北杜夫、亡くなる

2011年10月27日 | 読書

昨日、昼食の用意をしながらテレビのニュースをかけていると、
「作家でエッセイストでもあった…」という音声が聞こえたので反射的にテレビを見た。
老人らしい顔が写っている。目の悪い僕には、とっさにそれが誰かわからなかった。

すると次の瞬間、僕は持っていた包丁をあやうく自分の足元に落とすところだった。

「作家でエッセイストでもあった、北杜夫さんが2日前に亡くなられました」

「えっ…?」と驚いてテレビの音量を上げたけれど、次のニュースに変わってしまった。
キッチンに来た妻に「北杜夫が死んだ」と伝えると、妻も絶句した。
付き合い始めた頃から、僕が北杜夫が大好きだったことを妻も知っている。

大学時代、ある楽器のクラブに所属していた僕は、
高校からずっと、内外の古典文学というか名作しか読まない学生だった。
その楽器のクラブに後輩が入ってきて、彼は僕が本が好きだというと、
「北杜夫は読んではりますか…?」と訊いた。
「キタモリオ? 読んだことない。外国ならドストエフスキーやスタンダール、モーパッサン、フローベル、マーク・トゥエインとか、日本なら太宰治、漱石、芭蕉の奥の細道とかやなぁ」

つまり、現在生きている作家の本など、ごく一部を除いてほとんど読まなかった。
「世界文学全集」や「日本文学全集」以外の本を読んでいるヒマなどなかったし、
なにか現代作家というのは軽い気がして、ほとんど手を出さなかった。
北杜夫も、もちろん読んだことがなかったが、名前だけは、知っていた。
「どくとるマンボウ」などと馬鹿げた名前をつけた作家など、ロクでもないと思っていた。

しかしクラブの後輩は、「僕は北杜夫と囲碁が人生の生きがいなのです」と言う。
「とにかく、読んでくださいよ。どの本も面白いですよ。お願いします」

そこで僕は「どくとるマンボウ昆虫記」という本を買ってきた。
昆虫には興味はなかったが、その文章がとても面白かった。
続いて「どくとるマンボウ青春記」を買って読んだ。
こんな愉快な本がこの世の中にあったのか、と思った。
ここから僕の北杜夫中毒が始まった。

「航海記」「小辞典」「途中下車」「おもちゃばこ」などのマンボウシリーズで大笑いし、シリアスなデビュー作「幽霊」や芥川賞の受賞作「夜と霧の隅で」などにしんみりし、大作「楡家の人々」では、著者の父、斉藤茂吉の出身地から出た蔵王山という大相撲の力士を応援する描写にお腹を抱えて笑ったり、とどめは「怪盗ジバコ」で、僕は完全に北杜夫に傾倒した。

それまで、ドストエフスキーや太宰治や漱石にかぶれ、
その後は開高健、小松左京、村上春樹などにかぶれたけれど、
この時期の北杜夫ほど大きな影響を受けた作家は、後にも先にもいない。

北杜夫が旧制松本高校時代に、テストに書いた珍答案が「青春記」に載っていた。
僕は実際に、大学の何かのテストの時、これを真似した珍答案を考えて書いた。
それを読んだ先生が僕に「う~む。卓越しとるね」と言った言葉が忘れられない。

書き始めればキリがないほど、北杜夫をめぐる思い出は多い。

「どくとるマンボウ航海記」で北杜夫は、
「肝心なこと、大切なことは何も書かず、くだらないことだけを書いた」
と、あとがきで述べていたが、僕はいまだにこの文章が忘れられず、
自分もブログにくだらないことだけ書けばいいやろ…と思ったりしている。

しかし、ここ10年ほど、ほとんど北杜夫を読まなくなった。
一人娘の斉藤由香のエッセイで消息を知るぐらいだった。

それでも、これまで読んだ北杜夫の作品は、僕の体の中にしみこんでいる。

その死は、大きなショックだ。悲しい。

5年前の夏、妻と信州を旅行したとき、
「どくとるマンボウ青春記」ゆかりの、旧制松本高校へ行った。

北杜夫を追悼しながら、その時の写真を掲載します。

 

   
   ここが旧制松本高校の跡地で、この奥(写真左)の方に記念館が建っている。



  
   門の前で。
   「青春記」の舞台となったところだ。
  

  

 
  旧制松本高校の記念館へ入る。

 

 
 館内にはいろんなものが展示されていた。
 旧制松本高校出身の著名人はわりに多い。
 中でも北杜夫は最も知られた人ではなかったか。
 展示品の中にも、北杜夫に関するものが沢山あった。

 

 
  北杜夫の書。

 

開高健や小松左京が亡くなったときも大きなショックだったが、
「あぁ、好きだった作家が亡くなったんだなぁ」という思いだった。

でも、北杜夫が亡くなったと知ったときは、肉親を失ったような気がした。

 

    

    これも記念館に展示されていたものです。

    慎んでご冥福をお祈りいたします。
         

    (これらの写真は2006年=平成18年=8月10日に撮影したものです)

*北杜夫のことは、今年8月のブログに詳しく書いています。

                  


http://blog.goo.ne.jp/non-ap/e/34f6a232814963ec7b728c468d829291

 

 

 

 

 

 

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2 コメント

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こんばんわ (出人)
2011-11-01 02:59:22
はじめまして

北杜夫の写真や、松本の写真もあっていいですね~。わたしも高校時代に、松本まで行った記憶がありますが、こんなふうに写真もとってないし、その時も時に北杜夫が目的ってわけじゃなかったのですけどね。

いい写真です。

さて、今日うかがいましたのは、先日当方の記事にトラックバックをいただいた件です。どうもありがとうございました。

大変すみませんが、せっかくトラックバックをいただいた記事が別の記事になっていて、当方では修正できません。お手数ですが、もう一度当該記事に送っていただけるとありがたいです。

よろしくお願いします。
はじめまして (のん)
2011-11-01 04:14:02
出人さん、コメントありがとうございます。
お名前を見て「デビッド」さんとお読みするのかなと思いましたが、
いま、先日いただいたトラックバックの欄を改めて見てみると、
David … とありましたので、 正解のようでした(笑)

さて、こちらこそトラックバックしていただき、ありがとうございました。
出人さんのブログに送らせてもらった僕の記事は別の記事でしたか…?
大変失礼いたしました。

実は長い間トラックバックはしていなくて、
今回、仙丈亭日乘さんというかたからもいただいたので、
ネットで「トラックバックのやり方」というのを調べて、
その上で送りましたが、別の記事でやっちゃったとは…
お恥ずかしい次第です。

先ほど、もう一度やってみました。
今度はうまく行ったと思いますが…

ところで睡眠障害を抱えてらっしゃるようですね。
僕は出人さんほどではありませんが、耳鳴りから来るストレスで、夜、ぐっすり眠ることができません。
睡眠導入剤を飲んでも、今日のように3時前に目が覚めて眠れない…というようなことが多くあります。
出人さんからコメントも、3時前でしたね。
お互いの睡眠障害を象徴するようなコメント投稿時間ですね。余談でしたが…

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