の花が咲きました。


畑の前の道はアブラナが咲き乱れています。


種を採って菜種油の抽出に挑戦!でもどうやるんだ?

(6/15)
大根の採種です。アブラナ科同士(キャベツやカブや白菜など)は一緒に咲くと交雑してしまうらしいのですが、どんな子が生えてくるのでしょうか?何でもとにかくやってみます。


こちらはなんとニンニクのお花(?)です。初めて見ました。


ニンニク採れた―

(6/24)
大豆が芽を出しました!

(6/27)
今年は白大豆と黒大豆を二種類。麦の跡地に沢山植えて大収穫を狙います!!
…の予定だったのですが。


続く…




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振り返り日記(5月編)

2012年03月12日 20時13分00秒 | 一喜一憂

(5/1)
5月は代掻きからはじまりました


牛の変わりにローターで土をおこしながら棒をひいて平らにならします。
手造りなので多少のボコボコはご愛嬌。


代掻きが終わると、近くの林へと向かいます。この時期の楽しみと言えば…


これ!竹の子採り!
そこらじゅうからぼこぼこ生えてきてます


大収穫!!

(5/5)
田植えです!!
農耕民族の遺伝子が疼きます!!


えっさ、ほいさ、掛け声を出しながら植えていきます。決して後ろを振り返ってはいけない…。


お昼休憩。あと一息、に見えるのは錯覚か願望の見せる幻か?


無事田植え終了!田植え機ほどとはいかないまでも綺麗なもんです。

(5/8)
カブのお花


大根のお花


スナックエンドウが実りました!

(5/14)
春菊が咲いてます


クローバーに覆われたたまねぎが巨大化してます。ていうかいろいろ巨大化してます。

(5/19)
スナックエンドウをあけるとこんな感じ。

(5/20)
いちご!


イチゴ!

(5/22)
苺が大収穫でした!!
最初の頃は野苺みたいな甘酸っぱい感じでしたが、しばらくするととっても甘くなりました。
沢山採れたのでジャムにしました。

(5/26)
元気に成長した鶏たち!ついに旅立ちの時です。
父の作ってくれた小屋に放します。
世間の冷たい風にさらされて、無事にやっていけるのでしょうか?

(5/31)
そら豆大収穫!こちらも採っても採っても採りきれません!


ぱか


鶏たちを初めて畑に放しました。
うちの畑はいろんな草が生えているので鶏目線だとまるでジャングル!
目に映るもの何でも食べ放題です!お菓子の家!?


麦はいい色になってきました。念のため鳥よけのネットを被せてあります。
収穫はもうすぐ!


続く…


≪おまけ動画≫


お膝の上でスヤスヤ寝ていた日々を思い返します。



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振り返り日記(4月・後編)

2012年03月09日 17時56分37秒 | 一喜一憂

(4/13)
ひよこは早くも羽が生え換わってきました

(4/14)
止まり木を作ってあげたら気に入ってくれたご様子

(4/16)
つくしがたくさん!
ひよこたちもつくし大好きです。あげるとマタタビ状態!↓




にんじん沢山採れました!


ホウレンソウの花が咲きはじめました


ハウスの脇に生えているタラの芽は早いもの勝ち!この時期にはみんなで争奪戦です。
てんぷらめっちゃうまい!!

(4/19)
ひよこにょき

(4/24)
ゴボウの芽が出てきました!


ホウレンソウは放っておくとこんなことになります。俺の知ってるホウレンソウと違う!


こちらは放置しておいたカブです。俺の知っている…(以下略)

(4/27)
おおっ!庭の小麦に実が入っています!!ずっと実るか気が気でなかったので感動!!


ただの庭でも立派に育ちました!素晴らしい麦の生命力!

(4/29)
農家さんのところに田植えのお手伝い、というよりは見学に近いか?
機械化されたとはいえ、やはり一人でやるにはなかなか大変です。
何度も苗床をセットしなおします。
農業は二人一組でやるとぐっと楽になる作業が多いです。


それにしても広〜い!これが何十枚もあるのです!


