ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

FM OH! OTO-BAKA(9/6)その2

2017-09-17 20:17:00 | メディア
「70年代前半は、ソロで活動されていた甲斐よしひろさん
1974年、ついに甲斐バンドを結成
で、翌年にセカンドシングル【裏切りの街角】がヒット

実は、7月26日、この甲斐バンドのベストアルバム
『Best of Rock set かりそめのスウィング』がリリースされているということで
この時間は、90分1本勝負で、アルバムを中心とした内容でお送りしてるんですが…

もう、セカンドシングルがいきなりヒットっていうのは
今のヒットとは、訳違いますよね?」と下埜さん

甲斐さんは「でもね、ちゃんと早めにリリースして、早めに売れないと
早めに終わって行くような時代なんですよ(笑)
つまり、ほら、シングルの時代だから
もう、大体2年くらいで勝負決めとかないと、3年目に入ってくと
タイトルなかなかキビシイ感じの空気になってくような感じでしたね

チューリップも【心の旅】(リリースした時は)3年経って売れなかったら
もうアウチだっていう感じだったのね
それ、知ってたんで『ああ、ナカナカな…』って…
でも、ナンかね、苛酷な時代…
今、考えると、苛酷な時代だったんじゃないかな

だって、例えば【裏切りの街角】が、ベストテン入って行く時
他のアーティストって、ちあきなおみの【喝采】があって
ペドロ&カプリシャスの【五番街のマリーへ】とかあるのよ
そこを、そこを競ってる…どう考えても職業作家だからさ
阿久悠とかさ、ホントに渡り合う、競い合ってるっていうかね」

…と、歌謡曲全盛期を振り返っておられましたが
甲斐バンドが参加…させられた?賞レースで獲得なさった
歌謡大賞、日本有線大賞新人賞の同期には
岩崎宏美さんや細川たかしさんがいらっしゃったんですよねぇ…

もっとも、奥さんによれば…
甲斐さんが、有線大賞新人賞の話をなさる際には必ず!と言っていいくらい
小川順子さんの【夜の訪問者】が登場するんだとか…(笑)

ともあれ…(そんな時代にも関わらず)
「そういう歌番組に出ない、そのカッコ良さ!」と下埜さん
先日の森脇健児さんもそうだったけど
当時の甲斐さんが「テレビ拒否」とか「反逆児」と叩かれていらしたことを
「カッコイイ」と思っておられる方が多いのかなあ?と奥さん(苦笑)

奥さんにとっては、甲斐さんはただ「ステージを大事にしたい」だけなのに
「テレビに出ないヤツは人間じゃない」みたいな扱いをされて(汗)
悔しい思いをした記憶しかないらしいんですが…(苦笑)

甲斐さんは、この放送でも森脇さんにおっしゃったのと同じように
「イヤイヤ、その頃は非難されてましたよ、僕…
テレビに出ないっていうことではなくって、ライブに執着するの
ライブで徹底してやるんだっていうの選んだっていうだけです」と話され

「テレビの方が近道だったりして、結構、楽じゃないですか
それをこうするのは、やっぱり遠回りって感じだったんですけど
ナンかねー、当時ねー、朝の9時半に入るのね…NHKなんですけど(笑)

で、出番が6時半くらいなんだよ
(「リハーサルとか、カメリハ、ドライみたいな?」と訊かれ)
違う違う違う、1回しかやんない、リハーサル…その間、ずーっと待ってる
そいで、2分くらいしか演奏されない
イヤー、これは人生、棒に振ってんな(笑)
…みたいな、それは、すごい思ったね

それで『ヤメない?』って言って…2年くらいは出たんですけど
『ヤメましょー!』ってなって、ライブ徹底して…
まあ、だから最初は、200〜300人くらいかも知んないけど
そこからまあ、僕らの客を獲得して行くっていう感じだったんですよね」
…と、説明なさってました

「照和の時に、僕、ホントはソロで契約…
レコード会社と契約するはずだったんですよ
ほとんどのレコード会社、来たんですけど…
ナンでか?っていうと『ハッピー・フォーク・コンテスト』っていう
全国フォークコンテスト…そこで全国優勝してたんで、ほぼ来たんですけど

で、ここのレコード会社って決めた時に
『イヤ、実はバンド作りたいんだけど…』(笑)
もう既に、そのバンドのスタイル、人間も選んでるし
照和でやってるバンドから、1人ずつ、まあ選んだんですよ

…ということは、おのずと3つのバンドが失くなって行く(笑)
その狭い街のアマチュアシーンの弱肉強食の典型みたいな…(笑)
で、3つのグループが消滅して行くっていうんですか
バニシング・ポイント!(笑)消失点!(笑)

(この辺りで、BGMは【ちんぴら】に…)

