そこそこの放送作家・堀田 延が、そこそこ真面目に、そこそこ冗談を交えつつ、そこそこの頻度で記す、そこそこのブログ。
人生そこそこでいいじゃない



春宵十話 随筆集/数学者が綴る人生1 (光文社文庫)
岡 潔
光文社


天才数学者、岡潔のエッセイ。
某番組の打ち合わせでこの人物を知り、購入して読んでみた。

すごい!
岡潔すごい!

日本人の素晴らしさは「情緒」にある。

以下、他のブログから引用させていただきます。



岡さんは日本人の素晴らしさは「情緒」にあるといつもおっしゃっています。
岡さんのおっしゃる日本人は、私が日ごろから目指してはいるけれど、この指でなかなかふれることのできないでいる、美しき情緒豊かな日本人です。
人と人との間にはよく情が通じ、人と自然の間にもよく情が通じます。
これが日本人です。
そう端的に、日本人のことを岡さんはおっしゃっています。
たとえば、すみれの花を見るとき、あれはすみれの花だと見るのは理性的、知的な見方です。
むらさきの色だと見るのは、理性の世界での感覚的な見方です。
そして、それは実際にあると見るのは実在感として見る見方です。
これに対して、すみれの花はいいなあと見るのが情緒です。
これが情緒と見る見方です。
情緒と見た場合すみれの花はいいなあと思います。
芭蕉もほめています。
漱石もほめています。
自然環境へ多くの人々が意識を向けるようになった現代にも深く通じる言葉も残してくれています。
情緒の中心の調和がそこなわれると人の心は腐敗する。
社会も文化もあっという間にとめどもなく悪くなってしまう。
そう考えれば、四季の変化の豊かだったこの日本で、もう春にチョウが舞わなくなり、夏にホタルが飛ばなくなったことがどんなにたいへんなことかわかるはずだ。
これは農薬のせいに違いないが、農薬をどんどんまいてはしごをかけて登らなければならないような大きなキャベツを作っても、いったい何になるのだろう。
キャベツを作る方は勝手口で、スミレ咲きチョウの舞う野原、こちらの方が表玄関なのだ。
情緒の中心が人間の表玄関であるということ、そしてそれを荒らすのは許せないということ、これをみんながもっともっと知ってほしい。
これが私の第一の願いなのである。 
芭蕉の有名な句の解釈が私は日本人の情緒に根差した句であることをすでに忘れ、「情けは人のためならず」と同様に、異なる解釈をする人が多くなっているように思います。
秋深き隣は何をする人ぞ
という芭蕉の句がありますが、芭蕉は小我を自分だとは思っておりません。
真我こそ自分だと思っていたのです。
人と自分との間には情が通じ合う。
自然と自分との間にも情が通じ合う。
だから、
秋深き隣は何をする人ぞ
という句の本当の意味は、つまり芭蕉が一番強くいおうとしていることは、秋も深まると隣の人が何をしているんだろうと非常になつかしい。
なつかしさというあたたかさがあるのです。
表面には何をしているかわからないという淋しさもありますが、句の底にあるのはあたたかさなのです。
底があたたかくて、表面が冷いーーこれが芭蕉のいう「人の世の哀れ」であります。
これが芭蕉の俳句の真髄(心)です。
芭蕉は俳諧は万葉の心なりといっています。
だから万葉のころもそうだったのです。
また万葉は、日本に文字が伝わるとともにすぐに書き残されたものです。
だから日本においては上代もそうだったのです。
本当の日本人は情が中心であり、それが自分であります。
『草枕』に関しては、私も恥ずかしながら、「小我」の解釈をしていたようです。
人として一番大切なことは、他人の情、とりわけ、その悲しみがわかるということです。
これについては釈迦も孔子もキリストも口をそろえてそういっています。
夏目漱石は『草枕』に初めに「情を棹(さお)させば流される」と書いているではないかという人もありますが、終わりまで読んでください。
「憐」という字に終わっていますから。

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超高速! 参勤交代 Blu-ray
クリエーター情報なし
松竹


