ノグリの穴

映画をのぞいたら、プイプイっときた。

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THE 有頂天ホテル

2010-02-03 14:21:07 | Weblog
鬼は外、福は内。。。ですね。

外にいった、鬼。。。どうするんでしょうね?

何処、いくんでしょ?

野良化、する?

野良鬼。

外には、出てった鬼が、明日から、うようよ、いっぱいいますから、

気をつけましょうね。

なんなら、かわいそうだと、お思いなら、飼ってみてはいかがでしょうか?

ノグリの家で?

ノグリの家はペット禁止なので。。。

などと、「望みが絶える先生」ネタです。

朝から調子も良くなくて、一日鬼の面をかぶり、全裸で、オ○ニー。
テレビをザッピング。

野良化しそうですね。

野良ノグリ。

人は鬼にもなるし、畜生にも、ブスにも、最低にも、なれるんですね。

だからって、外に出ない訳には行かないです。

鬼、畜生、ブス、最低の反対にも、なれるんだって、信頼を持つことですね。

外に信頼を持てなくても、内に信頼を持たなくっちゃね。

でも、持てない時もあるんです。

何かを待ってる人は、力を持っていないのではなく、
自分の力を、内を信頼してないのかな?(それは自分)

ああ、嫌な話の流れになってきましたね。

新興宗教くさいですよ。

信頼されなくなっちゃいますよ。

でもね、言わせて下さいねー

今年も何とか、年を越せて、ここまで生きてこられたんですよ。

けど、鬼がいっぱいです。

福は待っても、探しても、鬼に食われるだけ、

福の面をつけた、鬼が来るだけです。

大切なのは、「自分自身に対する信頼」を持つこと、維持すること。

プライドとか、自尊心、自負心とも、ニュアンスが違うんだけれど、
その大切なことをする、日々でありたいなと、思う訳です。

気づけば、ヨウが仕事から、帰ってきたではありませんか。

手作り太巻きを丸かじりながら、
ヨウが昨日作ったぶり大根をつつきつつ、
太巻きロールをデザートにカフェオレをすすり、
「さよなら某先生」のアニメDVDをふたりで、見て過ごしましたよ。
節分の夜。
見終わると、ぐったり、しました。

ノー残業デー&休みです。

世の中、「つぶやき」が多くなっていますが、ノグリは、ブログ。

前回、一年ぶりの、ぶり大根でしたが、一週間もたたない内の、太巻きです。

密かに今年は、豆に、年の数だけでも、更新をしよう、映画もみようと、
決意はしている、いたんですがね。。。。

鬼は外!!!って感じ。すでに鬼が内にいます。

更新さぼりの、めんどい鬼が。

てか、なんの為?

まあ、満たされないんですかね。いろいろ。

休みが二日以上の時は、ネタがなくても、映画はみて、更新したいです。

て、いうか、なんの為?

みんな、何の為につぶやいてんの?

なんの為でしょうか?

自分自身に対する信頼を持つ為、維持する為です。

たぶん、書いて、鬼は外、福は内を、したいんですよ。

【THE 有頂天ホテル】2010.2.3
 脚本と監督:三谷幸喜 (2006)

「糸色望先生」と一緒に借りてきたヤツ、何で借りて、のぞいたのかな?
たぶん、前回の【1980】の監督のバンドが「有頂天」って、言うのとか、
部屋の片付けしていたら、前買った「一流ホテルのつくり方 (エイムック 1686) 」の本を
見てしまったとか、そんな理由。

別に三谷ファンとかでは、ありません。

と、わざわざ、ファンではないと書くあたり、
自分の中に鬼がいるんでしょうね。

もちろん、面白いです。三谷作品ですもの~
某国営放送の人形劇も録画してますよ。

一話見て、たまってるけど。(鬼)

「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために。」ですか?

この映画も、そういうのに通じますよね~

出演者もすごいです。
そして、上手いです。

ホテルのスイートルーム名が、【グランドホテル】の出演者名になってると、
ホテルの副支配人役の役所広司が説明がしていましたが、
当然、そのあたりのお勉強と、面白くする努力は惜しんでいません。

良質です。

でも、三谷映画をわざわざ見に行く気にならないんですよ~(鬼)

面白そうだな、見たいなと、思うんですけどね。

ドラマや舞台と違って、今見なくたって、
フジテレビでその内やるだろうって、思っているからでしょうかね。

だったら、ジブリアニメだって、日テレでやるし。
でも、そっちは、行ってますね。

面白いんですよ、三谷映画。みなさん、行って下さい。

でも、自分は行ったことがないんですね~

自分自身が信頼できないわ~

鬼は外!福は内!

何にしても、客が入るのが大変なように、福が内に来るのはも、大変ですね。

また今度。

ジンジャーエール!!!(@三谷)
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1980

2010-01-29 04:21:06 | Weblog
サリンジャーが死にましたね。

何か思い入れがあるの?と聞かれれば、「ない」という方に近いんですけど。。。

いやいや、人の死をね、軽々しく、こんな場末のブログに書くのも、
大変不謹慎なんで、なんというか、「炎上」ですか?

したりとか、やですし、「そうか、死んでしまったのか…」と、
心は沈む、感じはあります。ほんと。ほんとにです。ですから。。。

許してくれますよね?

隠遁生活を送っているってことは聞いたことがあるんで、
そんな一面だけをとって、
心のタモリが「うらやましいなあ~印税生活!理想!」とかって、
テレフォンショッキングな、となりのサリンに語りかけてたんですよ。

となりのサリンって、ちょっと、アウトかしら?

サリンって、もちろんJ・D・サリンジャーのことですからね。

誤解、、、してないわよね?

サリン、死んだって聞いて、えぇ~、あぁ~、生きてたんだあ~、

91歳か~

一応、同じ今を、サリンが死ぬ前までは、生きてたんだあ~って。

だから?

どうでもいいでしょう?あんたには。(誰?)

たしかに。

でも、少しは「かすった」んですよ~小説「ライ麦畑でつかまえて」

自分はスタイルに本を買って読もうとしてたんで、期待していたぶん、正直、途中まで読んで、

何これ、かす?

