傍観者の独り言

団塊世代で、民間企業で「チンタラ・グウタラ」に過ごした人間の手前勝手な気儘な戯言・放言。

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ETV特集:西辻一真氏の「被災農家を救え」・・・感動モノだが他人事の現実も

2012-11-05 21:01:11 | 社会

4日のETV特集の再放送「被災農家を救え」は、「耕作放棄地」を無くすことをライフワークの若き企業家の西辻一真氏の東日本大震災で被災した農家への復興活動を取り上げており、諸々の障害を自己犠牲した取り組みは感動モノであるが、行政の限界と世の冷ややかな社会の現実を垣間見しました。

偶然、4日の深夜のETV特集を途中から視聴し、津波で田畑が塩害や瓦礫化の被災した農家を復興させ農家の将来への夢がもてたと喜びの顔を見て、それこそ西辻一真氏は「いい仕事しているなー」と感動したが,後半の宮城県亘理町のイチゴ農家の復興への悪戦苦闘に他人事の冷ややかな様子見もあり、これも現実と思いましたね。

当方が西辻一真氏の存在を知ったのは、2010年6月13日放送のTBSの番組「夢の扉」の『農業に向き合う人々を増やし耕作放棄地をゼロにしたい 』で、番組紹介を転載すると、

”「現在、農業の後継者不足などの理由から、1年以上放置された農地、いわゆる耕作放棄地が年々増加し、国内で39万ヘクタール、埼玉県と同じくらいの面積の土地が放置されています。その土地を有効利用出来ないかと活動しているのが西辻一真さんです。

西辻さんは京都大学農学部を卒業後、マーケティングを学ぶため広告代理店に勤め、3年後に「マイファーム」という会社を起業しました。西辻さんが主に手掛けていることは、耕作放棄地を農家から借り、農園を利用したい、家庭菜園をしてみたいという人々に貸し出すという事業。またその利用者にアドバイスなどをして農作業の楽しさを味わってもらおうとしています。しかし、農家の耕作放棄地を借りるためには、大きな壁が立ちはだかっていました。
西辻さんはその壁に立ち向かいながら利用できる土地をこれまでに全国で50か所にまで広げて来ました。そして近い将来、全国で1000か所、利用者を1万人にまで増やして食料自給率を1%上げるという夢を持っています。西辻さんの農業にかける熱い想いに密着します。

(西辻一真氏の)マイゴール2014年までに 農業へ向き合う人々を増やして食料自給率を1%向上
」”

で農業再生への新しい切り口での西辻一真氏の挑戦に関心を持っていました。

NHKのETV特集の再放送「被災農家を救え」の番組紹介を転載すると、

”「若きビジネスマンが挑んだ農業再生550日東日本大震災で国家の無力さが露呈したとき、農業の再生に立ち上がったのは、被災地に縁もゆかりもない一人の若きビジネスマンだった。
 西辻一真さん(取材当時29歳)。2007年に京都で農業ベンチャー•マイファームを起業。会社の理念に掲げたのは、農家が耕作をあきらめた農地「耕作放棄地」をなくすこと。京都大学農学部で土壌学や経営学を学んだ知識を活かして「耕作放棄地」を「体験農園」へと作り変えるビジネスモデルを考案する。起業から4年で体験農園の数は60を超え、年商は2億円近くに達する。
農業界に新風を吹き込んできた西辻さん、震災直後から挑んだのは、津波の被害を受けた塩害農地の再生。震災から半年もたたないうちに宮城県岩沼市でトマトの栽培に成功させ、立て続けに仙台市でキャベツ、岩手県陸前高田市でハツカダイコンと成果を上げる。多くのマスコミで西辻さんの活躍は取り上げられ、被災地の農業を救う救世主と称されるようになる。
 そして今年、被災地を回り続けていた西辻さんは、一向に変わらない農家の暮らしをなんとか出来ないか模索を開始する。「農地の再生」から「人の営みの再生」という次のステージへの挑戦だった。
 