畑の麦もこんなに育ちました


右も左もわからないままとりあえず撒いてみた小麦ですが、まずは一安心…

つづく…



≪おまけ動画≫

ウトウトひよこ2


ひよこ目線カメラ




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森のエキスで花粉症、現代病対策〜ヒノキ茶の作り方

2012年03月03日 23時04分09秒 | 一喜一憂

今や国民病とも言えるほど蔓延している花粉症ですが、医学的見地から言うと根本的な治療法は無いに等しく、非常に厄介な病気らしいです。
ところが、そんな花粉症も、忘れ去られた自然の恵みの力を借りれば、たちまち緩和されたり完治したりしてしまうのです!

その方法はいたって簡単。スギやヒノキの葉っぱを煎じて飲むだけです。

花粉症で困っている人にこの話しをすると、いわゆる減感作療法(体内に花粉を取り込み、体を花粉に慣れさせる)だと思われますが、実はそうではないのです。

スギやヒノキのもつ精油(エッセンシャルオイル)には、殺菌や消臭などの強い清浄効果、アレルギー沈静作用などがあるので、その精油を煎じることで抽出し、お茶として体内に取り込むのが今回紹介するスギ茶やヒノキ茶です。
だから、別に特定の花粉だけでなく、ハウスダストや喘息、アトピーなどのアレルギーにも、現代病全般にも効果があるのです。

では早速作ってみましょう!


空気の綺麗な場所に生えている、いかにも神聖そうな感じの木を見つけて、手を合わせてお祈りをしてから葉っぱをブチっといただきましょう。
(どうやら前回紹介した写真の葉っぱは「スギ」でなく「ヒノキ」だったらしく、僕が「スギ茶」と思って作っていたのは「ヒノキ茶」だったようです(^_^;)


いただいた葉を軽く水洗いし、ハサミや包丁などで粗く刻み、鍋に放り込みます。
鍋は土鍋やホーロー鍋が良く、鉄鍋などでは鉄の成分が溶け出して化学反応を起こす場合もあるので避けた方がいいそうです。


フタをして40分〜1時間くらいグツグツ煮込みます。


途中かき混ぜたりしてかまってやりながら、水が減ってきたら差し水をします。なんか、エキスは沸騰している時より、温度が少し下がっている時の方がよく出ている気もします。


すると


だんだん色が変わってきます。陰陽説でいうところの中庸(緑)から陽(赤)への色の変化です。陰性(ゆる系)の現代病にいかにも効きそうです。


上手くいくと表面に白く膜のような油のようなものが出てきます。これがヒノキの精油で、さわやかな味と効用の元です。


濃ゆーいエキスを作っておいて、そのままグイっといっても薄めて飲んでもお好みでどうぞ。

このスギ茶(だと思っていたヒノキ茶)が、どぎつい見た目とは裏腹に、ミントのような口の中がスースーするさわやかな味で、実はめっちゃくちゃ美味しいのです!!

そしてそして、噂どおり、はじめの一口を飲んだ瞬間にスっと鼻が通るようになったのにはびっくり大感激でした!!

その後は、最初ほどの劇的な効果はなかったものの、みんながヒーヒー言っている時にケロっとしていたので、だいぶ緩和されていたんだと思います。

そうしてすっかりスギ茶(だと思っていたヒノキ茶)の効果と味自体のファンになってしまった僕は、それから毎日のように様々な方法でヒノキ茶を作り続けました。

そこで気づいた注意点。素材となる木の生えている環境によって、味も効果も全然違うということです。

というのは最初に作った、某所に生えていた、いかにも神聖そうな木の葉で作ったお茶に大変効果があったので、今度は家の近くの道端のヒノキで同じようにつくってみたのですが、これが渋くて不味くて飲めた代物ではなかったのです。色も上手く変わらず、濁ったような黄色になってしまいました。
(気のせいと思ったらやっぱり木のせいでした→杉茶・杉葉精油館のブログ

だから美味しくできたら成功!と思ってよいと思います。
良薬はなんとやらといいますが、良茶は口も体も喜ぶようです。

是非、身近に空気の綺麗な場所を見つけて、良質なスギやヒノキの葉っぱを探してみてください。

立派な木を見つけるころには、ひょっとしたら治療法よりも大事な何かを見つけているのかもしれません。



スペシャルサンクス→『家伝 杉茶』ホームページ



≪3/7追記≫

スギ茶もつくってみました!


