世界の彼方此方へ行きたい

気ままな旅の様子を綴っていきます

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パグディンのロッジ到着(2017ネパールno17)

2017-04-29 | アジア

 こんな看板がありました。ガイド料金でしょう。山の名前はわかりませんが、5663mの山が900$  6476mが1650$としてあります。 

 

 

 大きなマニ石の横をゾッキョを追って村人が行きます。この石も右側時計回りに歩かなければいけないという。左は不浄の手だとか。石を挟んで両側に道はついています。石にはお経やマントラが書かれているといい、どこにいても仏様が見守っている、という思いが込められているそうだ。 

 

 昨夜のルクラより230m低い2610m、今日の宿「イエティマウンテンホーム・バクディン」に到着。 

 ありゃりゃ。さっきの道標どおり1時間で着いてしまったぞ。この区間だけは、わが敬老会メンバーの若かりし頃、青年の足だったのかもしれない。 

   このロッジは、こんな所にありました。ロッジのホームページからいただきました。急病などの事故があれば、すぐヘリコプターが飛んできてくれるように、ヘリポートも有りだ。だって救急車は走ってこれないもんね。ヘリが命綱になるのだ。

 

 お部屋に暖房はありませんが、ベットは快適、ぬくぬくと電気毛布が入っています。 

 パクディンの街の散策には参加しませんでした。Sさんの写真を並べます。 

 

 

 シャワールーム。快適ロッジと紹介しましたが、これは曲者でした。いや、驚いた。下の蛇口からは、素直に適温になった湯が出てくれるのですが、シャワーがいけません。どう操作しても「アッチっち」と「チメタイ」しか出てくれません。標高2600m余の水ですからなんとも冷たい。暖房のない部屋で体が冷えることこの上なし。多分皆さんがそんな素晴らしい体験をされたようで、夕食時には大きな話題となるのでした。 

 

 ホームページの写真を見ると、夜のロッジは、これだ。庭にはタルチョーが風に揺られていました。なるほど五色の色が規則正しく並んでいます。

 歩きの初日。ルクラからパグディンまで、途中にあった案内表示によると8km3時間としてあった。私たちの行程表にも約3時間と印刷されている。残念ながら私たちは、5時間を要する歩きとなるのでした。この地図を見ても村々があちこちに点在しているのが見て取れます。そんなヒマラヤの麓での体験は、疲労は残れど、楽しい時間となるのでした。

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荷揚げポーターが行く(2017ネパールno16)

2017-04-28 | アジア


  クスムカングル(6367m)との説明でしたが、私はシャッターチャンスを逸してしまいました。次の写真、Sさんが雲の合間にのぞいた雪の山頂を写していました。こうして谷間から望める雪山は、その一瞬奇跡なのかもしれない。

 

 

 

 荷物を背負ったポーターが行きます。この人たちのことをシェルパとは言わないらしい。シェルパ=案内人とでもいえばいいのでしょうか。エベレスト登頂の話になると必ずシェルパという単語が出てきます。この地域には、多くのシェルパ族の人たちが暮らしていて、生活の糧にシェルパやポーターのお仕事もしていると言います。 

 このお二人親子かなあと、私は見ました。何キロ背負っているのでしょうか。ガイドさんが言いました。私のノートに「60、80~85、1K40ルピー」とメモしてあります。私なりに解析すれば、60歳の人でも80~85Kg背負う人がいる。1Kg40ルピー。円にすれば約40円、80kで3200円だ。さて、何Km歩けばいただけるお金なんだろう。 

 親子ポーターが私たちを追い越して進みます。驚き驚き。彼らは強い。 

 おやすみ処でした。ごろ寝で泊まれるのかも。窓を写した写真が次です。この食品、ポータの背やゾッキョによって運び上げられるんですから多分売値は高いよ。

 

 ポーターの荷物の解説です。① おでこにかける帯  ② 荷物に結わえて保持し両手で持ちます ③ 杖・・立って休む時荷物のつっかえ棒として利用もするのです。なお、荷物を入れる竹籠のことを「ドコ」というそうです。4枚前の写真と比べてみてください。私の独断解説ですから間違えているかも・・・ 
 テントが並んでいます。「おやすみなさい」はもちろん寝袋。 左の白い造りがトイレか、正面の緑の小屋が共同炊事場かな。このような山行きの旅人は、荷物を背負ってもらい、食材や食器を持った数人のポーターとともに歩き、お食事係のポーターが調理を担当するのだと聞きました。

 ルクラからここまで6km2時間と書いてある。私たちは、すでに4時間を超えている。一体これは誰が歩く時間なのだ。敬老会ご一行様では、倍の時間を要しても、さもありなんということでしょう。今日の宿パクディンまでは2Km1時間と書いてあります。私たちのペースで、まだ2時間も歩かなければならないのか。 

 シェルパ族のおばちゃんとお話ししているのは、私たちに同行のシェルパ「ニマ」さん。ガイドが言っていた。私たちと一緒のシャルパが二人で話し合う「シェルパ語(?)」は、な~んも分からんと。多民族国家のネパールには、いくつの言語があるんでしょうか。

   ニマさんの持っているビニール袋。これが気になっていたんです。リュックに入れれば楽だろうにと。ロッジについて教えてもらった。「湯たんぽ」ですって。そういえばロッジにつくと添乗員に聞かれた「湯たんぽ欲しい人申し出て」と。 

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大きなマニ車(2017ネパールno15)

2017-04-26 | アジア

 

