ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

情報ライブ「ミヤネ屋」(8/31)

2017-09-06 18:22:00 | メディア
甲斐さんの大阪キャンペーン最後は「ミヤネ屋」ご出演♪

我が家では「こんちわコンちゃん…」の放送開始と同時に
甲斐さんが登場されることになっていたので
その後すぐに帰京なさらないといけないのか?
それとも、同じMBSの「ちちんぷいぷい」に出演されるんじゃないか?

…と話していたんだけど「ミヤネ屋」にご出演と知って
汐留の日テレに15時半って、間に合うの?と心配していたら
甲斐友さんが「読売テレビから放送してる」と…(笑)

新幹線ホームでお見送りしようか?と迷っていた奥さんいわく…
それじゃあ、松藤さんのお出迎えになっちゃうね(笑)

ともあれ…「ミヤネ屋」の放送開始から約1時間半…
15時32分に「さあ、続いては、スゴイ方が来て下さいました!」と宮根誠司さん

画面には「1983年8月7日」の文字が打ち出され
BIG GIGの映像と共に「約3万人を動員」
「日本のロック史に金字塔を打ち立てた甲斐よしひろ」とのナレーションが流れ

「1974年、甲斐バンド結成
【裏切りの街角】でスターダムにのしあがり
【HERO】【安奈】とビッグヒットを連発
1970年代を代表するロックバンドに…
」というプロフィール紹介の後

スタジオのカメラ映像に切り替わり
「…ということで、甲斐よしひろさんです!」と甲斐さんご登場♪
宮根さんは「【HERO】のポスター…セイコーでしたよね?
貼ってましたよ、部屋に…毎日聴いてましたよ」とおっしゃってましたが

奥さんは開口一番、博多から始まり、名古屋、大阪とキャンペーンの間ずっと
「甲斐さん、着た切りスズメだし
参観日用のメガネじゃないし…」と…(苦笑)
あのメガネは「老けて見えるからイヤ!」らしい(汗)

宮根さんと甲斐さんの間にあるモニターにも、簡単なプロフが映っていて
「1974年 伝説のバンド 甲斐バンド結成」
「その時のキャッチフレーズが『九州最後のスーパースター』」
「1975年 【裏切りの街角】が大ヒット」と読み上げられ

宮根さんが「今、流れてますけど
とっても頭に残る独特のメロディですよね?」とおっしゃると
甲斐さんは「はあぁ…これ、とにかく早く売れないと…って
バンド、大体2年くらい存続する内に
早く売っとかないとマズイんで…」と…

「じゃ、追い詰められて?」「まあ、そうですね」と答えておられましたが
デビュー曲【バス通り】で付いてしまったイメージを払拭するために
悩みに悩まれてお作りになったんですよね?

もっとも、そのおかげで「ブラックでアーシー」という
バンドイメージが確立された訳ですけど
当時、弱冠21〜22歳の青年が考えられたのかと思うと
改めて、甲斐さんの「セルフ・プロデュース」力ってスゴイんだなあと…

続いて…「甲斐さんには様々な伝説とか逸話があるんで
それを検証して行きましょう」とのことで「真夏の『甲斐談』」が始まり

モニターに映し出された「甲斐談その1」は
「『太陽にほえろ!』に誘われていた!?」という文字と
プロデューサー巻きの男性に腕を引っ張られている甲斐さん?(笑)のイラスト

プロデューサーの後ろには「太陽にほえろ!」の「ボス」と「ジーパン刑事」
そして誰か判らない刑事役の方のイラストも…(笑)

「これ、ホントなんですか?」との質問に
「ホントです、ホントです」と甲斐さん
「刑事、出てくれ!と?」「そうです、そうです」
「その時のプロデューサーですか?」と訊かれて

「清水さんって『熱中時代』とか『前略、おふくろ様』とか全部やってた
その人から、2ヶ月か3ヶ月、延々つきまとわれて…
(ツアーで)行く先々、全部いるんですよ」とお答えになり

「これ、出られたんですか?」には
「イヤ、僕、丁重にお断りして…
『イヤイヤ、僕、タッパ低いですよ』って言ったら
『お前、テレビ、バカにするな』って言われましたけどね(笑)」と
皆さまお馴染みのエピソードも披露(笑)

でも、その清水さんに連れられて
初めて、蜷川さんの舞台をご覧になったんですよね?