こちらがスギの葉です。お間違えなく(^_^;)


久しぶりでしたが大成功!
味も色も風味もヒノキ茶と瓜二つでした。ちなみにスギはヒノキ科スギ属だそうです。
それにしても美味すぎるー!!




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振り返り日記(4月・前編)

2012年02月26日 18時46分12秒 | 一喜一憂
(4/3)
4月は籾蒔きからはじまりました。
田んぼを借りている農家さんのうちでお手伝いです


自動の種まき機でどんどん苗床ができていきます
と言っても、奥を見て解るように、なにしろ半端ない数なのです。(今メモを見たところ約730枚!だそうです)

そして…

(4/8)
ひよこー!!!
守谷のホームセンターに買いにいきました。昨日生まれたばかりだそうです。
仲良くやっていけそうな子3匹をじ〜っくり選びます


うちに来た直後のひよこたち!


ずっとピイピイ鳴いていたのですが、保温用の電球をつけてあげたら、ブルブルッと目をほそめて静かになりました。どうやら寒かったようです。
本来なら母鶏のぬくもりの中にいる時期。わがままな養い親だけど、大切に育てるからね!


カブの花。美味しそう…ジュル…。


こちらは大根。放っておけばもちろん種がつきます。

(4/9)
しばらく親バカ画像が続きますが(もとからか?)ご容赦を。


だって


かわいいんですもん

(4/10)
おやすみ中…

動画もUPしちゃいました↓




稲が生えてきました!


「ふき」と「つくし」を採ってきました


きゃらぶきと、つくしのお浸しと、カラシナ(アブラナの一種)のお味噌汁で今晩は野草定食。
もちろんみ〜んなタダ!!

(4/12)
おおっ、手にしているのはスギですな。
このスギをどうするのかと言うと…


ジャジャーン!
こんなんなりました。
次回、花粉症や各種アレルギーなど、なんでもかんでも効いてしまう神秘のお茶、「スギ茶」の作り方をご紹介!

(3/2追記:どうやらこの葉っぱはスギでなくヒノキであることが判明(^_^;)結局スギだろうがヒノキだろうが、森の葉っぱには現代アレルギーを回復させる効果があるようです。というわけで、次回は「ヒノキ茶」の作り方をご紹介!になりました。)

続く…



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振り返り日記(2011年3月)

2012年02月22日 21時01分46秒 | 一喜一憂
もうすぐ今年の3月に追いつかれてしまうので、去年の一年間の農作業とかその他を写真と共にさくさくっと振り返ります!


3/11のうちの畑です。↑クリックで拡大(するほどのものでは無いけど)
ひたすら枯れていくばかりの冬から、緑がじょじょに復活してくる嬉しさったらないのです。


白菜がアブラナになりかけています。
僕は畑をやるまで知りませんでしたが、キャベツも白菜も、カブも大根も、みんな同じアブラナ科の野菜で、放っておくと春にはみんな花を咲かせてアブラナになるんですよ。(他のアブラナ科:水菜、ブロッコリー、小松菜、わさびetc…)


巨大白菜!豊作でした。割れてきてます


こちらはカブ?


麦も随分伸びました


カンカラ三線つくってました。そして、地震が来ました。


実家で母がやってたの真似してみました。使い終わった三つ葉を水に浸しておくとにょきにょき伸びてきます。


家の庭にも小麦が
果たしてなんにもしてないただの庭でどこまで育つのでしょうか?


父たちの田んぼの田起こしです。今年からは正式メンバーなので張りきります


おおっ!!ほうれん草!!大豊作でした。


ほら!立派なアブラナに!(元カブ)
実はこのつぼみがめっちゃ美味い!!野菜の収穫の乏しい(と思っていた)時期に思わぬ大収穫。もうそこらじゅうから取りきれないほどボコボコ生えてきます。


ゴボウの種です。成田山に伝わる大浦太牛蒡です。
この時はまだ、ゴボウがどう生えてくるのかなんて知るよしもありませんでした。

続く…




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房総のむら〜わらじづくり体験

2012年02月10日 22時04分20秒 | 一喜一憂

農閑期といえば欠かせないのが「わら仕事」!!
と、いうわけで今度は、わらじづくりを教えてもらいに、ず〜っと行きたかった体験型博物館『房総のむら』に行ってきました。


↑クリックで拡大

房総のむらは、千葉の印旛郡栄町にあって今年で25周年。
現在「千葉」と呼ばれている場所に、何千年、何万年も前から暮らしてきた人類の衣食住を復元して、体験しながら辿っていくという、果てしなく素晴らしい博物館です。
こんな、今の僕のためにあるかのような場所が、家から車で30分ほどのところにあるなんて、つい最近まで知らずにいたのでびっくりでした。

受付を抜けて、しばらく歩くと…


うぉー!!かやぶきー!しかも畑付きー!!