って、思ってそのままにしていんだけれど、

小学校六年生頃から休みがちになり、

中学は30日出席しただけ、
高校にも行けず、働きもせず、してた時、

本を処分しようと、その前に読みきったら、かすったね。

奴さん。

奴さん、かっこいいですよ~「キャッチャー・イン・ザ・ライ」

病でした、ライの!(ちょっと・・・)

あまりにも有名ですけど、

僕がドアを閉めて、居間のほうへ歩きかけたとき、先生は僕に向かってなんとかとどなったけど、僕にははっきり聞きとれなかった。きっと「幸運を祈るよ!」ってどなったんじゃないかと思うんだが、そうあってほしくないんだな、僕は。絶対にそうであってほしくない。「幸運を祈るよ!」なんて、僕なら誰にだって言うもんか。ひどい言葉じゃないか、考えてみれば。

『ライ麦畑でつかまえて』  J.D.サリンジャー 野崎孝=訳

・・・そういうこと。

かっこいいなあ~

別に、このブログ、キャッチャーの文体をマネしてるわけじゃないですよ。

ぽい?

そうあってほしくないんだな、僕は。絶対にそうであってほしくない。

だって、不謹慎じゃないか、考えてみれば。

ただね、今、この時を、生きていますよ。

って、時事ネタをまじえて、記したかったんですよ。

ノグりは生きていますよ~

ってね。

 東京・秋葉原の無差別殺傷事件の初公判がありましたね。
被告(27)は被害者に手紙を出しているそうです。
「罪は万死に値する。当然死刑になると考えます。どうせ死刑だと開き直るのではなく、すべてを説明したい」
などと書かれていたようです。

【1980】2010.1.28
監督・脚本 : ケラリーノ・サンドロヴィッチ (2003)

HDDに録画したままだったやつ。消去する前に、と見たんです。
はじめ、岡崎京子のマンガ『東京ガールズブラボー』のキャラまじり、
犬山のび太みたいなのが出てきたので、原作なのかと思ったら、違ってた。
(Special Thanks:岡崎京子とはエンディングクレジットに出てたけど)

後、30分くらい気付かなかった。聖子ちゃんカットの蒼井優。
なんか、一番、80年ぽかったです。演技が。

いや~、好きな、掟ポルシェや忌野清志郎も特別出演してるじゃないですか~

のぞいた後、かすったか?と聞かれれば、「ない」という方に近いんですけど。。。

演劇っぽいなあと思ったら、 ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督、
演劇の人かなと思って、ウィキペディア(Wikipedia)見たら、
演劇はもちろん、ミュージシャンでもあるし、ナゴムレコードを立ち上げたり、
才能人なんですね。

得意な事があった事  今じゃもう忘れてるのは
それを自分より 得意な誰かが居たから

ずっと前から解ってた 自分のための世界じゃない
問題ないでしょう 一人くらい 寝てたって

生活は平凡です 平凡でも困難です
星の隅で 継続中です
声援なんて皆無です 脚光なんて尚更です
期待されるような命じゃない

唇から 零れ落ちた ラララ
ほんの少しだけ 大気を揺らした ラララ
とても 小さな声 唯一人が聴いた唄 ラララ

大切な夢があった事 今じゃもう忘れたいのは
それを本当に叶えても 金にならないから

痛いって程解ってた 自分のためのあなたじゃない
問題無いでしょう 一人くらい 消えたって

ファンだったミュージシャン 新譜 暇潰し
売れてからは もうどうでもいい
はいはい全部綺麗事 こんなの信じてたなんて
死にたくなるよ なるだけだけど

その喉から 溢れ出した ラララ
ほんの少しだけ 温度を上げた ラララ
とても 短い距離 その耳まで泳ぐ唄 ラララ

隣人は立派 将来有望 才能人
そんな奴がさぁ 頑張れってさぁ
怠けて見えたかい そう聞いたら頷くかい
死にたくなるよ 生きていたいよ

世界のための自分じゃない 誰かのための自分じゃない
得意な事があった事 大切な夢があった事

僕らは皆解ってた 自分のために歌われた唄など無い
問題無いでしょう

唇から 零れ落ちた ラララ
その喉から 溢れ出した ラララ
とても 愛しい距離 その耳だけ目指す唄 ラララ

僕が歌う 僕のための ラララ
君が歌う 君のための ラララ
いつか 大きな声 唯一人のための唄 ラララ

『才悩人応援歌』  BUMP OF CHICKEN

映画の話はもちろん、1980年。
ジョン・レノンが銃殺された次の日から年明けまでなんですね。

そういえば、ジョンを殺害したマーク・チャップマンの愛読書は、

「ライ麦畑でつかまえて」でしたね。

おお、つながった!

また今度。
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インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国

2009-01-12 08:57:37 | Weblog
新年あけましておめでとう御座います。
ならびに御成人された方々もおめでとう御座います。

モ○バーガーで国産肉100%ハンバーガーで朝食をしようと出掛けたら、店が開いてなくって、帰ってきたノグリです。
ついでにブログにも帰ってきました。
死んでません。
現実的に生きています。

今年はやるぞー!といきこんで、たのまれてもいないのに、生き急いでいるんですが、
にもかかわらず、ブログの新年の挨拶は12日。
いいよ、いいよ、年賀状の販売は15日までやってるらしいしね、
年賀郵便お年玉くじも25日に遅れてるしね、いつのまにかだね、民営化してから?
いいの、いいの。
休みだしね、今年に入って初めての休みだし。
元旦から仕事だったんだけどね。今年は大丈夫だったよ。
何がって、死にたくなるんだよね。クリスマスとか、年越しとかに、気持ちが。

拍手したいね。この辺まで今年も過ぎると、大丈夫そうだ。
年取ったよ。やったね。
生きてた。生きてたよ!

昨年も同じく元旦仕事始めで、結構しあわせな年だったので、
高をくくって、年越しも全然準備していなかったんだよ、心の準備。
えらいめにあったね。
そういえば…
年末年始にゴミ収集が来ないから、カラスが収集場所でやりたい放題で、
ぶっ殺して書初めにしたんだった。
何百匹のカラスを、壁や道路や家々の窓ガラスに、叩きつけて、カラスの黒と朱色の墨で、
「おめでとう」「死ね」「おめでとう」「死ね」
って、書初めをしたんだよね。
「謹賀新年」「死ね」

謹賀って文字は叩きつけられたカラスにぴたりとはまったんだ。

で、やってから、気づいた。
カラスにお正月はないんだって。
年末年始関係なく、生きる為に、ゴミをあさっているんだってね。
生きる、ためだよ。
ねぇ、あさってをむいてるあそうさん。知ってる?

