ノエルのブログ

文学、映画、ガーデンを巡る雑記帳

ベン・ハー

2016-12-28 20:09:34 | 映画

映画「ベン・ハー」を観る。最初、観たのは中学生の頃のことで、それから二回くらいは観た記憶が…。
それでも、この二十年くらいはずっとご無沙汰だったはずであります。

この映画、何といっても主人公ベン・ハーが幼馴染にして後宿敵となったメッサーラと繰り広げる戦車競走のシーンが圧巻! 四頭の馬にひかせた戦車で、円形闘技場を死に物狂いの迫力で疾走してゆくのだが、ああ、恐るべき臨場感! ダイナミックさ!
広大な競技場は、どこか映画草創期のセシル・B・デミルの作品に登場するセットを思わせ、「これぞ、ハリウッド」と叫びたくなること、間違いなし。

それに、1959年製作の本作では、まだまだ特撮なんてあるはずはなく、この戦車シーンは、あくまでハリウッド技術のたまもの――映画史に残る名シーンとなったのは、当然というもの。

さて、ストーリーはあまりに有名作品だから、皆知っているはず、と思うのだけれど、もう60年近くも前の名画だから人々の記憶から薄れつつあるかも。そんな訳で、思いっきりはしょったあらすじ紹介をば、ここでいたします。

この作品の背景になっているのは、イエス・キリストの生誕とその処刑・復活という聖書物語。それを基盤として、ユダヤの王族につらなる貴族、ユダ・ベン・ハーの物語が語られていきます。エルサレムで、幼馴染のメッサーラと再会するものの、支配される者と支配する側という立場の違いから、友情に亀裂が入る二人。

そして、新総督のパレード中、ベン・ハーの屋敷の瓦が下に落ち、総督が重傷を負ったことから、ベン・ハー一家は「反逆者」として罪を問われることになります。ベン・ハーは、ガレー船の漕ぎ手として、母・妹は地下牢へ――これにも、メッサーラの策略があったのですね。
屈辱に耐え、ガレー船をこぎ続けるベン・ハー。ある日、船の司令官アリウスを助けたことから、彼の養子としてローマに凱旋することとなるのですが、そこで聞いたのは、母・妹はすでに死んでいるという悲報。

しかし、これは嘘で、らい病に侵された彼女たちは、牢から「死の谷」へ追われていたのでした。戦車競走の死闘で倒したメッサーラから、その事実を知るのですが、この「死の谷」の描写が凄い!
古代ローマの時代には、らい病患者たちは、本当にこんな生活をしていたのでしょうか?  谷の上から投げ落とされる野菜や食物を糧に、暗い洞窟の中で、うめきながら生きながらえているなんて……当時、未曾有の大作として作られただけあって、「ベン・ハー」の美術や衣装はいかにも、当時を再現したリアリティが感じられるもの。ハリウッド臭さがなきにしもあらず、とはいえ。 だから、事実はこうだったのでしょう。
壮大なエンターティメントとして、楽しめながら、歴史を味わうことのできる名作なのです。

キリストの復活と同時に、母と妹の病が癒えるというのも、美しい「奇跡」と感じられるはず――実をいうと、私はベン・ハーの名前が「ユダ」であり、キリストの物語とサブタイトルにあることからして、「これ、快男児チャールトン・ヘストンが主演とはいえ、このベン・ハーは後に、キリストを裏切るユダに変貌するという伏線なのでは?」と疑っていたのですが、全盛期のハリウッドがそんなひねった(意地悪い?)ことするはずもありませんでした
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