
福岡県福岡市西区飯氏(いいじ)鏡原792−2、糸島平野の東縁部に延びる標高30〜35mの丘陵上にあります。
子捨塚古墳とも呼ばれています。
兜塚古墳からそう離れていません。
全長49.6m、 後円部径27.3m・高さ5m、 前方部先端幅36.9m・高さ5m 二段構築の前方後円墳です。
東西方向に主軸を持っています。
墳丘はすべて土盛りで築かれています。
造り出しはありません。
墳丘には葺き石が施されています。
埴輪の出土はありません。
周濠も掘られていなかったようです。
1993年2月〜6月、2002年11月〜2003年1月にかけて発掘調査が行われています。
主体部は後円部中央にある横穴式石室です。
古墳の主軸に直交するように造られています。
石室は、その石材の大半が失われていて、わずかに石室の基礎石(腰石)や入り口を塞ぐ石が残るのみです。
石室は花崗岩で造られていて、全長3.5m・幅2.3m・高さ1mほどあるそうです。
墓道の調査で、最低2回の埋葬が行われていたのが確認されています。
石室内からはガラス製丸玉やガラス製小玉などの装身具、雲珠や辻金具などの馬具が、くびれ部からは須恵器(甕・壷・高坏など)が出土しています。
古墳時代後期・6世紀初めころの築造と推定されています。
平成16年4月5日、国の史跡に指定されています。
今宿古墳群を構成しています。
一部削平を受けているものの、ほぼ良好な状態で残っています。

(前 方 部)

(石 室 跡)

子捨塚古墳とも呼ばれています。
兜塚古墳からそう離れていません。
全長49.6m、 後円部径27.3m・高さ5m、 前方部先端幅36.9m・高さ5m 二段構築の前方後円墳です。
東西方向に主軸を持っています。
墳丘はすべて土盛りで築かれています。
造り出しはありません。
墳丘には葺き石が施されています。
埴輪の出土はありません。
周濠も掘られていなかったようです。
1993年2月〜6月、2002年11月〜2003年1月にかけて発掘調査が行われています。
主体部は後円部中央にある横穴式石室です。
古墳の主軸に直交するように造られています。
石室は、その石材の大半が失われていて、わずかに石室の基礎石(腰石)や入り口を塞ぐ石が残るのみです。
石室は花崗岩で造られていて、全長3.5m・幅2.3m・高さ1mほどあるそうです。
墓道の調査で、最低2回の埋葬が行われていたのが確認されています。
石室内からはガラス製丸玉やガラス製小玉などの装身具、雲珠や辻金具などの馬具が、くびれ部からは須恵器(甕・壷・高坏など)が出土しています。
古墳時代後期・6世紀初めころの築造と推定されています。
平成16年4月5日、国の史跡に指定されています。
今宿古墳群を構成しています。
一部削平を受けているものの、ほぼ良好な状態で残っています。

(前 方 部)

(石 室 跡)