 山男「S」さんにっこり。 これからの街道行きの安全と幸運をしっかり祈ってくれたのでしょうね。大きなマニ車です。回しやすいように手すりがついている。その奥にはマニ石が積み上げられている。

 荷揚げを終えて引き揚げてきたのでしょうロバの大群。石畳の道を歩きます。このロバを先導する人はいません。先導するのは親分ロバか。お兄さん二人が後ろからついて行きます。 

 

 

 村の中、街道沿いにはこうした家並みがあります。民家とは思えません。登山者などの簡易宿泊所やおやすみ処でしょうか。 

  歩き始めて3時間を経過しました。今日泊まるロッジが見えるよ。と教えてもらったのが黄色矢印。まだまだ遥か彼方だ。正面の高い山、どうも気になる。ルクラで見えていた「パリ山」だろうか。

 川に沿ってこの谷をずんずん進むのです。上ったり下ったり、山歩きに近いのにトレッキングというのか。昨年この街道からヒマラヤの山々を写した写真展を見る機会がありました。作者がいらして、聞いてみた。「道中私でも大丈夫でしょうか」と「大丈夫、あの道は生活道路ですから」との返事が返ってきた。なるほど、小さな村々を通りぬけてゆく道だから「生活道路」には間違いない。でもシェルパ族ではないわが身にとっては厳しい道だ。 

 

 日本語のお上手なガイドのラジェスさんを先頭に橋を渡ります。私は一番うしろ、皆さんとは随分離れたところを歩きます。Sさん撮影。前の写真でSさんの位置がわかります。遥か前方にその姿。

 ヒマラヤ山系から流れ出る清流。少し青みを帯びたこの流れ「ドゥク・コシ川」(ミルクの川の意)に沿って歩いているのです。「H」これヘリポートでしょうか。

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高遠城址公園小彼岸桜(2017)

2017-04-24 | 季節感

 今朝、テレビでLive画像を確認してみた。つぼみ時からず~と流し続けている地元有線テレビの固定カメラ4台からの「高遠城址公園さくら情報」は、まだ満開が続いていました。

 この公園に来たのは10年ぶり位になるでしょうか。駐車場のおじさんが言っていた。「去年は14日にほぼ終わっていたんだよ」と。もうこの時期まで観桜ツアーのバスは走ってこないでしょう。多分お客さんも少ないだろうとやってきたのでした。でも、近くの駐車場では空きスペースの待ち時間ありでした。 

 

 この写真写していたら、東京からだというお客さんに聞かれてしまった。「あの山なんて言うの」と。さて困った。私の住み家から見る山と形が違うからもう答えられない。中央アルプス駒ケ岳(2995m)に連なる山には違いないんだけどね。との答えにしておいた。標高までは伝えられませんでしたが。そして、駒ケ岳ロープウェイへの行き方も問うてきた。これにはばっちりお答えできるのでした。 

 

  まだほとんど散っていません。満開の花の中に、遠慮深げに緑の芽吹きが見られます。

 私には、その言葉がわからない。あちらの国の方は、なぜこんなに花と一緒になりたいのでしょうか。花の中に顔が埋もれてしまう写真も写していました。

 

 

 誰が命名したのでしょうか。「天下第一の桜」と。小ぶりでピンクの花を咲かせる「高遠コヒガンザクラ」その色の濃さがお客さんを引き付けるようです。公園には1500本以上植えられているという。

 どこを見てもさくら桜でしたが、今年は、つぼみだけ見て帰られたツアーバスのお客さんが大勢いらしたでしょう。連休の始まる29日までは無理でしょうが、まだしばらくピンクの森が楽しめそうです。

 

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さあ出発だ(2017ネパールno14)

2017-04-23 | アジア

 出発前、ひとりルクラの町を歩いてみました。 

 荷物運びの待機をしている「 ゾッキョ」と背負いあげる荷物の準備をしているポーターのお兄さん。

 登山者が集まっています。「ツーリスト・ポリス」と書かれています。昨日私たちも立ち寄りました。面白いことをするのでした。「カメラとスマホのメーカー名を教えろ」ですって。持ち主の名前は聞かれません。何でだろう。ガイドさんにお聞きしたんですが、私には、よく理解し得ない、紛失したら云々との言葉が返ってくるのでした。ひょっとしたら、すでに私たちの名簿は登録してあるのだろうか。いずれにしても分からん。正面にパリ山、右奥に見えるゲートが、登山道というのか、山奥に暮らす村々への入り口になるのか。はたまた、世界遺産の「サガルマータ国立公園」の入り口になるのか。サガルマータとはネパール語でエベレストを指しているとのこと。 

 

 彼らに優先権あり。こうしてゾッキョやロバとの対面の時間がうれしいのです。一時歩行中止で休息のひと時がえられるからね。

 

 急な道をひどく苦労して昨日行った村がすぐそこ。私たちの歩いた路、そして学校もお寺も見えています。なんだ、この道を来れば楽勝だったのに。苦しんだ昨日は、何だったのか。 

 

 昨日の学校の制服だ。これから次の写真、段々畑のある、あの村の学校に行くのだろうか。 

 

 左に見えている山がルクラで眺めた秀でていた2峰のひとつパリ山かもしれない。ずいぶん近くなったぞ。ところで右に見える山は何っていうのだろうか。 

 ゲストハウスと書いてあります。登山者などが泊まる簡易宿泊所の前に若夫婦。真新しいゆりかごみたいな籠の中の赤ちゃんの撮影も許してくれるのでした。赤ちゃんともどもどうぞお幸せに。 

 

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