ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

「歌え若者」辺りの小ネタ

2016-11-02 12:42:00 | 日記
この番組の中で、武田鉄矢さんが
「甲斐君はステージ運びが上手い」とおっしゃってましたが

その照和で甲斐さんと同じ「厄日と言われた月曜日」に出演されていた
妙安寺ファミリーバンドの門田一郎さんも

「ステージでは演奏も大事であるが[しゃべり]も大切である
歌っている時には判らない客の反応が見られる
甲斐は歌も[しゃべり]も上手かった」と記されていて

甲斐さんが1回目のステージで3曲しか歌われずに
40分以上も喋っていらした(笑)にも関わらず

「この話の続きは次のステージで…」とおっしゃったことに
「よう、話すことがあるもんたい」と感心なさったらしい(笑)

ポプコンのグランプリを受賞され、プロデビューなさった
西田恭平さんが、再び照和に戻られた際
開演時間になっても、観客が一人も来店せず(汗)

当時の照和の人気バンドのステージをご覧になって
「客を呼ぶためには[しゃべり]で惹きつけなければならない」と痛感され

ステージの半分は[しゃべり]に費やされた結果
「面白い」と評判になり、人が集まるようになられたそうだけど

「僕は落語家じゃない、これからは歌だけで勝負だ」と[しゃべり]を封印
観客はまた減ってしまったらしい(汗)

ステージでの[しゃべり]について
「60〜70年代初頭のフォーク・シンガーがやった[しゃべり]があったじゃない
あれ、物凄くキライなのよ」と甲斐さん(笑)

「曲が終わると余韻をかき消すかのように
[えー、ところで昨日ですね…]ってなるじゃない(笑)
[えー、それでは曲いきます]とかさ

他人がそれやってもいいんだけど
俺は、曲の余韻を匂わせるような[しゃべり]しかやりたくない訳よ
基本的に、曲を書いたり歌うことと同じだから」と話されてます

でも、奥さんによると…アコギツアーを始められてから
「そのMCの後によくその曲が歌えるね(笑)」と
「余韻」や「繋がり」はどうなっちゃったの?(笑)と思うことも…(苦笑)

「MY NAME IS KAI 一人きりの甲斐よしひろ」の時に
「フルバンドだと、曲が始まったら否応なしに歌わなきゃいけないけど

一人だと、自分で弾いて自分で歌い始める訳だから
そのタイミングが難しいんだよね」とおっしゃってたらしいので

ひとつには「その気になる」まで、甲斐さんご自身が
お気持ちを調えるための[しゃべり]だったんじゃないかと…?

考えてみれば、森ノ宮の又聞きレポでは
曲よりMCをご紹介してましたね(苦笑)

もうひとつは「ラジオで身近なことを喋っておくと
ステージは歌の余韻を見せるのでいい訳よ」とのお言葉

「ラジオで[昨日〇〇があった]とか[〇〇はアッタマきた]とか
そういう身近なことを喋って自分を見せていないと

マスコミにもあんまり出ないから
その欲求も少しは満たしてあげなきゃっていう
ある種のサービスの部分もあるよ」と、おっしゃってる通り

近況報告的なMCは、ファンサービスの一面もあれば
まだアコギライブに不慣れだったファンの緊張をほぐそうという
お気遣いもあったのかも知れません

もっとも「【漂泊者】を出した頃は、一番[しゃべり]が短かったもんね
だって、言うことないから(笑)
ラジオで喋ってるし、歌は言い切ってるしさぁ

バッチリ浸透しているなと思ったら、歌だけ歌ってればいいのよ
それが本来のあり方だもの」とも話されてますし
その時時、行く先々で、緩急を自在に操られるのが
「ステージ巧者」なんでしょうね?

余談ですが…甲斐さんが会社勤めをお辞めになって、照和に戻られた頃は
チューリップがデビューを果たした後で
それに続こうとしていた海援隊も、もう照和には出演しておらず

「あの客はどこに行ったの?って暗黒時代みたいな感じ(笑)
それで唯一客が入ってたバンドが[ステージで毎回泣く]っていう
物凄く有り得ない状況だった(笑)

しかも、よく見たら小学校の同級生だった(笑)
そいつは、フォークで、オリジナルも入れながらだったけど
泣き落としで客入れるなんて、もう意味わかんない

ダメでしょ、そんなの?先がないでしょ?
プロフェッショナルの発想じゃないよね

でも当時、僕がそう言ったら
[いいんじゃない?客が入ってるから]とかみんな言ってるんだよ
[お前ら、殺すぞ!]って(笑)」と甲斐さん(笑)
それが、オーディション係になられた理由だそうです(笑)

そうそう!この話と同じ資料に掲載されてたんだけど
甲斐バンドがデビューする時は、事務所もレコード会社も
チューリップと同じだったこともあり
博多の「弟バンド」的扱いになりかけた訳ですが(苦笑)

甲斐さんによると…「そっちのラインは使いたくないと思ってたし
会社もそれは同じだったので、それでディレクターが3人体制になった

逆に言うと、それは全部僕が決めていいってことだったんですよ
それは運が良かったね
僕、曲を直したり、イジられたりしたことは一度もないんです
ずいぶん後になって[えっ?触られるの?みんな]って判った(笑)」らしい

チューリップの【心の旅】なんて
レコーディング当日に、発声練習を終えられた財津和夫さんが
いきなり、姫野さんとリードボーカルを交代させられたり

電話でサビから始めるように指示されたり
突発事態が相次いだみたいですし…(汗)

「でも、自由ということは、全部自分で決めないといけなかったから
それはそれで大変でしたけど…(笑)」と甲斐さん

それって、周りの方々が、人に言われて曲を直したりなんて
絶対に受け入れられない方だと判っていらしたんじゃ…?(笑)
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