うぎゃー!!風流ー!!


「上総の農家」。千葉は江戸時代まで「上総(かずさ)」「下総(しもうさ)」「安房(あわ)」と呼ばれていて、それぞれの土地の江戸末期の農家が再現されています。



こちらがわらじづくりをした「安房の農家」。うそみたいですが、これらの建物はみんな平成生まれなんです。
建築のことはわかりませんが、この仕事に携わった人たちに深く深く敬意です。


中はこんな感じです。住みたいー!!


正直来るまで「わらじ」と「わらぞうり」の区別もついていませんでした。
わらじはかかとまで囲って足首で結ぶ紐までついた今でいう靴のようなもので、わらぞうりは鼻緒だけのサンダルです。長旅や野良仕事には断然「わらじ」の出番のようです。


なんと、定員は一日2名!先生が2人で、マンツーマンです!
わらじ作りは小学校の時やったのですが、ほとんど覚えていません(^_^;)
ほんとは6mのわら縄を綯(な)う作業からなのですが、それは完成品が用意されていました。
な〜んだ、と思っていたら、後々そのありがたみを骨の髄まで知ることになります…。


一時間のお昼休憩で、日なたでおにぎり食べつつ周囲を散策。
安房の農家を出たところは一面麦畑!!
他にもそこらじゅうに畑や水田や、果樹園まであります。武家屋敷のお庭にまで、かわいらしい畑がありました。
作物を育てるのも、消費するのも体験講座の一部。ここで作ってここで使います。


かやぶき屋根を張り替えて(?)いました!


水車小屋発見!!もちろん実働中!


中身です。普段はこの石臼(写真左)での粉挽きもみれるそうです。
放っておけば粉を挽いてくれたり、もみすりをしてくれたりする水車のありがたみは、実際に自給生活をしてみるまでは知る由もありませんでした。


さて、午後の部開始です。少しわらじらしくなってきました。
そして、問題の藁を綯う作業で大苦戦!先生方はひょいひょいスルスルと、まるで魔法のように縄ができていきます。これは是非マスターしたい!


無事完成でーす!素敵なおみやげできました。
作っている時の写真が少ないですが、教わりながらなのでご容赦を。
今度は自分たちだけでできるようになって、作り方をUPできたらいいなと思っています。


終了後、少し時間があったので周囲を散策していると竪穴式住居を発見!!中にも入れます。
古墳時代と弥生時代のがありましたが、何百年間もほとんど変わりないことに驚きます。


商家の町並み!
房総のむらは映画でも度々ロケ地になります。最近では「坂の上の雲」もやったそうです。

←クリックで少し拡大
房総のむらでは連日様々な体験講座や実演見学を実施中! 
こんな時代だからこそ、消費電力0kwのご先祖さまの暮らしぶりに学ぶべきものがあるはずです。

お近くの方は是非! →体験博物館『房総のむら』http://www.chiba-muse.or.jp/MURA/

*お近くでない方は、とりあえずこちらの文明の利器をどうぞ。→Googleマップ・ストリートビュー
マップを開いたら、左上のオレンジの人を左クリックしながら見たい場所に合わせます。なんと、館内をパソコン上で歩けます。



自宅にて、かなりのホールド感!これなら走れます。そして軽くて気持ちいい!!


今回知った(てか、忘れてた)新事実!裏のボサボサがスパイク状になっていて滑り止め効果なのです。
忘れないうちに作り方を復習せねば!





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乾麺うどんづくり+ミニもちつき

2012年02月03日 07時32分07秒 | 一喜一憂

<乾麺うどんづくり>

今回は、ず〜っとやってみたかった乾麺うどんづくりに挑戦してみました。
夏に備えて農閑期のうちにたくさん乾麺を作り置きしておくのです!!