今年はやる気満々で本当の仕事に出掛けたよ。
非現実的には
行く男来る男会う男すれ違う男、すべての男に対して「出来るか?」って
自分自身に問いかけて過ごしてたんだ。
まだ元旦は人が少なくて、品定めにも余裕があったんだけど、
出来る、出来ない、出来る、出来ない。
2日になると、初売りとかで、人が多すぎて、ジャッチ出来なかったな。
誰でもいいようにして、以外と出来る人は少ないもんだよ。
出来る人は、だいたい連れがいるか、左手薬指に指輪をしてたな。

今年の目標~

やりたいです。

【インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国】2009.1.11
 Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull


そのやりたい気持ちと引き換えに手にしていると思っている、しあわせのようなもの。
それが、今のノグリにとって、ヨウと過ごす時間。

久しぶりにDVDレンタルして、一緒に見ました。

2人ともインディ4を映画館で見てなくって。
2人ともインディが好きなんだけどさ、
全然出来る1・2・3のインディだけど、
4のインディとは出来るかしら?って、年取りすぎじゃないかしら?って、
のぞいたのね。

「なんか、御老体に鞭打って頑張ってるね、ハリソン・フォード。」
「展開早いし、でも読めちゃうね展開。」
「なんか、ここまでいくと、終わりって感じだね。」

と、散々な毒を吐きながら、まあ結構楽しんだよ。

出来る出来ないより、あっちもこっちも年を取ってしまったんだと感じた。

非現実的終わりの後に現実的しあわせで幕。

「アメリカは何を考えているのかな?」
ヨウの言葉がしみる。
「じゃあ、【ダークナイト】を次見る?」
ノグリが聞く。
「見ない。」(即答)

そういえば、
「【インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国】が2008年において米国以外の世界興行収入が1位となっていること」を受けての【ダークナイト】も見る?っていう、ノグリ発言だったんだけど、
いまいち、ヨウには伝わってなかったようだ。

米国以外…か。

米国は何を考えているのかな?

ヨウは何を考えているのかな?

ノグリは、ナニを考えてるよ。
何って言ったら、ナニでしょう!

みんな、ナニを考えてる!?

それは、生きる為。
それは、死と生の為の大切なこと。

みんな、やりたいんだと思う。

また今度。
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二十才の微熱

2008-08-18 00:41:20 | Weblog
立ち込めだした霧は君を
捜す僕の感を鈍らせる
終わった後でもう二度と
無駄な争いはしないと誓うのに

誰れかに頼まれた訳じゃなく
二人で暮らそうと決めた
場所から君か僕のどちらかが
もう何度も飛び出していった

あの明るい場所は横浜球場
ナイトゲームの照明が霧を照らし
膨らんだ光がまるで着陸した
巨大な宇宙船みたいに見えるから

まるで君が何処かずっと遠くに
さらわれていくような気がした
霧が晴れていくのと一緒に
君を失うなんてやだよ
                 槇原敬之『The Fog』

復活っと、言った方がいいかもしれません。
このブログ、止まるつもりも、止めるつもりも、なかったのですが、
傍(はた)からみれば、全然動いていませんでした。

バベル
ヨコハマメリー
プレステージ
明日、君がいない。
マキシモは花ざかり
ゴー!ゴー!Gボーイズ!
Water
ドリームガールズ
翔んだカップル
ラターデイズ
マニラ・デイドリーム
サマー・ストーム
マッパな俺たち~メイキング・オブ・レジェンド
20センチ!
グランド・ショウ 1946年
嫌われ松子の一生
セキ☆ララ

などなど、

映画はのぞいていましたが、投稿はしないままでした。

忙しいかったです。
そして、今も、忙しく、これを書いている暇で別のこと、
やらないとなってなことをおもっているのだけれど。

それで、いいのか?


それで、いいの?


それで、

ねぇ、いろいろあったけど。

それで。

何も言わなくても、わかってもらえただけ、
しあわせなんじゃない。

それで?

誤解されてるアンタが悪いんじゃない。

それで?


それで、それで、それで、それで、それで、それで、それで、それで、それで、

それで?

【それ-で】〔接続〕
①それだから。そういうわけで。
②そのようにして。そして。
              <広辞苑より>

なにかあったわけじゃ、ないですよ。
少しずつ、なにかが、変わっていっただけのこと。

別れた?
いえ、別れてないですよ。
しあわせです。

でも、自分の何かをわかって、きいて、くれる、人は、

いません。

自分はどうしようもなく、俗物で、
そんなこと、わかっていたけれど、

それで?

ついていけなくて、
ついていかなくても、すすんでいて、
おいつこうとしなくても、
おいかけてくるし。
言ったことをわかってもらいたいが、
言ったところで、ますます、わかってもらえない。

愚痴っても、
どうでも、いいこと。
気持ちが悪いくらい、気持ちが出ている。

それで?

感謝してる、いや、傲慢だろ。
でも、謙虚すぎるのも、駄目だし、迷惑だろ。
であったら?

で、あった、ら?

出、会った、ら?

誰に?

誰もいないよ。

自分で自分を生きるのは、逝ききるのも、
難しく、つらく、さびしく、

さびしく、

さびしく、

さびしく、

このまま、

このまま、

子の、ママ、

続いて逝くんだろうか?

それで?

鬱でもないです。

やばい宗教も、

薬も、

セックスも、

していません。(おいおい。)

音楽も本も映画も、

届きません。

それで?

それ、



で?



もう、

もう?



いいです。



もういいです。


【二十才の微熱】2008.8.17
監督:橋口亮輔 出演:袴田吉彦 遠藤雅 片岡礼子 (1993)

なんで、また、今頃。
今は、【ぐるりのこと。】でしょ?

いや、ここは、ノグリの穴ですから!