観ました。
感想。

なかなかの佳作って感じ。
平均点。
見て損はない。
ところどころちゃんと面白い。
ただ、なんだかなぁ〜というポイントも多い。
星2つ半。★★1/2

深田恭子が綺麗。
それに尽きる。

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実はレンジローバーが1ヶ月ほど前にエンジン不調のため、工場に入院した。
それ以来、毎日バスや電車で仕事に通うという苦行が続いていて、この先もレンジローバーのことだからたまに体調が悪くなることもあるに違いないと踏んだのだ。
そこで、セカンドカーを購入した。
ローバーミニ99年式。
諸経費込みで74万円。
バリバリ走る(笑)。
そもそも昔のミニに一度は乗ってみたいと思っていたので、これを機にまた車2台持ちとなった。
94年式のレンジローバーと99年式のローバーミニ。
我ながらなかなかシャレオツなチョイスだと思う。
まるでゴーカートみたいだし、パワステは付いてないし、窓の開け閉めは手動、エアコンはたまに止まってまた動き出すし、いろいろ挙動不審なのだが、カワイイのは間違いない。
一応カーナビやETCも付いている。
結構な掘り出し物なのではないかな。
こっちも大事に乗ろう。

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大ヒットしているのが信じられない。
中高生たちよ、本気なのか。
以下、この映画のいちばんダメなところを書く。
当然ネタバレだ。





隕石が岐阜県の山奥の町に降ってきて、町民500人全員が死ぬ大災害。
それは主人公の女子高生・三葉や、三葉の家族(父・妹・祖母)の命が失われる事態のみならず、町民500人の命がかかっている危機緊急の事態である。
隕石落下の事実を唯一知る(3年ずれて過去の三葉と中身が入れ替わっている)主人公の男子高校生タキは、この入れ替わり現象を利用して町民避難を試みるが誰も信じない。
ここに来てもう、隕石落下、町民全員死亡のカウントダウンが始まる。
そんな時、あのクレーターの淵で主人公の高校生男女2人は夕暮れ時に再会する。
そこまではいい。
だがここで信じられないことに、この2人、悠長にイチャイチャし始めるのだ。
とても理解できない。
速やかに隕石落下の情報を交換して、町を救うために迅速に動くべきだろう。
イチャイチャが始まりそうになったら、むしろ「今はそんなことしている場合じゃない」と男だったら言い出してくれ。
だからこそ共感できるってもんだ。
ていうか、あんな時にイチャイチャし始めるのが、もうまるで共感できないし、タダの色恋バカにしか見えないのだ。
そこがいちばんこの映画のダメなところだし、クソなところだ。
これはマジでだぞ。
人としてどうかっていう話だ。

そこまでして全てを恋愛に落とし込む話を描きたいのなら、隕石落下で町消滅なんていうスペクタクルを使わず、三葉1人が死ぬなんらかしらの事故が起こる程度のストーリーで十分だろう。
だったら、2人の恋愛話に終始することになるので、片方が死の運命に瀕している男女が奇跡の再会をして、そこでカタルシスを迎えればよろしい。
あのクレーターの淵で会えたところがクライマックスで良かったと思う。
その上で、タキが三葉を救えるか救えないかは好きに描けばいい。
好きな相手の命を救う、という描写は、イコール、恋愛の延長線上にあるからだ。

なのにこの映画では、町民500人の命がかかった状況なのに、主人公の男女は自分たちの恋愛をまず優先するというキチガイじみた、まるで共感できない行動を取る。
500人が生きるか死ぬか、それを救えるのは自分たちだけ、そんな重大な局面で、なに「スキダ」って書いてんだ?
失笑したわ!

一度この映画を観たときに、この「根本的な違和感」を感じないのだとしたら、その人は心が少々こわれていると思う。

町民500人の命より、自分たちの恋愛の優先度の方が高いって、そんな映画あるか?
そんな描き方、宮崎駿も細田守も絶対しない。
ラピュタのバズー、ナウシカ、カリオストロのルパン、皆、恋愛よりも正義を取った。
そーいうことだよ。
この理屈が分からないヤツは、繰り返すが、心が少々こわれていると思う。

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ゴーストバスターズといえば、80年代の大ヒット映画。
それを現代的にリメイクした作品。
ぜんぜん客が入ってないらしく、今週で上映が終わってしまいそうなので、重い腰を上げて映画館へ。
その感想。

うん、やっぱりリブート映画ってダメね。
まったく期待せずに観に行ったのに、それをはるかに下回ってくるという素晴らしい出来。
観ている途中で何度も「あー、こういうのを時間と金のムダと言うんだな」と自分を卑下したさ。
星2つ。★★
想像通りのしょうもなさなので、しょうもないのを観たい人にはオススメです。

唯一うまいなぁ〜と思ったのは、3Dの使い方。
ビスタサイズの画面で上映しときながら、シネスコで一応画角を切り取っておくことで、画面からはみ出る3Dを見せてくれた。
これは意表を突かれたし、なるほど上手に考えたなぁ〜と思った。

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