宮根さんが「甲斐さんを諦めた清水プロデューサーは
誰か代わり入れたんですか?」と質問され
甲斐さんが「イヤ、その後に、だから世良くんになったとか
そういう感じなんじゃないですかね」とおっしゃった途端

甲斐さんの後ろのパネラー席から
「あの頃、甲斐さんだったら、絶対…」と
梅沢富美男さんが参加されて来て(笑)
宮根さんも「異質な感じで…」と相槌を打っていらしたけど
奥さんいわく…きっとドキドキして観れなかったよ(笑)

「真夏の『甲斐談』その2」は「浜田省吾と不仲!?」説が取り上げられ
宮根さんが「これは一時、話題になりましたね
浜田省吾さんと仲悪いんちゃう?って
我々ファンの間で(話)してましたけど…」とおっしゃると

甲斐さんは「えっ!ホントにそうなんですか?ええーっ!」と驚かれ
「そんなことないですよ
【安奈】の時に…レコーディングしてる時に
浜田くんと食事に行こうってなってて
彼がスタジオに迎えに来てくれたんですよ

レコーディングが延びて、テイク2録ってる時に
ああ、生ギターいないなって思って
ちょっと見たら(と顔を覗かせる身振り)浜田くんいるんで(笑)
『ちょっと生ギターやってくれない?』って
彼が生ギターやってくれた」と話されると

「【安奈】の!?レコーディングの生ギター!?」と宮根さん
「そう、ずっとバックで弾いてて…」とギターを弾く身振りの甲斐さんに
「あれ、浜田省吾さんなんですか?
ある意味、値打ちあるじゃないですか!」
…って、ある意味?失礼なコメント(苦笑)

「じゃあ、めちゃくちゃ仲いいじゃないですか」と言われ
甲斐さんが「そう、その後だって、一緒に食事行って
『ゴメン、ギャラないから奢る』って言って…」と説明なさってるトコへ

「ノーギャラですか!?」と梅沢さん再び…(笑)
甲斐さんはパネラー席の方へ向き直られ
「たまたま、食事に行こうってなってたんで…」と言い訳?(笑)

すると、急に宮根さんいわく…
甲斐さんとスポーツクラブでよくお会いしてるんで
挨拶に行かなきゃいけないって、何回もあったんですけど
2人共、全裸か半裸なんで…両方共「ご開帳」の…(笑)
挨拶できないんで、苦しい思いをしてたんですよ

甲斐さんも宮根さんに気づいておられたんでしょう
「全裸か半裸」で大笑いなさってました(笑)

ここで一旦、CMが入って
いよいよ「レジェンド甲斐よしひろが、あの名曲を披露」
…が、CMに入る直前、スタジオの見学者(多分?スタッフ)の方へ
宮根さんが「来すぎや!みんな、仕事せー!」と…(笑)

CM明けは、松藤さんがギターを弾かれる手元のアップから
「ミヤネ屋スペシャル・バージョン」の【安奈】が始まり…
生ギター1本のアコギスタイルとあって
時折「タメ」を入れながら歌われる甲斐さんに
あ・うんの呼吸で演奏される松藤さん

甲斐さんは2コーラス目にスタンドからマイクを抜かれ
ラストのサビ前には、松藤さんとアイコンタクトで
タイミングを合わせておられました

「これ、カラオケ行ったら、絶対歌うんですけど
甲斐さんは、お得意のカラオケの歌があるんですか?」と宮根さん

甲斐さんは「いえ、そんなにないんですけど…言います?」と
今度は宮根さんとアイコンタクト(笑)
「言って下さい」と促され「【夢芝居】とかね」とお答えになると
梅沢さんが、ご自身のお顔を指差されてニッコリ(笑)

「好きですよ、ホントに…」という甲斐さんの言葉は
社交辞令ではないですよね?
かつてサンストのカラオケ大会でも、お歌いになってたことですし…(笑)

ただ、その後に宮根さんが「甲斐さん、もし良かったら…
1曲しかヒット曲ないんでね…
あればっかりですもんね?」と梅沢さんに振られ

梅沢さんも「36年、あれ1曲だけなんですよ」とおっしゃってたのは
新曲のオファーだったんでしょうか?(笑)
まあ、甲斐さんは梅沢さんの方に向かって
何度も頭を下げておられたけど…(笑)

それはともかく…「さあ、ということで
9月から全国各地でコンサートツアーが行われます」との紹介と共に
画面には「3年ぶりの全国ツアー」とクレジットされ
「もう、これはヒット曲だらけということですね?」という言葉に続き
「10年ぶりのベストアルバム」が映り

「私も見せて頂きました『キイハンター』【非情のライセンス】!」で
PVが流れ始めると、今にもCMが入りそうなタイミングにも関わらず

「これ、ただ過去の曲、バーッと並べるベストじゃツマンナイんで
カバー曲を…ずっとやりたかったんで…」と甲斐さん

「3月に録音、ミックス終わって
6月、NYに行ってたら、野際さんの訃報が…
残念だったんですけど…」まで言い終えられました(笑)

でも、松藤さんの方に手を差しのべられたのに
とうとう最後まで、宮根さんが触れて下さらなかったのが残念…(汗)
奥さんは「甲斐バンドのメンバーなのに…
多分?このためだけに大阪まで来られたのに…」とご立腹でした(汗)
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