出かけ先でスーパーによったら、その中のCD屋が閉店するとかで、
半額になってたのね、DVDも。
それで、衝動買い。

この映画、何度も見ています。

セリフが、台詞回しが、映画の会話が、心地いいと、
ずっと、ずっと、思っていました。

好きな映画です。

今回、のぞいた感想は、
すごく、不安定なんだなと思いました。

それは、樹 (たつる)の気持ちなのか、映画の完成度なのか、
よくわからないけれど、
これ、当時、ヒットして、本当によかったとおもいます。

自分もあの頃、二十才前後、

体重が47キロしかなかった頃ですね・・・

ジム行く金もなく、自宅で、腹筋200、腕立て200と、
筋トレしてたっけ。

いい体だった。

ナルだったねー

いまごろ、カミングアウトするけどさ。

もったいないなー

あの頃、もったいない。

あの頃にしかない、商品だったよ、自分の体が!

何いってんだろ?

復活して、支離滅裂ですね。


樹 が信ちゃんと寝ようとするシーンが、
今、のぞいても、ドキドキします。

この映画のコピー
「僕がなりたいのは、なんでもないもの。」
って、あるんですよ。

若いねー。

本当、もったいないよー。



たぶんね、今の、三十路の不安定さも、

もったいないことなのかもしれません。

とか、いって、しめとく、かあ~

また今度。



ぽーにょ、ぽにょ、ほにょ。。。

不安定?
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Wの悲劇

2007-04-03 03:18:09 | Weblog
薬師丸ひろ子-Woman~Wの悲劇より~
もう行かないで そばにいて
窓のそばで腕を組んで
雪のような星が降るわ
素敵ね

もう愛せないと言うのなら
友だちでもかまわないわ
強がってもふるえるのよ
声が・・・

ああ時の河を渡る船に
オールはない 流されてく
横たわった髪に胸に
降りつもるわ星の破片(かけら)

もう一瞬で燃えつきて
あとは灰になってもいい
わがままだと叱らないで
今は・・・

ああ時の河を渡る船に
オールはない 流されてく
やさしい眼で見つめ返す
二人きりの星降る町

行かないで そばにいて
おとなしくしてるから
せめて朝の陽が射すまで
ここにいて 眠り顔
見ていたいの


ジャン=リュック・ゴダールの「映画史」の中には、沢山の作品が登場し、引用され、言及もされているのでしょうが、それを理解したかと問われれば、まったくといっていいほど自信がない。というより、大体のゴダール作品はわからないことが多すぎて、ワタクシのような馬鹿だと自覚がある者にとっては、ついていけないんです。
でも、馬鹿にはわからない絵を沢山描いた、ピカソのデッサン力がずば抜けて凄いように、ゴダールの映画力(?)が凄いんだろうというのは、作品を観ると感じてはいるんです。
ゴダール←こいつの映画なんて、くそつまらん!と、観ていて感じて、そう言いつつも、
うーん。と唸るものがあって、それは他のものでは感じ得ないもの。
だから、自分ではのぞくけど、人にはすすめません。

で、「映画史」の中ですが、【狩人の夜】の一場面が登場しました。
1955年の白黒作品です。
そのシーンは、幼い兄妹二人の乗ったボートが夜の寂しい河を滑り出します。
父はなく、再婚相手の男に母を殺され、その男に追われ、間一髪で逃げ出せたところです。
恐怖と不安としばしの安堵。
これからどうなっていくのか、だだ、河の流れに身をまかせ、二人は小さなボートで眠りにつく。
夜空には美しい星々がきらめいている、そういう場面です。
心を揺さぶられる場面で、自分はその時、【狩人の夜】を観ていなかったのですが、すぐその後、レンタルして観ました。

映画【Wの悲劇】の主題歌は勿論、主演の薬師○ひろ子が歌っています。
日本映画界の「アイドル」だった。
知ってる曲だったのですが、映画をのぞき、その歌を聴き直したら、なんか「映画史」で登場していた【狩人の夜】の場面を思い出しました。
作詞は松本隆、作曲は呉田軽穂、ご存知、「女王」ユーミンです。
そのユーミン、何かのテレビ番組で松本隆さんのことを「乙女」といっていました。
まさに松本隆の歌の詩は「乙女」が多くて、自分は「乙女」なので、ついつい、刷り込まれ、意識せずして、口ずさみ、気づけば、あの曲も、この曲も、作詞は松本隆。
特に「アイドル」松田聖子は、そのパターンで知ってる曲が多いです。
ボートつながりで言うと、松田聖子の『哀しみのボート』も良いです。
ああ、凄く、カマカマしい話題になってる~

恐怖、哀しみ、不安の中、オールはなくて、自分ではどうすることも出来ず、
流される。
そのボートの中で、感じる儚さや美しさ。
そこには、彼岸(ひがん)⇔此岸(しがん)に通じるものを、感じられずにいられない。

眠り顔 見ていたいの
愛を感じずにはいられない。

【Wの悲劇】2007.4.3
監督:澤井信一郎 出演:薬師丸ひろ子 三田佳子

「オンナ、使いませんでした?」

小学生くらいに観た記憶があって、なんだか、けがれてる薬師丸ひろ子にドキドキしたような・・・
自分が、けがれた頃には、この映画、カマうけする映画として(一部の間で)広く知れわたっていました。

で、薬師丸ひろ子特集があったので少し前に録画、再度、のぞきました。

凄いです。三田佳子。
期待以上の熱演でした。

「女優!女優!女優!勝つか負けるかよ。いぃひ?」

声色の使い分け、っていうか、声の裏返り方が女優です。

「乙女」も「女優」も、誰もが持ってる、
女の、womanな部分かもしれません。

また今度。
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王の男

2007-01-06 22:09:11 | Weblog
キンタマの裏が痒くて悩まされてるの~
すごくカイーノ!
ネット調べたら
陰嚢湿疹だって!
いんのうしっしんって、10回言ってみて!

いんのうしっしん
いんのうしっしん・・・

いんのしっし
いのしっし
いのしし
イノシシ?

今年は亥(いのしし)年
俺の股間もいのしし!
猪突猛進!
陰嚢湿疹!
マンセー!
マンせー!
(引用:2ちゃん○る)

あけましておめでとう!
ことしもよろしく!