だから、早く勝負、ある程度決めて、自分たちのポジション獲得して
バンドもそんな上手くなかったんで、時間を稼ぎたかったんだよ
だからもう絶対、セカンドシングルは売れないとマズイなって
すごい思ってたんですよ」と、最初の話題に見事な着地(笑)

…で、続いて「セカンドシングルがヒットし
次に【かりそめのスウィング】発表されました
これまたタイプが違うと…色んなパターンで攻めて行くと…?」と下埜さん

甲斐さんは「そうね、だからナンで同じタイプをやらないんだ!って感じで…
だから【かりそめのスウィング】…【裏切りの街角】が、80万近く売れて
【かりそめのスウィング】30万だったんですけど、売れたのが…

そしたら、結構、レコード会社とか周りから非難されたんですよ
イヤイヤ、でもさ、足して100万超えてんじゃん!(笑)
その年、100万超えてるんだよ?キビシイ時代だよねー!(笑)
この人達はオカシイなと思ったもん(笑)」とおっしゃると

「【かりそめのスウィング】って、ベストアルバムのタイトルにも付き
なおかつ、新しく録音されている…
特別な曲ってことですか?」との質問…

「イヤ、そうじゃなくて、オリジナルはですね
ウッドベースとフィドルとギターだけなんですけど
非常にジャージーな感じなんですけど
どうしてもドラムのブラシ…ブラシがハタくドラミングの
ベースがもっとカッコ良くなるのになっていうのは
長い間、思ってたんですけど…

だから、ちょうどベストアルバム出すことなったんで
過去の曲、ただ並べるだけじゃ面白くないんで
じゃあ、まず【かりそめ】は、ブラシ入れて、ドラムの…
で、まあ、アンサンブル変えて、歌も歌い直すっていう…

バッチリ、これハマリましたもんね
やっぱり正解だったんだなっていう…
やっぱ、ドラムのブラシって難しいんですよ
当時の僕らの技量からすると、それはちょっと難しかったんで…
というのもあるんですけどね」とお答えになってました

ただ、専門的なことはよく判ってない奥さんは
よりジャージーにするってことは、ジャズっぽいドラムってことでしょ?
ブラッシングって、あんまり大きな音が出ないみたいだし
強一さんに叩いて貰うの、勿体なくない?

…って、まあ、ジャズのドラムはロックとは
スティックの握り方も違うみたいだけど…
でも、ライブのセトリになるんだから、強一さんでないとダメじゃね?(笑)
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FM OH! OTO-BAKA(9/6)その1

2017-09-17 12:48:00 | メディア
これもラテ欄に「甲斐バンドだけで送る90分」と載っていた番組で
「ゲストは甲斐よしひろさん かかる曲は甲斐バンドだけ」という
「夢のような番組だね(笑)」と奥さん(笑)

18時になった途端に【感触】がフルで流れて
DJの下埜正太さんいわく…一つのテーマで綴る90分
今日は甲斐バンドで行きましょう!

1979年の曲です「本気」と書いて「マジ」と読む
こちらは「感触」と書いて「タッチ」と読む
甲斐バンド【感触】…と追っかけ曲紹介があり(笑)

「今日は、甲斐よしひろさんとのインタビューを
たっぷりお届けしたいと思います
私、今回初めてお会いしました!甲斐よしひろさん
まあ、九州の大先輩でもありますし
非常に緊張感持ってインタビューさせて頂いたんですけども

非常にねぇ、穏やかで、サービス精神が旺盛で
楽しいインタビューになったと自負しておりますんで
是非とも、この後のロングインタビュー期待して下さい
この後、7時半まで、バカになれー!」とおっしゃると

2曲目【きんぽうげ】が流れ始め
後奏になったところで…「この曲、曲の中で2回の転調ありましたね
上がってんの?下がってんの?ハッキリしましょうね(笑)

捉えどころない女と振り回される男を表現してる1曲
甲斐バンド【きんぽうげ】でした」と下埜さん
奥さんは「甲斐さんご自慢の転調なのに…(笑)」と…(苦笑)

ここから「ロングインタビューPart1」がスタート♪
「今日は、ずーっと甲斐バンド
ずーっと甲斐よしひろさんの曲がかかっています
この時間、この方がスタジオにご登場下さいました!甲斐よしひろさんです!」

