なるようになる。

長男の不登校がきっかけて始めたブログも、もう14年目に。なんかわたし、ますます忙しく、そしてますます元気になってるなあ。

くたくたになりながら、命がけの問いをしている。

2017-10-16 09:59:53 | 不登校とその後



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すっかり遅くなってしまった。
昨日の講演会無事終わったのですが、一応責任者っぽくなってしまっていて(いつの間にか?)
苦手な司会とかもしないといけなかったし気を張っていたのだろうな。
あと、講師を囲んでの懇親会あとにも、数人で結局誘われるままに飲みに行ってしまい(爆)、
ワイン2杯だけなのでそんなにたくさんは飲んでないけど、疲れが残っていて。

今日は午後から年に2回の排水管清掃の業者の人が来られるので、
風車はお休みしてたからちょうどよかったわ~。
風車あったらちょっとしんどかった。

講演会終わったら次の仕事がちょっとあるのですが、とりあえずゆっくりしよう。




林さんのお話を聞くのは2度目で、同じような話もあったけど、
今回は親御さん向けに、お子さんの気持ちを理解するには?というアプローチでお話していただいたので、
書いていただいたアンケートを見てもそこのところがしっかり伝わっていてよかったな~と感じています。

わたし的にも腑に落ちることばっかりで、メモもすごく長くなってしまったのでうまくまとめられないけど。
とりあえず講演内容を書いてみます。



学校にいけなくなったら、自分を責め続ける。苦しくてたまらない。誰にも相談できない。
寝てばかりいたり、ゲームばかりしていたりで、なまけているように見えるかもしれないけど、
なまけたくて学校に行かない子はひとりもいない。

(引っ越しで転校した高校で先生の理不尽な言動を受けて)
もう1日たりとも行きたくない。行くのは絶対無理。と思って退学届を出した。

明け方に寝て、午後に起きるという生活がそれから20年、36歳まで続いた。
親からお小遣いを止められた。
お金はほしいけど働きたくても働けないと思っていたけど、
朝からじゃなくても午後からや夜にやるアルバイトもあるとある人に言われ気持ちが楽になった。

通信制の高校を卒業はしたけど、入った大学はすぐに行けなくなった。
アルバイトはしていたけれど、ずっと苦しかった。
何もしてないように見えても、365日頭はフル回転。
ずっと考えずっと自分を責めていてく、心も体もくたくた。
エネルギーがなくて、最初は半日外出すると3日寝込むという状態だった。
アルバイトも27歳くらいで限界が来て2年ひきこもる。

絶望の淵に立たされ、
自分ような価値のない人間は死ぬしかない。死にたくはないけど死ぬしかない。
誰も傷つけたくないし、誰にも傷つけられたくない、と思った。
そんな状態が3~4週間続いたとき、理由はないけどなんとなく生きるという方向にちょっとだけつま先が向いた。

そのあと、8人目の精神科医との出会いがあって徐々に回復する。
その医師は「あなたは生き物として正しい」
「アンテナを張りすぎている過敏すぎるあなた、それがあなたなのだからそのアンテナをもっと伸ばしなさい」と言った。
「希望を持ちなさい」ではなく「私はあなたには希望を持っている」と言った。

母は常に完璧を求め、学歴など目に見えることに価値を置く人で、それは今でも変わっていない。
従順ないい子をやっていたけれど、20歳過ぎてから怒りが吹き出して、それから喧嘩ばかりしてきた。
「親のことは見切って距離を置いた方がいい)とも言われけどそれはできなかった。
母にはわかってほしかったから。今でもわかってはもらえてないけど、
母は自分とは違う人間なのだからそれも仕方ないと思うようになった。
昔は巨大に見えた母が、今では自分より小さく見える。

楽になるまでの20年間は、普通に生きている人が地上にいるとすると、地下にいる感覚。
地下にいる人にいきなり居場所に行けとか働けという支援は到底無理は話。
ひきこもりの支援=就労支援がずっと続いてきたけれど、結局うまくいっていない。
当事者が求めているのは「生きていくための支援」「幸せなるための支援」

今、ひきこもり女子会を全国でやっているけれど、原宿では80人以上の人が来た。
彼女たちが望んでいるのはたとえば「一緒に洋服を買いに行ってほしい」というような支援。
傷ついた経験があると外に出ていくのはとても怖い。店員に話しかけられるのも怖い。
出張散髪や出張歯医者もとても助かる。

親にしてほしいことを聞くと、ナンバー1は「旅行に行ってほしい」(笑)。
つまりひとりにしてほしいということ。
そして「親は親の人生を生きてほしい」。

親は何かをしてあげたいと思うけど、「よかれ」という言葉は呪いの言葉。
それは誰のための言葉?
自分がいいと思ってやっていることには歯止めがきかない。
何も言えなくても、わかろうとしている態度、それが一番伝わるし本人もうれしい。

NGなのは同世代と比べること、これからどうするの?という言葉。
OKなのは社会問題や本人の好きなことについて話すこと。

本人の行動はそのまま受け止めればいい。外に出ないおは外が嫌だから。

学校に行けなくなったとき、この世は野戦病院のようだと思った。
傷ついた人を治療や矯正の対象にして、また社会に送り出そうとする。
不登校やひきこもりを経験した人は、傷ついた人の気持ちがわかるから優しい。

当事者は命がけの問いを投げかけている。
生半可な気持ちではそれに応えることはできない。

自立ではなく自律(自分の心に沿って生きていくこと)ができれば、
結果的に自立につながるでしょう。




そのあとの懇親会で、別の経験者の方が言ってくれた以下の言葉もなるほどと思いました。

自分がしんどいときには、社会は橋を渡った向こうにあるというイメージで、
出かけるときは頑張ってその橋を渡って向こうにいって、
疲れて急いで戻ってくるという感じだった。
でも家庭という戻って休める場所があってよかった。


懇親会のあと内輪の若い人たちと5人でいつものパステル(あそこは安くておいしい)。
お腹いっぱいだったので、チーズくらいしか食べなかったけどおいしかったよ。




今回の懇親会で、今、家でつらそうな次男の気持ちを改めて理解する助けになったと感じました。


そして、林さんのような、頭がよく(お話も理路整然としていてほんとにそう思う)優しくて魅力的な方が、
「自分には生きている価値がない」なんて思ってたなんてほんとにどうして?って思うのだけど、
でもそう本人がそう思っているうちは、周囲がそんなことないって言っても仕方ないんでしょうね。
やっぱり本人が悩んでのたうち回って、そんなことはないんじゃないか?って思っていくしかないんだろうと思う。

でも、わたしは息子たちみんな、とても賢くて魅力的で素敵な人たちだと思っているので、
そう思っているしかできないけど、それしかないのかなと思います。

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