???

って、遅すぎるつーの!
失礼通り越して、なめているとしか思えん。ごめんなさいね。
今年初めての、更新よ。
これを書いてるのは、4月1日なのですが、
新年というより、新年度って感じね。
上記↑は今年、新年の御挨拶に送りつけた年賀メールなの。
年初めから、下ネタ。反応いまいちだったわ!
はやいわね。
もう、今年も三ヶ月たっちゃったよ。

まあ、今まで何してたかって言うとね。不遜な言い訳をさしてもらうよ。
私生活はクスミはじめ、
仕事はシワだらけ、
人間関係はハリがなくなり、
おつきあいも乾燥し、
勿論セッ○スに潤いなく、
健康はタルミっぱなし、
心はクマだらけ、
シミだらけの毎日で、
コジワのようなストレスが増えに増えて、
将来の透明度もなくなってたわ!

そう、ブスの人生を送ってたの!
ブサイクでも、肌は綺麗、若いわねって、言われていた、ワタクシが、
髪薄くない?
腹出てない?
年相応になったね!
オッサンだね!
極めつけは、
金正男に似てきてる☆
とか、言われてるのよ!
ていうか、幻聴が聞こえるのよ!

やだ!やだ!やだ!

と、文句たれても、悪循環は止まらない。
出きる事をやらなくっちゃ!
そう、世界征服の為には、茶わんを洗うことからはじめるの!
なりたい自分になる為には、洗濯物のピラミッドを畳んでしまうのよ。
空いた時間にモ○イトして、滝川ク○ステルのようになるのよ!(?)

なんて、冗談抜きで、たてなおしかかんないと。
ブログも出来るだけ、更新するので、よろしくお願いします。

さてさて、今日はヨウと久しぶりに買い物したり、ご飯食べたり、一緒に過ごしてました。
ヨウが、優しいかったんですよ。抱きしめてくれて。
「ノグリさん、大好きだよ。」
「一生はなさないよ。」
「いつまでも、そばにいるよ。」
「ノグリさんが、いないと生きていけないよ。」
「ノグリさん、一筋だよ。」
ジュテーム、ジュテーム、ジュテーム。
会話はシングリッシュ(@寺島し○ぶ)ってな感じ。

普段されてないから、どんどん、不安になっちゃって、
「何かあったの?」
「何かあるの?」
聞いたんだけど、
「いや、別に気にするな。」
言われても、気になって、気になって、
悪しことばっか、考えてたんだけど、
さっき気づいたのよね~

エープリールフールだったって!
一応、これも、聞く人聞けば、オノロケだけどさ。
「バカだね。」って、ヨウに言われて、
悔しくって!悔しくって!悔しくって!

でも、本当。四月バカ。
大変だったけど、「ばか」ができてる。
今がうれしい。

【王の男】2007.1.6
監督:イ・ジュンイク 

新年早々にのぞいて、今さら感想なんて・・・
でも、もうすぐDVDが出るらしいんで。

以外と面白かったよ。
結構、自分は批判的に観てしまうような、好みに合わんような、内容だったんだけど、そんなことなかった。
笑いね。
難しいね。
人をかつぐ感じは、嘘も笑いも、似てるんだけど。
クロスワードパズルみたいに、ヨコのカギ、タテのカギに、それぞれなっているような気がするんだ。
パズルの解に、なんて書いてあるのか、分からないけど。
差をなくすのは、笑いしかないと、思ってた時期もあったんだ。

何を言ってるか、わからないよね?
俺もわからん!
だから、会話は心臓と心臓で話すのよ~
それが、シングリッシュ!(笑)

ジュテーム。(嘘)

また今度。
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あらしのよるに

2006-12-07 10:40:25 | Weblog
打ち上げ花火のような恋が終わった。

夜空に伸び上がる、こぼれ堕ちる弱々しい導線の火。
しゅる、しゅる、はかなく、スパークした。
それは、イベントの終わりや祝祭に次々打ち上げられる、開放された、何発もの、大きいものでは決してない。
セックスのクライマックスなんかに、標準的な映像として用いられるような、
ひゅる、ひゅる、わかりやすい、綺麗な打ち上げ花火だった。
その綺麗さに、胸が踊り、締め付けられ、
何故か残像として、夏空の、モコモコした入道雲を、
その人との恋は思い出す。

今考えてみても、それは、恋というより、やりすてられたと言ったほうが適当かもしれない。
ファーストフードの、ペーパーナプキンやハンバーガーの包みやトレイマットのゴミのように、
食べた後に、きちんと捨てられたのだ。
躊躇なく、ダストボックスに入れられ、その上にトレイをのせて、手際よく、店を出て行った。
「ごちそうさまでした。」
マナーが良いのではない。気にとめることなく、そういうのに慣れているだけなのだ。

自分にとって、ファーストフードの恋は、リハビリテーションだったに違いない。
自分というものに自信をつけてくれたし、自分にだって、まだ若い、
打ち上げ花火のような恋が出来るんだと気づかせてくれた。
そして、実際、若かったのだ。
これ、ほど、までに、デートが楽しいものとは、知らなかった。

それまでの、長い恋を終わらせる時だったからだ。
自分は独りで、ずっと独りで生きていかなければならないのか、と考えたくなくて、
でも、考えていた時だった。
とうに終わった長い恋、いや、「長い夢」をあきらめる時だったのだ。
「長い夢」の残像は冬の海。
暗い、凍えるような船上からみる海を、
その人との場合は思い出す。

今も思い出す。

冬の海に、3発くらい花火はあがって、リハビリの恋は終わる。

しかし、失恋は失恋。
なまじ、相手の「入道雲」が周りから「いいひと、いいひと。」と、評判がたっていたりすると、
そのひとから、別れをきりだされてしまった自分は、
相当な不適合者ではあるまいかと落ち込んだし、
「入道というのは、坊主頭のおばけ、という意味があるのよ!」
なんてことを、言ってやろうかと、思う自分が、ますます嫌になった。
気持ちの持って行き場もなかった。
雲の影に悩まされた。
けれど、
「冬の海」に戻りたいとは思わなかった。

