ノイバラ山荘

花・猫・短歌・美術な日日

初夏の清春(きよはる)

2017-05-18 13:04:43 | 
みなさま、こんにちは(*^_^*)

涼しい日が続いていますね。
いかがお過ごしですか。

この春は閉じこもっていましたが、
甲府のお友達のお誘いをうけて、
山梨県の清春に行ってまいりました。

清春といえば、佐佐木信綱第一歌集『思草』に
清春の小尾家訪問の歌が8首連作として収載されていますが、
このたび、甲府なぎの会、
代表K谷さんはじめ会員の方の御尽力により
小尾家に訪問かなうこととなりました。

清春の小尾家といえば、保彰さんが
明治時代に書かれた記事でしか知らなかったのですが、
まさかそのご子孫にお目にかかれるとは、
夢のようなお話です。

数年前、信綱の旅、保彰さんが書いた「峡中記」をたどる旅を
K谷さんが企画してくださって、昇仙峡、金桜神社などを巡りましたが、
その時はまさか小尾家と御縁ができるなど、
思いもよらなかったことです。

そのあと、結社で金桜神社に信綱の歌碑を建てることとなり、
三枝昂之さんが研究会誌に「峡中記」の解説を
書いてくださったこともあり、『思草』研究をしていた頃よりも
ずっと小尾家に関心をよせていました。


中央本線鈍行の旅です。
あと10分で甲府、そろそろ山が見えてきました。

 
信綱は初鹿野駅(現・甲斐大和)まで鉄道で行って
峠馬車で笹子峠を越え、勝沼に泊り、
明治36年4月25日の朝、人力車で
保彰さんたちと待ち合わせの笛吹川の堤に行ったようです。


甲府駅でK谷さんがお迎えしてくださいます。


甲府駅前。
2年ぶりです。


わ~い、これに乗っていきます♪
遠足みたい♪


とちゅう、車中より甲斐駒、八ヶ岳をのぞみ、
釜無川の河原にニセアカシアが真白に咲き続くのを見、
桐や藤の咲く武川を抜けて
走ること1時間・・。


清春芸術村
清春という地名は今ではもうないそうです。

白樺派の美術館構想を吉井長三が私財を投じて実現。
清春小学校跡地に昭和50年(1980)より
ラ・リューシュをはじめとして順次建物を建設しました。
(清春白樺美術館は1983年、
白樺図書館2003年、茶室「徹(てつ)」2006年、
光の美術館は2011年に完成)

 
マロニエの木の向こうにある煉瓦づくりの特徴ある建物が
「ラ・リューシュ」。

芸術家のためのアトリエ兼住居。
画家小島善太郎もここに泊りこんで桜の木を描いたのでした

 
ラ・リューシュ右前にザッキンの彫刻。


ラ・リューシュ入り口。入れません。


ピカソの作品が飾ってあります。


内部はこんな感じ。

 
お天気がよくて、ピクニックに来たみたいです♪

  
わ~い、わ~い❤
(走り回っている)


あ、陶芸の窯もあるみたいです。

 
回りは全部桜の大木です。
花の時期はどんなにか綺麗でしょう。


臥龍桜。

 
ツリーハウス? 
と思って近づいたら、茶室でした。

 
普段は入れないようになっています。

 
ラリューシュはエッフェルさんの設計ですが、
これはエッフェル塔の階段とセザールのエッフェル像。


おとぎの国みたい❤

 
美術館に行ってみます。


図書館はお休み。


アカツメクサとオオイヌノフグリとカタバミ。


親指が立ってます。セザールの彫刻。

 
 
美術館正面。おもしろい建物です。

 
右手にレストランが見えます。


振り返ると山がきれい。

  
ルオー展をやっていました。


白樺派はルオーが好きだったのですね。

   
美術館からルオー礼拝堂までは白樺の林。


彫刻点在。

 
白樺に交じって松の木もあります。いい香りです。


ルオー礼拝堂。

 
ドアをあけると・・。

 
内部は天井からの間接光のやわらかな光に満ちています。

 
ドアの上のステンドグラス。

 
パイプオルガンと書見台かしら。

 
敷地の奥に梅原龍三郎のアトリエが移築されています。

 
途中に「小林秀雄の桜」。
土地の選定に彼も関わったらしいです。

 
新宿から移されたアトリエ。

 
中には入れません。

  
周りの緑が映り込んで見辛いですが、
明るく広々としていました。

 
四角いコンクリートの建物、倉庫かとおもったら、
「光の美術館」でした。

         


ラリューシュの一室が資料館になっていました。

 


ミュージアムショップて絵ハガキを買いました。

 
八重桜の花弁が散り敷いていました。

 
藤棚がステキなレストランを見てみよう。

   
いい匂いにゃ~。 

 
白い藤もあります。

 
藤の下にいる幸せ。


小尾保彰さんのお孫さんにあたるかたとここで待ち合わせ・・。
この清春芸術村から小尾家まではずっと小尾家の所有地だったそうです。
(・ω・;A 大地主さんだったのね。

 
昼食は「グリーンヒル八ヶ岳」のレストランで。
もちろん、ここも元は小尾家の土地でした。


室内プールがあるのです。


全体が温室のようです。


フジザクラポークがおススメらしいので、
ノイバラはチャーシュー麺。
とろとろでおいしかったです❤


T中さんのカレーライスは山梨らしくカボチャ入り。


クリームあんみつまでいただき、後で後悔することに・・。


柿若葉がきれい。
小尾家のあたりは柿平という地名だったそうです。

 
小尾家の門。立派です~。

  
門だけで感激して撮りまくり。

 
立派なお宅です。ここに信綱が・・(´;ω;‘)

 
瓦がおしゃれ。


門の奥にまた門があり・・奥の庭に行けるようです。



奥のお庭の九輪草。

 
ピンクやオレンジもあって、珍しいです。

 
前庭には水の流れが引き込んであり、
洗いものなど実用に役立っています。


玄関のお花。

 
お座敷に保彰さんのお写真があります。
生まれは明治10年。
信綱より5歳年下です。

明治36年4月の甲斐の旅だけではなく、
明治38年5月信綱の木曽への旅も保彰さんが同行しました。

この時、まず信綱は小淵沢まで鉄道に乗り、
保彰さんたちと迎えの馬で小尾家まで戻っています。
木曽へは小尾家から出発し、「心の花」に
保彰さんが「木曽紀行」を執筆なさっています。

短歌の研鑽は10余年だったのでしょうか。
その後、大正2年の村議会議員を初めとして
村長、県議会議員も歴任され、
30代後半からは
政治の世界で御活躍だったようです。

 
保彰さんあての信綱の書簡。

 
当主の奥さまの手作りおやつをたっぷりいただきました。

いろいろな資料を見せていただき、
不思議に思っていた保彰さんと信綱の出会いについてもわかりました。
韮山中学校を卒業後、現・国学院大学に通われていたころ、
東京で20代後半の信綱と知り合い、
創刊間もない「心の花」に作品を寄せていたようです。

若手のホープだったのでしょう。
落合直文の天に選ばれたりしています。

 
お座敷の外にも前庭にも、足元にスズランが群れ咲いています。
とてもいい匂いと褒めたら
奥さまが掘り上げて持たせてくださったのです。

 
鉢植えにしました。「小尾家のスズラン」です。


おみやげに大野屋の柏餅や草餅、
手作りのお赤飯やお稲荷さんを持たせてくださったのですが、
夜の帰宅でお腹がすいていたので食べてしまって、
(ああ、おいしかった)
お赤飯しか残っていません・・(´・ω・`)




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