というわけで、こちらが今年穫れた小麦です。ざっと籾すりした状態
この状態では、まだもみ殻が残ったままのがあります。

穀類をやっていて、とにかくネックなのはこの「籾すり」。
今や籾すりは機械(籾すり機:回転数の違うゴムロールではさんで擦る仕組み。巨大な電気式。)でやるのが当たり前で、手作業でやっているなんていう話しはどこからも聞けず、ネットや本でも、農家の方やおじいちゃんおばあちゃんに聞いてもなかなか情報を得られず思考錯誤なのですが、一番最近編み出した方法が下の写真の布袋作戦です。


中に穀物を入れて、叩く!!もむ!!!

ようは一番原始的な「臼に入れて杵でつく」原理の応用なのですが
とりあえず小麦では革命的に効果ありで、思いついた時は文明開化かと思いました。


これを扇風機で風選別すると綺麗にもみ殻やゴミだけぶっとんでいきます


仕上げにふるいにかけて…


みごとにきれいな玄麦になりましたー!


で、結局は一粒一粒目で見て、最終的な選別をします。
一番効率の悪い方法ではありますが、一番効率の良い方法でもあります。


そうしてできた玄麦を手回し式の粉ひき機に掛けます。


一度では無理なので、ふるいにかけて残った粗い粉をもう一度、挽きます。
横のダイヤルで粗さの調節ができます。


かなりはしょってますが、小麦粉できましたー
1キロ粉にするのに粉挽きだけでも一時間はかかります

挽き上がった粉をよ〜く見てみると上の方に茶色い層ができていると思います。
これが小麦の皮の部分で、全粒粉の証です。
当然風味も栄養もぜんっぜん違います。自家製ならではの贅沢品です。

とはいえ、玄麦のうち、全部が粉になるわけではありません。
下の写真が3回挽いても粉にならなかった小麦の皮の部分。「ふすま」です。
最初にうどんをつくったときには、このふすまも全部入れて作ったら、口の中にトゲトゲ、ザラザラと、かなりヘビーな舌触りとのど越しだったので、この部分は鶏にあげて卵にしてもらうことにしました。鶏便利。


↑ふすま。だいたい総量のうちの10%くらいです。


そうしてできた粉を塩水でこねていきます。小麦粉の量に対して水は半分くらい、塩は標準だと5%くらい。
生地の様子をみて水を少しずつ加えます。


言葉では伝えにくいですが、ぼそぼそしない感じにまとまったらOKです。


こねるのには力がいるので丈夫な袋にいれて踏んづけます。これなら女性でも子供でも楽ちん。のびたら折り込んでまた何度も何度も踏んづけて、麺にコシを出します。
今回は2時間ほど寝かせて、また少しこねて、またすこしねかせてみました。映画観ながらやってたらあっと言う間でした。


そうしてできた生地を打ち粉をひいて伸ばします。今回打ち粉は実家に上新粉があったので使ってみました。


伸ばした生地を折りたたんで切ります。


切ったら麺同士がくっつかないように粉をまぶします。


うどん(生めんタイプ)完成!!
干すのを待ちきれなくて少し味見してみました。
うまい!!ツルツルシコシコです!
うどん打ちも3回目にしてかなり完成度が高くなってきました。


さて、これを天日で干しします!
…と言っても外に干して風で飛んじゃったら悲しいので出窓に干してみました。下が粉だらけ…


というわけで、次の日にはカラッカラにかわいて完成です!!!


全粒粉うどんは、ゆでるとこんな感じになります。見た目はそばみたいです。
美味しい美味しい憧れの乾麺できました!!!