時間があった。
残り火のような、食い散らかされた、
未来に繋がりそうもない時間がそこらへんにあった。
前向きに進もうとすれば、するほど、気持ちは反転しそうで怖かった。
少しでも、ほんのちょっぴりだけでも、前に進んでいる感じが欲しかった。
正確に、
正確に、
丁寧に生きようと思った。
でも、出来ていなかった。
幼い子どもに戻って、やり直したかった。
そう思っても、
いつもと変わらない、
洗濯や掃除等の「自分」の身の回りの世話からはじまるしかない。
いや、いつもと変わらない、はじまりが、
はじまっただけ、幾分、ましなのかもしれない。

失恋後の日々のある日、返却日が過ぎた本を市民図書館に返しに行く。
とても億劫だったが、期限を過ぎたことを正直に謝りながら、カウンターに持って行く。
返却カウンターの女性は、優しく微笑み、こう言った。
「次回から、お気をつけ下さい。」

すぐには帰らず、館内を見て歩き回る。
いまいち、食指が動かない本ばかりが並ぶ。
置いてる本が悪いのではないと思った。読み取る自分がいないのだ。
失恋あとの気持ちは図書館のようには分類されていない。

しかし、開架式図書館は、利用者による間違いも多かった。
盗難や切り取りの危険もさることながら、
悪意はなくても、間違った棚に本を戻す人もいる。
間違いが起きると、再び探すことが難しくなる。
検索し、あるとおもって探す本が、見つからない。
探すが、見つからない。
探すが、見つからない。
本も、人も、見つからない。
絶望的だ。
正確に分類するには、開架式でない方がいいのだろう。
開かれていない方がいい。

子どもの絵本コーナーに足が止まる。
意識的に世界で一番好きな絵本である、
『100万回生きたねこ』を避けた。
そして、幼い時に読んだことがある絵本を選んだ。
『ぐりとぐら』
『おしいれのぼうけん』
『モチモチの木』
読んでるうちに、じんわりと、呼吸が止まるのが分かった。
開かれていた「社会の息」が、閉じられて行く。
閉架式になって行く。
書庫にこもりたい。
絵本の書庫に。

絵本作家にでもなろうかなと、考えた。
明らかな現実逃避。
絵本を作る為に絵本をたくさん読もうと思った。
あいうえお順に分類されている、ここにある絵本を全部読んでやろうと。
まずは、手始めに「あ」の絵本。
その時、手に取った本が、

『あらしのよるに』だった。

面白くてびっくりした。
無理だと思った。
絵本作家になるのを。
しかし、誰かにこの本のことを伝えたいと思った。
それは、出来る気がした。

誰か、に。伝えるべき、誰かに。愛しい誰かに。

それは、出会いだった。
出会いとは、とても厄介で、危ういものだ。
何故なら、過去の自分を捨ててしまうことが出来るからである。

そして、そんな出会いを、まだまだ期待している、自分がいる。
しかし、それは、愛ではない。

愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。
不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。
なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。
全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。
わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。
わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。
このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。
               口語訳:コリント人への第一の手紙13章4節~13節


愛を知るのは困難である。
しかし、愛がなければ生きているとはいえない。
なぜなら、人は、気づかれにくいが、
愛によって生かされている部分が、あまりにも大きいからである。
愛という名のもとに、出会いは待っている。

生きることは困難であり、愛は気づかれ、知られるのを待っている。

出会いはある。

愛は待っている。

【あらしのよるに】2006.12.6
監督:杉井ギサブロー 声の出演:中村獅童 成宮寛貴

自分が伝えなくても、『あらしのよるに』は、あれよあれよと評判になり、
著名人や一般の人の読後の玉石混淆なコメントがズラリと並ぶ、
よくある広告も目にとまるようになった。
シリーズ化もされたらしい。
「出会った」のは、自分だけではないみたいだ。
広まるのは、うれしい。自分がいいと思っていただけに。
でも、よくあるアニメ化された頃にはさめてきた。
よくマーケティングされているなと、思った。
それは、深読みできる、原作の絵本にも言える。

しばらくして、試写会好きの友人が【あらしのよるに】の映画の感想を聞く機会があった。
「ヤギのメイ♂とオオカミのカブ♂が、うちら(同性愛)の関係にしか、見えなかった。」と言って、笑っていた。
絵本では気づかなかったけど、結構、気になる、見方だった。
確かに、どちらも、オスみたい。
友情というオブラードに包んでいるが、
「ひみつのともだち」とか、
「禁じられた友情」とか、
「君が“誰か”なんて関係なかった」とか、
「ともだちなのに、おいしそう」とか、
コピーに煽られれば、煽られるほど、
そういう機微を、制作者側が伝えたいような気がしてきた。
そんでもって、この予告編

子ども向け、だからかしら?
すごく、クローゼットじゃない?(笑)

自分がのぞいた感想は、予告編をみた時のワクワク感はなく、期待はずれ~
でも、やっぱり考えさせられた。

過酷な旅の途中。
オオカミのカブ♂が、2匹で寝ている時に抜け出して、野ねずみとかを食べに出かけるんです。カブ♂が戻ってきて、再び寝床に着くと、ヤギのメイ♂が薄目を開けて起きていて、
「そういうことするのは、やっぱり嫌なんだ」ってことを、言うんです。
カブ♂は、「仕方ないだろ」って、開き直りなことを言う。
まるで、なんか…ねぇ?(笑)
カブ役の声優は中村獅童だけど、竹内結子も嫌だったんでしょうね~

欲望と理性の問題だけじゃない。

吹雪のなか、飢えと寒さのメイ♂が「わたしを食べてくれ」と、言うんだけど、
カブ♂にそんなことは出来るはずもなく、自ら離れる。

目覚めた時、メイ♂は、自分があんなことを言ったから、カブ♂はいってしまったんだと思う。

そして、いろいろ、あって、再び会う時、
それは、カブ♂がメイ♂を食べようとする時。

メイ♂は「こんな死に方は嫌だ、食べられたくない」と叫ぶ・・・


無償の愛とか、
いのちをかけるとか、
独り、生き残るとか、
一緒に、生きるとか、

問いかけてくる。

存在しなくても、存続するものって?


