思い出が次々溢れ出した日、辛くって、気分がふさぎました。
なんで、こんなに気分がふさぐのかしら、
私は恵まれていました。祖母たちに守られて、ノホホーンと暮らしていました。
でも、気持ちに封印していたから、幸せ・恵まれてるって、思わされていた。
そうも思います。
ここからは、暗い愚痴です。私は吐き出しスッキリするかも、
でも、お読みくださり、暗い気分の連鎖になるかも、ここまでで引き返してください。

祖母は、「お母さんは、お前たちの為に一人寂しいのを我慢して一生懸命働いてるのだから、
不満を言っちゃ行けない。感謝しなさい。」って、言いました。
大叔母は、全ての原因はその祖母と父だと言います。
そして私は、その父に良く似てるそうです。
それって、私の所為?生んでくれって頼んだわけじゃない。
何で、そんな事言うの?なんで私ばかり責めるの?
言われるたび、心の中でそう思っていました。叫んでいました。
(決して責めてるつもりはなかったんでしょう。それは今は解かるのです)
そんな子供の頃の思いも一緒に思い出したから、
そんな事じゃない、何なんだろう?
子供の頃、何度も見た夢があります。現実にあった事なのかさえ定かじゃないほど、
古い夢です。
テッちゃんの家の脇に通ってた細い道。
そこを通って母が旅支度で私と祖母が見送っています。
もう二度と帰ってこない気がして、「置いて行かないで」と、叫びました。
祖母は、ばあちゃんと居ようとか、大丈夫とか言って私を引き止めます。
小さな私には抗いようも無く、母の姿はあっという間に消え、
だから止めたのに、もう絶対帰ってこない。そう感じました。
とてもとても辛く悲しい夢です。とても嫌な記憶です。
テッちゃんチは、もうありません。その道の景色も変わっています。
すっかり忘れていた夢の中の景色を思い出してしまったから、
封印してた思い出、ずっと封印してた気持ちです。
私は、ちっとも幸せな子供時代じゃなかった。とっても悲しかった。
母以上に、寂しさを我慢してた。
ずっと不満を言うことを、不満に感じることを封印してたのです。我慢してたのです。
連続の3日の投稿、一気に書いて修正を加えながら、予約投稿にいたしました。
なので、もう気持ちは切り替わっております。
でも、今日もコメント欄は閉鎖いたします。


スタイルをとても気にする人です。
若い頃は痩せてたそうです。(自己申告ですが)
困ったのは、仕立てを頼まれ採寸に行くとウエストの採寸をさせないのです。


そうそう、朝の着替えを確認にするようになってから、
)」と、お答えします。()内は、陰の声です。


いつもより食材を豪華にしました。(ほんのチョッとね
)




」
した事は言いませんでしたが、、、