舞台となったのは宮城県亘理町。日本有数のブランドイチゴの産地として知られていたが、震災以降、被災した農家はガレキ拾いのアルバイトで生計を立てていた。彼らが再び農業に歩み出し、昔のような営みが取り戻せるよう、西辻さんは独自のプランで勝負をする。
 しかし、立ちふさがったのは被災地が抱える厳しい現実。一向に進まない行政の復興計画。そして、思いもよらない農家の反発。
 もがき苦しみながら「復興」という言葉を信じて挑み続けた若きビジネスマンの550日。被災地の農業再生に賭ける日々を追った
。」”

です。

番組の前半の宮城県岩沼市でトマトの栽培、岩手県陸前高田市でハツカダイコン栽培は順調に推移したが、後半の宮城県亘理町の被災したイチゴ農家への農業再生に、無一文になった被災農家を組合組織化による復興への取り組みは、VB企業の非力と世の様子見の現実を垣間見しました。

西辻一真氏は、被災農家を組合組織化し事業計画策定し、亘理町に全額補助の復興助成制度に申請したが亘理町としては優先順位もあり全額助成制度への申請対象にならず、亘理町から今日締め切りの半額補助の別の復興助成制度への申請の助言を受け、車中で半額補助の申請書を作成し申請する。
西辻一真氏は、復興事業予算額の被災農家の負担分の半額(1500万程度?)を今後の農業生産物の売り込み先に前金で充当を考え売り込み先に善処を要請。

しかしながら、売り込み先からは組合との栽培契約の締結は応諾できるが納品物の前金払いは拒否され、事業予算の半額を西辻一真氏の会社が用立てすることになり準備を着手したが、申請した助成制度の結論は遅れ、更に、被災農家がガレキ拾いのアルバイトで生計を立てていた制度も予算不足で中止となり、組合に参加した農家の一部は将来不安になり組合から離脱する事態になる。
そこで、西辻一真氏は、更に、事業費用の半額を会社で用立てすることで作業着手する。

さらに、西辻一真氏が亘理町の復興事業に注力することで本業が疎かになり、社内から批判され、西辻一真氏の代表解任騒ぎとなり、最終的に、西辻一真氏が亘理町の農業組合には月1回の支援を条件に、代表を辞任しスタッフとして残り、イチゴ農家の復興支援を引き続き遂行する内容でした。
番組のエンデイングは、申請した助成制度は認可され補助金が入金され、今年の農産物は順調に収穫でき、売り込み先も来年も栽培契約を続行するという内容で、西辻一真氏・被災農家の笑顔でした。

番組には、諸々、考えさせらる内容でした。
まずは、塩害・瓦礫で耕作不可能と諦めていた農家が西辻一真氏の助言でトマト、ハツカダイコンが収穫できた被災農家の笑顔が印象的でしたが、津波で荒廃した田畑のガレキ拾いのアルバイトで生計を立てていた無一文になった亘理町の被災農家が西辻一真氏の復興計画を悲愴感がなく前向きに取り組む人間の強さには感動モノでした。

当方が一番思ったことは、VBの非力と非力なVBへの投資なり融資なりを様子見する社会の現実です。
VBについては、開発力はあるが営業力が無いとか、代表者1人で事業を切盛りし代表がこけたら皆こける非力さですが、最大の問題は資金調達の難しさでしょうね。
番組では、金融機関が一切登場しませんでしたね。
無一文になった被災農家が組合員の新興の組合には、金融機関は実績もなく、担保もないとし、投資なり融資案件にはなりませんね。
金融機関は、人間性や人間の可能性には投資はしませんから。
また、同様に、組合から収穫物の購入先も、前金を払うことには二の足を踏むのは組織の常識でしょうね。

先の本ブログで、NHKの番組で出井・元ソニー会長の話
”「信用を小さな企業に供与してあげれば、その企業は育つじゃないですか
それが、日本の大企業モットやって欲しいのです
」”
と語っていることを紹介しましたが、VB企業が難渋するのは、ファイナンスと信用の問題です。

西辻一真氏は、番組で、自分の会社から代表解任の動きに、焦燥・苦悩している姿を放送しましたが、「自分は逃げない」と被災農家に公言し、代表を辞任し1スタッフと残り、月1回の条件で被災農家の復興支援する姿に接すると、亘理町の被災農家の組合の復興事業が成功するのを祈る気持ちになります。
西辻一真氏のような自己犠牲しても農家の復興に全力投球する若人がいれば日本は捨てたものではないと思った次第ですね。

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