傍観者の独り言

団塊世代で、民間企業で「チンタラ・グウタラ」に過ごした人間の手前勝手な気儘な戯言・放言。

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ポスト菅には、「創造と破壊」の資質の人物に期待したい

2011-06-05 17:36:14 | 政治

菅首相のペテン師の資質が露呈し、菅首相の辞任は時間の問題になり、ポスト菅の名前が急浮上してきましたね。
当方は、大震災の復旧・復興と原発事故の沈静化が火急事案であるが、日本の最大の課題は、日本の再生であり、硬直化した日本社会を「創造のビジョンを持ち、現下の常識を破壊する気概」の資質のある人物を期待しますね。

菅首相の政治家の資質については、格調の高いブログ「永田町異聞」様のエントリー『政治家としての命脈が尽きた菅首相』と同感の思いです。

当方は、菅首相の人物像については、本ブログで、菅直人氏を、
”「最小不幸社会は、社会的弱者を重視する社会運動家的な発想で、野党的な発想ですね。
要は、社会の歪み、不平等を質すことに生きがいを感じる資質であり、質し、良化させることに満足する資質で、世の中を、破壊し、新たな社会を創造するという政治家の資質を持ち合わせていないのではないかと思いますね。」”
と、社会運動家の限界という思いがあるからです。
菅首相の野心家気質は、世を批判すること(不条理を正す)は長けているが、世を新たに創造する資質は希薄で、一方で、権限を固執すると
。」”
と酷評してきました。
この度は、権限の固執で、ペテン師的な資質が露呈し、墓穴を掘ったのです。

当方は、原発事故の沈静化には、現場は現場に任せ、本部は現場を後方支援に徹するべきと考えであり、大震災の復旧・復興も現場(地元)に任せ、政府は日本全体の将来指針を明示し、地元の復旧・復興の策定への方向性を示し、地元に復旧・復興を任せるべきと考えです。

現在、国難であり、被災者のことを思えば政局をしている場合ではないという「常識論めいた正論」「正論めいた常識論」がメディアで蔓延しているが、火急的な最大課題は、大震災の復旧・復興と原発事故の沈静化である事は異論はないが、一方、日本の最大課題は、高齢少子社会で、既得権社会で、骨粗鬆症に陥っていた日本の再生であり、「硬直化した現下の社会を破壊でき、新たな日本の将来像を創造」できる人物をポスト菅に期待したいですね。

「JBpress」の週末版の川嶋 諭氏のコラム『菅栄えて国滅ぶ、夢と希望を失った日本 デフレ脱却に頼みの世界経済は、バブル崩壊の危機に直面』 ではないが、世界経済が不安定な状況にあり、日本は、過去の延長線上では衰退するのみで、大震災を契機に、政官業の既得権による硬直化社会を破壊し、新たな創造ビジョンによる変革しなければ日本の再生はないですね。
菅首相ごとき、現状批判はできても、将来ビジョンがなき人物では、一過性でしかないですね。

当方は、不信任案について、否決でも可決でも、政治への変化するのであれば容認するとしたが、菅首相の辞任が確定的になったら、自公が限定的な大連立を言い出し、過去の延長線の政治には拒絶しますね。

当方は、政治には無関心でしたが、バブルがはじけ、民間企業が「選択と集中」と称し、事業再編とリストラで会社延命の時代を体験し、世の中、生成発展には、変化が不可避という考えになり、政治にも変化を求めるようになりました。
民間企業の場合は、変化には「現状を否定し、新たな創造の再生計画を掲げる」ことが不可欠で、経営者は経営責任を取り、新たな人物に創造を託してきました、政治も「過去の延長線上ではなく、新たな創造」が肝要です。