やっぱり、愛かな。

わたしたちは、存在しているが、存続することは出来ない。

いつか、終わりが来る。

また今度。
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プラダを着た悪魔

2006-11-19 13:40:09 | Weblog
映画を観にいったのは久しぶりです。
東京国際L&G映画祭以来か。
映画館に行ったのは…というか、今どき「えいがかん」って、言うのかしらん?
まぁ・・・、まあ、いい。
…【嫌われ松子の一生】以来だから、かれこれ、半年近く、足を運んでないのですね。
それらの「映画のぞいたよ~」のブログ更新もしてないですね。
まぁ・・・、まあ、いいか!
いつか、やるんじゃない?
自分のダメさ加減を
懺悔してるのか、開き直っているのか、誰に言い訳してるのか、
よくわからないけれど、
自分をわかって欲しいという気持ち、本当の自分ではない、でも嘘ではない自分をみて欲しいという気持ちが働くから、
こんな…こんなことを書いて、しまうんだろうなぁ…

むなしい。

これだけ、ありとあらゆる、情報があふれて、誰かを知った気でいても、
本当は何も知らない。
僕とは直接関係のない情報だけが能動的に受動される。

歩いてる人が、
エスカレーターに乗る人が、
同じ車両にいる人が、
隣にすわっている人が、
僕の顔を見つめている人が、
スクリーンを観る黒山の人だかりの
ひとつひとつ、
脳みそが、心が、
本当は何を考えているのか・・・わからない。

それは、大切にしまわれているのかしらん?

ブラックボックス?

麻酔は…麻酔は何故、麻酔が効くか、よくわかっていないんだってね。

ムツウ。

痛みを感じない。

・・・痛みを感じない?

情報は痛みを感じなくしてる?


ヨウが前、言ったんです。

「ノグリさんは、俺のこと、まだ3%しか、わかっていないよ。」

さ、3パーセント?

つきあい出して、お互いの部屋を行き来きしていた、
上手くいっているとおもった時期に、突然だったんです。

な、何?
ど、ゆうこと?


何を言いたいのか、深読みしそうな声で、理由を聞くと、
なぁんてことはない、
ヨウの生きてきた年数の内のノグリと付き合っ期間の割合だと言うんです。

自分は、ヨウのこと、知った気でいたんで、その具体的な数字に
軽くショックだったし、
あぁ、本当にその程度しか、知らないのかもしれないなと、
気を引き締めたものでした。


ノ:「ヨウ~、今度の土曜日、映画、観に行かない?」
ヨ:「何?・・・プラダを着た悪魔?」
ノ:「何で、何でわかったの?」
ヨ:「だって、ノグリさん、好きそうだもん。」
ノ:「うー、なんか、やだ。」
ヨ:「じゃ、やめる?」
ノ:「ううん、行きたい。行こう。」
ヨ:「う~ん、どうしようかなぁ~。」
ノ:「えー、行こう。久しぶりだし、休みなんだし、どうせ暇でしょ?」
ヨ:「そういう時は?」
ノ:「?」
ヨ:「(にらみ効かせて)そういう時は何て言うの?」
ノ「(即座に屈辱的に)一緒に映画を観に行って下さい。(ペコリとおじぎ)」
ヨ「いいよ。仕方ない。」

少しはパーセンテージが…
あがったかしらん?

【プラダを着た悪魔】2006.11.18
監督:デヴィッド・フランケル 出演:メリル・ストリープ アン・ハサウェイ

ヨ:「映画の前の夕食は勿論、ノグリさんのおごり。
ピザが食べたい。おいしい、ちゃんとした、かまどで焼いてある、ピッツァが。
店、探しといて。終わったら、スタバでテイクアウトすること。」
ヨ:「後、映画待ってる時間やだから、読むマンガ、買ってきて。
×××HOLiC⑩は私の図書カード。
岡崎京子の最近出た初単行本作品は全巻アンタが買ってるんだから、アンタのお金で。
あたしンち⑫も出ているから、中古で買ってきて。」
ヨ:「えっ、中古でなかったら?
新しいの買うのはやめて。なるだけ中古を探しなさい。あたしンち、面白くて好きだけど、
これに897円も払う気はないのよ。」

感想…感想は、
これから、ヨウのことは、ミランダって、呼ぶことにします!

“That’s all”


また今度。
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彼女と彼

2006-11-06 02:29:31 | Weblog
【彼女と彼】2006.11.6
監督:羽仁進 出演:左幸子 岡田英次 (1963)

ばた-や〔ばた屋〕ごみ箱や道路上の紙屑・ぼろ・金物などを回収して生活する人。屑拾い。<広辞苑より>

ケーブルテレビの映画を録画してたやつだけれど、
終わりに、「現代においては不適切と思われる表現がある云々」と、ことわりがありました。
差別表現なんでしょうなぁ~。
「バタヤ」っての、初めてきいたから、辞書引いちゃいました。

夜の団地。
団地の3階に住む主婦が目を覚め、窓の外の異変に気づく。
ベランダに出ると、見下ろす、バタヤ部落が火事で燃えている。
隣で一緒に寝ていた夫を起こし、団地の住民にも火事を知らせる主婦。
夫は風向きは逆で火がこっちまでこないとふむと、目覚めの一服、タバコに火をつける。
主婦は火事の現場に向かおうとするが、夫にとめられる。
しばらくしても、消防のサイレンの音がきこえないので、
主婦は風向きが変わったからと夫を説得して、外に出て電話で通報しようとする。
そこまで言われた夫が、重い腰を上げる。
主婦は夫の着替えを手伝いながら言う。
「いやねぇ~。バタヤ部落って。火事にでもならなきゃ、気にもとめなかったのにねぇ~。ねぇ、私もついてっていい?」
安心のサイレンが鳴り響き、バタヤ部落で留まる。誰かが通報したのだ。
夫婦は外に出る理由を無くした。
窓から見る主婦の目に、火事の炎がゆれる。

映画はそんな場面から始まります。

ストーリーは、そのバタヤ部落で、夫の大学時代の友人でもある男が
犬のクマと盲目の少女と暮らしているのを主婦が知り、気にかけていくんです。

バタヤ部落との間に、団地群は、とてもわかりやすい柵をはりめぐらします。
最後には、団地の小道から、そこで生活してる分だけのまばらなサラリーマンが、駅に向かう大通りに流れ、一方方向に歩いている場面がありました。
部落は立ち退かれ、ゴルフ練習場になり、映画の時間の中で、団地の街が作られていく感じが出ていました。