*追記:その後乾燥のさせ方によって、茹でた時に麺がボロボロになってしまうことが判明。ただ干せばいい、というような単純なものではないのか?目下研究中です。

*2/20追記:どうやら乾燥のさせ過ぎが原因だったようです。
調べてみると、乾燥の目安は水分13%くらい。これはちょうど米や麦などを保存用に乾燥させる時の目安と一緒で、「水分を出し切らない程度に乾燥させる」感じです。
と言っても湿度や天気などは、その日その時でそれぞれなので、そこが職人の腕の見せどころで、うどんの声を聴きながらの作業のようです。

うちは冬場で部屋干しで、夜に干し始めて次の日の昼前にはもう取り込む、くらいでやったらばっちりでした。今度は、これが夏にカビないかどうか、ですが…。研究継続中でーす。


<すり鉢もちつきパーティー>



あと、先日すり鉢とすりこぎを使ったミニもちつき大会をしたのですが、こちらは相方さんがすっかりUPしてくれてたのでリンク先へどうぞ→http://kotorinrin.blog83.fc2.com/blog-entry-120.html
家庭にあるもので、手軽にもちつきできるので是非お試しくださいませ!






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自然の力、生命の力、肯定の力(8)〜元素転換part.3

2012年01月19日 21時36分03秒 | 一喜一憂

これまでの記事
自然の力、生命の力、肯定の力(1)〜動的平衡part.1
自然の力、生命の力、肯定の力(2)〜動的平衡part.2
自然の力、生命の力、肯定の力(3)〜あいまいな量子part.1
自然の力、生命の力、肯定の力(4)〜あいまいな量子part.2
自然の力、生命の力、肯定の力(5)〜あいまいな量子part.3
自然の力、生命の力、肯定の力(6)〜元素転換part.1
自然の力、生命の力、肯定の力(7)〜元素転換part.2

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<科学的証明とは?>

科学的に証明されているか否か、これは現代においてそれが「事実であるかどうか」を示す、最も一般的な方法となっています。
では、実際のところ、近代科学的な証明とは何で、科学にはどこまで自然界を「証明」することができるのでしょうか。

科学的証明に必要な条件には、詳しくはリンク先を見てもらうとして、一般的には次のようなものが求められます。→科学的方法Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%9A%84%E6%96%B9%E6%B3%95

1. 定量性:量れるかどうか=数字に置き換えられるかどうか
2. 再現性:同じ条件で同じ実験をして同じ結果が得られるかどうか
3. 正確さ:精密な実験器具による正確な実験と測定

第一に、証明の対象が測定できなければ(数字に変換できなければ)話になりません。近代科学的な意味では、比較することも実証することもできないからです。
逆に言えば、数値に置き換えることの難しい「心」や「生命」など観念的なものや総合的なものは近代科学ではうまく取り扱えないのです。
実際に、東洋医学の「気」やその通り道である「経絡」などの概念も、二千年以上の歴史と実績を持ちながら「科学的根拠がない」という理由で、明治の近代化政策以降、医学として認められなくなってしまいました。

第二に、「正確な事実」を立証するために、近代科学は自然界に「誰が何度やっても同じ結果が出る」ことを要求しました。
ところが自然界に「こうすれば必ずこうなる」という再現性のないことは、百姓なら誰でも知っています。
例えば、同じミカンから採った同じくらいの大きさの種を同じ場所から採った土で同じ場所で同じように育てたミカンは果たして同じ形に育ち、同じ数の実を実らせるでしょうか?
そんなはずはありません。なぜなら自然界には全く同じ種も全く同じ土も全く同じ環境も存在しないからです。

逆に言えば、その再現性の無さこそが、生命の生命たる所以であり、ぼくらがこの世界を生きた世界として体感できる理由なのです。

第三に、近代科学が古典的な科学に対してもっとも誇りに思うのは自分達の勝ち取った「正確さ」です。精密な実験器具の発達は近代的な正確な実験を実現させました。
ところが「あいまいな量子」の項で述べたように、究極に正確な測定の実現で解ったのは、皮肉なことに、自然界の持つ本質的なあいまいさ、不正確さだったのです。
そして、その不正確さこそがこの宇宙を創り、保ち、動かしていることが明らかになったのです。

そしてそんな究極の話しを別にしたとしても「正確な測定」に必要な、余計なものの一切無い整った環境条件とは、実験室で人工的に造りだす以外は、自然界にはありえないのです。

では、最新の自然科学を自負する近代科学の扱っている自然とは一体何なのでしょうか?