2009年3月に、本ブログ「文藝春秋の「これが日本最強内閣だ」では奥田碩総理大臣ですが?(2)」で、日本最強内閣の総理大臣を、
”「当方が中村邦夫・元松下電器産業株式会社社長を推奨する最大の理由は、大企業病に陥った当時の松下電器産業を「破壊と創造」を掲げ、就任時には、ソニー(出井社長)に、企業力で負けておりましたが、「事業の集中と選択」でのリストラを断行、「事業部制の改変」「企業年金の見直し」など退任時には、ソニーを追い抜き、今日のパナソックに再生させた実績です。
中村社長は、事業変革に当たり、中堅社員による再生計画を策定させ、それを社内に明示し、従来の前例を繰り返してきた老化体質を否定し、残すのは松下幸之助の「経営の精神」(DNA)だけとし、新たな価値創造体質へ変容させました。
松下電器を再生させた実績は、総理大臣に求められるリーダーシップの資質を、中村元社長に充分に有すると思えますね
。」”
と書きました。
マアー、中村・前社長は、大企業病を「破壊」させ松下電器を再生させましたが、現在のパナソニック(松下電器産業)が低迷しているのは、リストラで現場力が弱体し、世界の激変を洞察・順応する創造力が追随できずにおり、破壊だけでは一過性であり創造力が重要です。

当方は、現在「ポスト菅」で名前が挙がっている人物には、「破壊力」には疑問を持っています。
疑問は、「ポスト菅」で名前が挙がっている人物は、それなり問題解決能力はあると思うが、硬直化社会の破壊力が見えないのです。
挙党一致だとか、衆知を集めるとか、絆が大事とか、国民が主役だとか、やれ王道・常道がどうのこうとか、国民が主役などと耳さわりの良い言葉では、現実の世界を破壊する力がないですね。
民主党の中で、「破壊」のビジョンを持っているのは、小沢一郎氏でしょうね。
ただし、当方は、小沢一郎氏のシンパではなく、日本の総理大臣に相応しいかと言われれば、「???」です。

小沢一郎氏の著書「日本改造計画」や、週刊誌に紹介された続編の「日本改造計画」は、日本社会の「破壊」であり、新たな創造には、旧勢力の破壊、既得権社会の破壊が不可欠であり、「破壊なき、創造はありえない」です。
日本の再生の最大の障害は、既得権社会の常識で、年寄りの跋扈であり、再生には、破壊が不可避であり、過去の延長線上の「理」では「破壊」できないと思いますね。
小沢一郎氏に硬直化社会の「破壊力」を期待し、固定観念のない先鋭的・革新的な人物に、日本の将来を委ねたいですね。


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1 コメント

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self-will (noga)
2011-06-11 10:06:32
議会・会議は議論をして決議をするところである。
それぞれの成案を持ち寄って比較検討することが必要である。
成案がなければ議論にはならない。野次馬ばかりでは、議論にならない。

日本語には時制がない。だから、未来時制もない。
それで、日本人は未来に関する事態を脳裏に展開させることができない。
だから、成案はなく、腹案の段階にとどまることが多い。

あらかたの日本人は成案がなくて、腹案のある人たちである。
合意を得る必要がある場合には、談合を開いて、恣意の摺合せにより決着をはかる。
成案がないのであるから、もちろん筋は立たない。
馴れ合いで決める。だから、日本人は論理的でないといわれる。

腹案・腹積りは、腹の中でもやもやしている。
文章にはならないが、腹芸の原動力にはなる。不言実行の基礎ということか。
文章の体系にならないものを、片言交じりで言い表せば、それは歌詠みになる。
本人は、「お前らに、俺の腹の底が読めてたまるか」と誇らしげに考えている。
現実が自分の恣意で動かなければ、腹切りをして鬱憤を晴らすこともある。ああ、むなしい。

成案の世界と腹案の世界は合体することはない。
理想は成案の世界に存在し、趣味は腹案の世界に存在する。
現実対応策を考えるのは英米の高等教育の成果であり、その場の雰囲気を歌に詠むのは日本の高等教育である。
アッケラカンとした世界の中でドライに割り切る人たちは、朧月夜の風情に未練はない。

これらは別次元のことであり、趣味には論拠がない。(There is no accounting for tastes).
歌詠みは、たとえそれが間違いであったとしても理論家の主張に引きずられて行く。
歌詠みは、引かれ者の小唄でも歌っているか。
日米協議がともすれば円滑に進まないのは、協議参加者が大きく文化背景に左右されているからである。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


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