1985年パトリック・ユーイングはニックス〜1順目1位指名を受ける。そして期待通り、ルーキー・オブ・ジ・イヤー(新人王)を獲得する。彼はすぐにニックスの大黒柱、NBAのトップセンターへと成長する。80年代後半〜90年代前半はセンターの時代だったが、それはパトリック・ユーイング、デイビッド・ロビンソン、ハキーム・オラジュワンの時代であったということでもあった。ユーイングはニックスを移籍する2シーズン前まで20点、10リバウンド、2ブロック級の活躍を維持していた。NBAの歴史に名を残すすごいセンターであるが、不運にも優勝は出来なかった。ファイナルは最初に1994年に出場するが、オラジュワン率いるロケッツの前に第7戦までもつれ込む熱戦を繰り広げるが、惜しくも敗退。次のファイナルでは自らが怪我をしてしまったのにもかかわらず、ニックスは第8シードから、ファイナルに出場する。ファンはミラクルニックスと呼んだ。だが、ここでもデイビッド・ロビンソン、ティム・ダンカン率いるスパーズに4−2で敗退。彼は思えばファイナルでセンターの時代を共に築き上げていた二人に邪魔をされている。彼は2年後自分からソニックスへと移籍する。ここでは成績はダウンし、チームも優勝どころでなかった。翌年マジックにいくも結果は同じ。彼はスーパー・センターであったが、ロビンソン、オラジュワンとの差(優勝できなかった)は運の差だと自分は思う。彼はとても立派だったとみんなにしってほしい。