ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

もういちど流行歌3

2016-10-19 11:01:54 | 日記
甲斐バンドがデビューした頃は、演歌・歌謡曲が全盛で
当時の「フォークロック部門」(笑)
後の「ニューミュージック」系ミュージシャンが
ヒットチャートに食い込むことは
「特異なこと」扱いだったような気がします(苦笑)

「吐きすての歌」でも少し触れましたが
ご自身で詞や曲を書かれ歌われる「シンガー・ソングライター」と
プロの作詞家・作曲家から提供された歌を歌われる歌手の方では
同じ「シンガー」「歌手」とはいえ
歌に対する思いや表現の仕方が全く違うのは当然ですよね

ただ、この「流行歌」シリーズを読んでいると
大ヒットした曲を歌われた歌手の方が
ご自身の代表曲と言われているその曲に対して
複雑な思いを抱いておられたことが次々と紹介されていて
「歌い手」という役割に徹するのは大変なんだなあと…

甲斐さんもカバー曲を歌われたり
他の方にプロデューサーをお任せになって
「シンガーとしての甲斐よしひろ」を見つめ直されたことがあったけど

歌われる曲自体は、ご自身で作られた曲だったり
ご自身でアレンジなさったものだったり
いわゆる「思い入れのない曲」を歌われた訳ではないでしょう

でも、以前にご紹介した【いいじゃないの幸せならば】みたいに
提供された曲を歌われる場合
佐良直美さんが「二股」をかけておられた訳じゃなし(笑)

「いいじゃないの」って心境を全て理解なさっていたとは思えないし
実際、ご自身も「淡々と歌った方が良いと思った」と話されてます

【恋の季節】を歌われたピンキーとキラーズの今陽子さんは
「【恋の季節】より、B面の本格的なボサノバの【つめたい雨】を歌いたかった
なぜ、ソロではなく、おっちゃん達と歌わなきゃなんないのか(笑)と
文句も言ってました」と…

ソロに転向なさった後には「【恋の季節】は歌いたくなかった」と封印
「60代に入り、やっと私の【恋の季節】ですと
自信を持って歌えるようになった」んだとか…

岩崎宏美さんも【聖母たちのララバイ】について
歌唱の難しさ以上に、作詞家の山川啓介さんがおっしゃる
「お父さんの応援歌、子守歌」という意味が「全く判りませんでした」と…

16歳でデビューなさって以来【ロマンス】【思秋期】など
「歌がヒットすると目に見えるものなんだ」と実感されるほど
手応えのあるヒットを飛ばされて来たものの

23歳で出会ったこの曲の「男はみんな傷を負った戦士」とか
「この都会は戦場だから」といった歌詞の意味するものや
「私の命さえ差し出して、あなたを守りたい」という母性も理解出来ず
「とにかく歌に[置いてきぼり]にされないように必死でした」

…と振り返っておられますが
ご自身が「企業戦士」の妻、二人のお子さんの母になられて
「自分の中で歌詞を捉えられるようになりました
今は、母の歌というよりも
[大きな愛の歌]だと考えています」とおっしゃってます

もっとも、田家秀樹さんは「BEATNIK」のコラムに
かつてご一緒に「運動」なさったご友人が
この曲を「闘いの歌」として挙げられた際

「あの歌は小さい子供が、母親に甘えてるのと同じ歌」で
「母親ごときに弱味を見せてたまるかとツッパってみせる闘争心が皆無」

「同じ[戦士]という言葉を使うなら
【冷たい愛情】の中の[戦士]と比較して欲しい
あの傷つき方、あの孤独さは
世界中を敵にまわしてでも…と思ったからこそ言えるのだから」
…と手厳しいご意見を披露されてました(苦笑)

ご自身の境遇や経験と似た内容
もしくは、歌詞に登場する主人公の気持ちに感情移入できるものでないと
なかなか「自分の歌」として歌えないのかも知れません

そういう意味では、役者さんが歌手として歌われることは
理にかなっているというか
その曲の主人公を演じながら歌われてると解釈することも出来ますね

山口百恵さんが、実年齢には合わない大人びた歌詞を歌われても
違和感を覚えなかったのは、そのためかなあと…?

「これっきりですか?そう言いながら
今日も私は波のように抱かれるのでしょう」とか
「坊や、いったい何を教わって来たの?私だって疲れるわ」って
10代女子のセリフじゃないでしょ?(笑)

今回、イチバン興味深かった「流行歌」は【我が良き友よ】
吉田拓郎さんが作詞作曲され、ムッシュかまやつさんが歌われた曲です

かまやつさんが、拓郎さんとコラボなさったのが縁で曲を依頼され
出来上がって来たのが「古き良き時代のバンカラソング」
「[これ俺が歌うの?]と困惑を隠せなかった」とかまやつさん(苦笑)

「幼い頃から洋楽づけで、カントリーやロックを追いかけ
GSサウンズの一翼を担った自分に
ナンでまた演歌や歌謡曲に近い歌なのか?

しかも、歌詞の世界がさっぱり理解できなかった
拓郎さんは、大学の応援団の先輩をモデルにしたらしいけど
東京の真ん中で生まれ育った僕には縁がない
あっさり歌うしかなかった」んだとか…

やはり、理解を越える歌詞になると
皆さんそうせざるを得ないのかなあ?(笑)

が、しかし、この曲は70万枚を売り上げ
「自分で売れると思って売れた試しがない」かまやつさんにとって
最大のヒット曲となったらしい(笑)

でも、美空ひばりさんから
「感情移入がないから良かったのよ」と言われて
「目からウロコでした(笑)
拓郎さんには、プロデュース能力があったんだね」と気づかれたものの

「才能があるならいいけど
感情移入すら出来ない自分には無理」と
この大ヒットの後、演歌・歌謡曲路線に行きかねない事務所から離脱され

「あまり売れないB級であっても
縛られず、自由に好きな音楽を追求する道を選んだ」そうです

甲斐さんは「誰も自分が歌いたいと思うような曲を書いてくれないから
オリジナルを書くようになった」とおっしゃってたけど

もし、どなたかが甲斐さんの「歌いたい」と思われる曲を書かれたら
「歌手」に徹してお歌いになるんでしょうか?(笑)
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