…番組開始から12分後、【地下室のメロディ】をバックに
「どーも、こんばんは!よろしくお願いします」と甲斐さん

「この番組『OTO-BAKA』という番組名ついておりまして
毎日一つのテーマに則って、音にこだわってお送りしてるんです」との説明を受けられ

「あ、そういうことね、なるほど…その『バカ』ですね
『空手バカ一代』のバカですね」と納得なさったようでしたが

かつて、甲斐さんはサンストで…
「『音楽家たるもの、音楽以外のことは知らなくていい』
…なんていう音楽バカがいるんだわ、そりゃおかしい

俺は、何の仕事してる人でもそうだと思うんだけど
サラリーマンやってるなら、サラリーマンという仕事を
『武器』『道具』『手段』として扱ってけ、って言いたいわけ

もちろん、てめえの選んだ仕事として関わってる訳だから
そのことに関しては、エキスパートであり
プロフェッショナルでなくてはならないけども

自分を作り上げてく手段としての仕事
だから、ロッカーがロックバカだけでいい、なんてことは有り得ない
ハッキリ言って、それは甘えだからね」と、おっしゃってたみたいだし…(笑)

ま、それはさておき…
「甲斐さん、当然、音楽において良い意味でバカって判るんですけど(笑)
プライベートで、ご自身『何バカ』だと思われます?」という質問に

「僕、あのナンか『なんとか党』とかいう、一途な感じって
あんまり、ちょっと苦手なんで…
僕、ムダなことは沢山しますけど、収集グセもないんですよ
物欲なく、着ウマもない…ほどほどの性欲ですかね(笑)
ナンか収集グセも、だから、そういう意味じゃ全然ないんで…

あの…あれですよ、音楽以外のことにいっぱい興味があるんで
音楽は、ホラ、自分が好きでやってるし、仕事になって行ったんで
意外と、その音楽を続けるためには
音楽以外のことに目を向けた方が良いだろうなっていうことは
もう、ナンか20代前半から、カンであったんですよ

だから、元々、ノベルっていうか、小説はもう小学校から…
活字中毒なんで、ま、見るとして
映画ももう物心ついた時から、延々観てたんで…

映画は、ホラ、世界には色んな生き方があって、色んな暮らしぶりがあって
色んな人達の様々な愛情の形があってっていう風に
ものすごい勉強になるっていうか、ナンか良いじゃないですか
あ、こんな生き方があるんだっていうのが判りやすいんで…それ以外も…

大体、僕、元々、音楽で食うような羽目に陥ると思わなかったんですよね(笑)
俺は、超、昔からレコード聴くのが好きで、買ったりして…
ウチの兄弟もみんな買ってたんで

そういう中、ヘビーリスナーとか、ヘビーユーザーの人って
なかなかプロにならないじゃないですか
それがナンか、やる方になっちゃったんで、うーん…って感じなんですけど

やる側に回ったのが、高校の2年くらいの時にバンド組んでたんですよ
で、ナンか、青く、痩せた、細い音楽やってたんですけど
それが、まさかプロになるとはね…思わなかったね」と答えておられましたが

確かに、以前のインタビューでも
「僕、元々、過剰なレコードマニアの人間が
挙げ句にプロになってるってパターンでしょ
ディランとかストーンズとか、キンクスとか聴いてた人間が

自分がホントに聴きたい曲は
やっぱり(他人は)書いてくれないんだということが判って
自分が聴きたい曲を自分で書こうみたいな発想から
音楽やり始めてるっていうところもあるから…

普通は、聴いたり収集したりする音楽マニアが
プレイする方に向かうのは、相当少ないはずなんですよ
聴いてすぐプレイしたいって思う人の方が多いんです」とおっしゃってました

例の右用のギターを左で覚えてしまったことに気づかれた時に
「ま、いいか…プロになる訳じゃなし」と、そのままになさっていたことが
今や、NHKのトークネタになっておられるんですもんね(笑)

ともあれ…下埜さんが「福岡はもちろん
九州中の(アマチュア・ミュージシャンが)
照和に行く…みたいな伝説は聞いたことが…」と話されると
「九州中って言っても、ほとんど他の県の人は
(オーディションで)落とされてましたよね(笑)」と甲斐さん

「そこは、ナカナカね、意外と意外と残酷な感じで…(笑)
だって、福岡の中、大学生がひしめいてんだもんね
ま、高校生もそうですけど…僕ら、高校の時に
偶然、やれることになったんですけど
イヤ、ナンかね、1回、オーディション代わりみたいな感じで…

(照和で演奏なさったら)
『良かったら…高校生だっけ?』って言われて『そうです』
『じゃ、日曜日空いてるよね?』『ええ』
『じゃ、来週から来て』みたいな、そんな感じだったんですよ、最初は…

まだ、伝説でも何でもなかったし…
チューリップがいて、プロになって…海援隊もいたんですけど
それから1年くらいで、海援隊もプロになって行ったり…
そこからくらいだよね、ナンか青田刈り的な…」と振り返られた辺りで

BGMが【地下室のメロディ】から【HERO】に変わり…次回に続きます(笑)
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