というわけで、今度はミカンの種を可能な限り粉々にしてみましょう。
あるいは、燃やしてしまっても構いません。
そうして元タネは、死んで単なる原子の集まりになると、環境を整えられた試験管の中で科学法則通りのほぼ100%の定量性や再現性を見せるようになります。

つまり、近代科学がその成立の際に扱った対象は、生きた自然(生命)でなく、死んだ自然(物)だったのです。

ところが、近代科学の扱う範囲が自然界全般にわたるにつれて、植物や人体に対する薬の効き目など、再現性の乏しい生命自然現象に広く対応するために

4. 統計的、客観的にみて確かだと言えるもの

という昔ながらのあいまいな証明方法が必要になってきました。
結局のところ科学の近代化も、自然界というお釈迦様の手のひらの内側の出来事だったというわけなのですが、この時点で、当初の近代科学が掲げた「誰にとっても100%の事実」の目標はあって無いようなものになってしまいました。

なぜならこの方法では、ある人から見れば統計的に客観的に確かであると言える出来事でも、別の人から見ればそうでないということがおきてしまうのです。

で、実際「科学的に証明された事実」の歴史を振り返ってみると、誰もが証明していたものが後に間違いだと解ったもの、個人的には証明されていたのに何十年も認めてもらえずにいたものなど、科学的事実は時代と共に絶え間なく更新されていることがわかります。
そして、それぞれの科学的事実は、それぞれの時代の人々にとっては確かに揺るぎない事実だったのです。

そう考えると、今信じられている科学的事実こそ絶対の真実である、という人の考え方はかなり保守的なのかもしれません。
そして、科学的事実とは結局のところ、その時代に多くの人に信じられている事実、「時代の定説」に過ぎないといえるのかもしれません。


<自然科学から物理科学へ〜分析という手法>

このように近代科学が、無限の複雑さを持つ自然界を有限な数式の中に収めるためにとった方法が、自然界をバラバラにして調べる「分析」という方法です。

ところが「生きている」とは、その”つながり”や”関わり合い”そのものであり、バラバラにした時点で、そこに転がっているのは死んだ自然でしかないのです。

そして、部分的な働きをどんなに正確に数式化したところで、それは実験室の外でも部分的にしか役にはたちません。
近代科学は、部分への正確な理解と引き換えに、全体の繋がりやバランスへの理解を失って、目先だけの解決や、問題を先送りにすることしかできなくなってしまったのです。

もし時間がある方は、ためしに肥料や栄養学の考え方のもとになっている元素分析の方法を見てみましょう。
元素分析植物の元素分析

実は科学者たちは、実験によって、自然界が物質元素の組み合わせのみで成ることを「発見」したわけではなく、はじめから自然界が物質元素のみで成ることを前提とした実験手法(=近代科学的手法)によって、そのことを「証明」したに過ぎないのです。

そして元素革命から200年後の2003年、“世界は元素でできている”どころか、物質元素(原子)が宇宙全体に占める割合は4%ほどに過ぎないことが最新の観測で「科学的に証明」されてしまいました。


村山 斉著『宇宙は何でできているのか(2010年、幻冬舎新書)』p.44より
(”測定できない96%”に対する科学者のネーミングセンスが光ります。)
http://www.gakushikai.or.jp/magazine/archives/archives_875.html


このように、近代科学の成り立ちや手法を冷静に振り返ってみることで、それが自然作用のうちの「物理法則」としての一面だけに特化したものであり、自然を自然のまま見ることができないのに、自分が”最新の自然科学”だと思っている自意識過剰気味の新入りであることがわかってしまいました。

近代科学自体は間違いではないのですが、近代科学だけが唯一の正しい自然界の見方であると考えることは間違いなのです。

そして、生命のもつ可能性や永遠や無限といった数字の外側の概念に目を閉じ、宇宙自然界を有限な法則の中に収めようとする旧式の物理科学には、閉塞していく、終わりに向かう未来しか予測することはできません。

そればかりか、自然界が単に物の集まりであるという前提で生まれた近代科学は、その理論の有効性を示すために大地や人体から生命力を奪う、という本来の科学の目的とは逆の事をしているのです。


つまり、自然界から生命力を奪うことで、人類は自然界をコントロールできるようにはなった。
ところが、環境の生命力を奪うことが、その環境の一部である人類の生命力をも奪うという、あたりまえのことには気が付かなかったのです。

