のほほん村村長日記

あみぐるみと菜園と二胡のある暮らし。

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花火と戦争

2005年08月15日 | 世間ばなし
花火が好きだ。毎年夏になると、浴衣を着て花火を見に行く。地元の花
火大会の予定は何よりも優先し、1週間前から部屋に浴衣を掛けてワク
ワクしている。台風で中止になった年は、夏が来た気がしなかった。

中学生の頃、夏休み直前の化学の授業だったか、先生がふとこんな話を
してくれた。子どもの頃、よく空襲があった。空襲警報が発令されて学
校から防空壕へ避難するとき、背後で爆撃音がした。振り返ると、それ
はそれはきれいな火花が空いっぱいに広がっていた。「わぁ、花火だ、
きれいだなー」と、避難するのも忘れて見とれていると、先生に「バカ
ヤロウ、死ぬ気か!」と、殴られながら防空壕に引きずりこまれた。

数年前、ある70代女性とおしゃべりをしていたときのこと。私が花火が
好きだというと、「私は花火が見られないの」と苦い顔をした。あの、
ピューピュー、ドカンという打ち上げ音が、空襲の爆撃音にそっくりで
恐くてたまらない。近くで花火大会のある日は、窓をきっちり閉めて家
にこもっている。戦争当時、彼女は女学生。毎日空に向って竹やりを突
く訓練があった。敵兵が襲ってきたら命がけで戦う覚悟だったという。

ひとりひとりの戦争の記憶に節目も記念日もない。たとえ何十年経とう
が、心の傷はいつまでも残り、疼き続ける。戦後60年。人なら還暦を迎
える年だが、戦争は二度と繰り返したくない。

なぜ平和を願うのか。大それた理由は何もない。ただ私は、おばあちゃ
んになっても浴衣を着て、いそいそと花火を見に出かけたいのだ。
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3 コメント

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忘れることなんて出来ないんでしょうね (べ~なた)
2005-08-15 23:23:32
花火が怖くて見られないというのは

とても悲しいことですね



正直、自分は平和ボケだと思います

でも、ボーっとしていたいんです

馬鹿なことやって遊んでいたいです

くだらないことで笑っていたいです



憎かろうと憎くなかろうと誰かを傷つけることに、

誰かから傷つけられるのをおびえることに

一生懸命になんてなりたくありません



今現在、苦しんでいる人たちが一日も早く

その苦しみから解放されることを願います。
平和ぼけ (だやん)
2005-08-16 09:29:21
平和ぼけってすごくいいことなのではないかな。



世界中の人々が戦争を知らないようになって、戦争と言う言葉が死語になって、世界中が平和ぼけした世界・・・



そういう世界が訪れるようにできることをやっていこうと思う。
平和って (村長)
2005-08-16 13:49:54
べ~なたさん>

地球規模で見れば、戦争は絶えず繰り返されていて、たくさんの罪のない人が今でも閃光や爆音におびえているのですよね。悲しい現実ですが。



花火見て喜べたり、バカなこと言って笑えることって実はすごく大事なことですよね。人は人を傷つけたり殺したりするために生まれてきたんじゃないもの。人を楽しませたり、一緒に遊んだり笑ったりすることこそが、実は平和を守るカギという気がします。



だやんさん>

そうですね、よくエライ人が「今の日本人は平和ボケだ、危機感が足りない」なんて言ってるけど、だまされちゃいかん、と思いますね。戦争は権力者が市民の危機感を煽るところから始まるのだから。

みんなして「ハイ、平和ボケですけど、それが何か?」って言って相手にしなければ、戦争は起こりようがないですよね。



戦争って言葉、ホント死語にしたいです。

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