団地の子ども達に大事な犬を殺され男は消息を絶ってしまいます。

夫と一緒のベットで、眠れない主婦の目つきが、変わったところで、
映画は終わります。

一番、考えさせられた場面。
盲目の少女が病気で、主婦が団地の部屋に連れてきて看病し、
なかなか団地の周辺では回収業が成り立たなくなり、2・3日留守にしていた男が、部屋を訪ねてくる。
3人で、ももを食べている所に、出張中だった夫が帰ってくる。
夫はそれをみて、周りからみられないように、窓をすばやく閉ざす。
そのあとの、外での、夫婦の会話。

夫:わからないんだ。君にとって、彼らはなんなんだ。
婦:あたしねぇ…
夫:親切にしては度が過ぎてるよ。同情だけじゃないんだ。
婦:あの子ね。虫がとっても好きなのよ。
夫:君はあの連中に憧れているだけなんだよ。
婦:ちがぅ、違うわよ、英一さん。
夫:何をしたいんだ、いったい。
婦:あの子ねぇ。あたしを本当に必要としたのよ。
夫:君自身にもはっきりしないんだよ。自分が何を求めているのか。
婦:わからないわ。わからないから、確かめようとしてるのよ… だから、確かめたいのよ。
夫:僕は普通の人間だ。
(団地内からどこかの家庭のハッピーバースディの歌が聞こえてくる)
夫:普通の家庭を守りたいんだ。仕事だってあるんだし。
婦:あたしねぇ…あなたの子どもを生む、自信が欲しかったのよ。
夫:それとは別の問題だよ。
婦:ねぇ、聞いて。二晩も三晩も、もっと、いっぱい話したいことがあるのよ。
夫:明日、…病院に電話する。
婦:あの人達のこと、もっと話し合いましょうよ…あたし達にとっても、大事なことなのよ。
夫:僕は決して間違ってないと思うよ。

↑文字だと上手く伝わらないなあ~。

この頃さ 少しずつ君と上手くいかない 理由は何だろう?
背中とか痒いのに手が届かない感じ ま、そんなところかな…
忙しくなってろくに話す暇さえ なくなったなんて嘘だろう?
これじゃ本当にマズイなって思ってる あぶないね
微笑みに 分かった顔しないでさ
いつだって 気持ち素直に伝えよう
正直に とにかく何でも隠さずに 話をしようよ
時々は疲れてさ ちょっと面倒になって 適当に答えて
そこんとこ分かるって そうごまかしながらで 困ったもんだね
毎日楽しいことばかりじゃないし もうほとんど繰り返しで
話すネタだって探すのに苦労するけど 努力しよう
微笑みに 分かった顔しないでさ
いつだって 気持ち素直に伝えよう
正直に とにかく何でも隠さずに 話をしようよ
しあわせが 逃げてゆかないように
いつまでも 僕等笑って暮らそうよ
今すぐに 最初からはじめてみよう きっと簡単さ
                          SMAP:『しようよ』


誰も彼もが「他人」でしかない。
自分には何もできやしない?

また今度。
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ビクター/ビクトリア

2006-11-03 03:24:20 | Weblog
今も誰かが電気を消して、眠りについている。
かと思えば、いや、同時に、
今、朝日に照らされ、目覚めた人もいる。
体内時計は24時間ではないことを聞いたことがある。
それを調整か、錯覚か、だましか、リセットか、
するには、光を浴びるのがいいらしい。
日は昇り、日は沈む。
地球は回転しているだけ。
世界のありとあらゆる人が24時間ではない体内時計をもって、
はじめから、それは、クルッテイルことや、
ジゲンがあることを、おわりまで、認めようとはしない。

『愛は鼻糞のようなもの』

そして、アンタは『鼻糞をぬぐうチリ紙のようなもの』
と、ヨウにいわれて、
全然、眠れない。

ま、いいか、おかげで、映画みれたし、ブログかけたし。

でも、愛って、鼻糞なの?

【ビクター/ビクトリア】2006.11.3
監督:ブレイク・エドワーズ 出演:ジュリー・アンドリュース (1982)

これ、面白いから、たまにみてんねん。(特に、フィフィ。)
と、オ○マじゃ(おっと、)ない、女ともだちから、聞いたからか、
見ようとしてしてるんじゃなく、テレビをつけるとやってて、
ついつい見てしまうんです。これ、
先週、今週とリアルタイムで、見れなかったけど、HDDに録画されてたんです。
何故に?って、思っていたら、テーマが「仲の良い友人への告白(同性愛)」だったからでした。(だから何故?)
(細かいことは言及せず。)
で、見た。
相談者のエディが、かっこいいからか、番組だからか、結構、
好意的(や○い的?)にカミングアウトを掘り下げていた気がしました。
「苦労」を見せていたような気がする。
バラエティ番組のちょっといい話の回、的な感じ。
せつない、やるせない、リアルっぽい、カミングアウト。

カミングアウト。

なんか、衛星から、地球でもみるように、なにか、遠い。
と、いうか、衝突していない。なんにも。
なつかしい、すら、ある。

ああ、地球は青い。
でも、ここは、地球で、ここで、自分は、暮らしている。

光を・・・

それは、調整か、錯覚か、だましか、リセットか。

キングはビクターといることを見られるのが嫌で、
誰にも見られないホテルで一週間、食事をした。

印象に残ったのはこの場面。「苦労」しているのね。

ソプラノ歌手のビクトリア。
売れないので、男ビクターに化け、女装のシンガー(ビクトリア)としてスターになったためにおきるコメディ、ミュージカル。

見たいとおもって、やっと見れた映画。

最後にビクター、カミングアウトして(スターじゃなくなる)ビクトリアになって、キングと結ばれる。

よかったね。

「苦労」も、そこで終わるのね。

ああ、隣の芝生は青い。

所詮、相談者の悩みも他人事。誰も彼もが「他人」でしかない。

自分には何もできやしない?

愛は鼻糞のようなもの?

疑問符、多し。

また今度。



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