そもそも、そのすべてのはじまりは、人と自然とが別個のものである、という考え方に由来しているのです。


<人、自然、神の分極〜人類の近代化>

古代、まだ科学も哲学も宗教も芸術もあらゆる「智」が一つだった頃、自然界とは人知を超えた無限に深遠なものであり、それを人の手でコントロールしようとすることなどバカげていると思われていました。

ところが、時の支配者が自然界の営みを唯一の神の手によるものであると説明するようになり、それを強要するようになると、人々が自然界に対して抱いていた畏敬の念は唯一の神に対するものへとすり替えられ、本来季節の変わり目などの、自然への感謝や祈りの祝日だったものも、経典上の登場人物の記念日などに置き替えられてしまいました。

それらの宗教は、世界を神の支配する人と、人の支配する自然界の上下関係のピラミッド構造であると教えました。
また、世界を絶対的な何かと何かとの対立であると教え、万象を善と悪に、人々を信者と非信者に、あらゆるものの間に境界線を引き、人と自然、人と人とを切り離し、人生のあり方を自立から依存へと変えてしまいました。

宗教は、死後の世界やこの世界(宇宙)の仕組みなど、誰にも確かめることのできないこと、つまり間違いを指摘することのできないことを真実として捏造し、失うことを恐れる人々の無知に付け込み、神(教祖)に従順な人々をつくります。

人が「誰にでも証明できる確かなもの」を求めるようになったのには、そんな宗教による支配や搾取の歴史背景もあるのかもしれません。
政治(法律)と宗教(神の教え)が結びついたとき、大ウソを堂々と民衆に強要させ、生活をコントロールすることなどたわいもないのです。

この話を他人ごとのように聞いている人がいたら、日本が神の国の大日本帝国を自称して戦争をしていたのがほんの60年ほど前の出来事であることを思い起こしていただきたいのです。

そんな独自の唯神教政策を行うようになるより以前、「自然」と「絶対の神」とをすり変える宗教は、歴代の日本の統治者にとっても悩みの種で、結局は鎖国という苦肉の策をとらざるを得ないほどでした。

そうしていろいろあって、今や僕ら日本人も1500年前にローマで設定された西暦(AD、主の年に)という時代の中に生きているのです。

    


<木を見て森を見ず>

あらゆる“近代的なもの”の抱える欠点は、“木を見て森を見ず”の一言で言い表すことができます。
目先のおびただしい数の問題に気を取られて、それらが全体として抱える根本的な問題点や解決法を見出せずにいます。

僕らはこの世界が、無数の独立して存在する、個別のものの組み合わせで出来ていると教わってきて、無意識にそういう目で物事を見てしまいます。
ところが実際には、個別のものは全てが繋がっているために、それぞれが別々に存在しているのではないのです。
木の本性は森であり、森の本性は木なのです。
この『個は全であり、全は個である』という全く当たり前の世界観を取り戻すことで、旧くも新しくもない本来の時代へと、いつでもどこでも誰にでも踏み出すことができるのです。

すべてが一つの世界観は、楽観的な思い過ごしでも、現実味の無い夢想でも何でもなく、むしろ「自分」と「自分以外」で成る世界こそが非科学的な思い過ごしなのです。

自分の体、人生の本性が宇宙全体であると気づくことで、すべては無くなり、すべてが現れるのです。

(続く…)




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2012年旧暦カレンダー

2012年01月16日 20時38分28秒 | 一喜一憂
   
今年もヨースケさんこと、朝倉祥一さんが旧暦カレンダーを作ってくれました!
下のリンク先からダウンロードできますので、是非ご活用下さいませ。
旧暦カレンダーダウンロードhttp://www.tasukun.com/koyomi.html

このブログではすっかりお馴染、高月美樹さん制作の旧暦手帳はこちらから。
LUNAWORKSホームページhttp://www.lunaworks.jp/index.html


旧暦手帳今年のカバーはなんと小豆色!!


見返しもそそる!自然の声が聴こえるようになる和文化濃縮ダイアリーなのです。



畑ではイチゴの花が咲き始めました。
今年の旧元旦は1月23日。春はもうすぐです!

*旧暦については昨年の記事をどうぞ。
→たすくの空中散歩「立春・日本の暦」




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