日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える。

「政治」についての感想なり思いを語りながら、21世紀の〈地域政党〉の〈可能性〉と〈方向性〉について考えたい。

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障碍者の私ににとって、「民主主義」とは何なのか(1)

2017-08-09 | 社会 政治
障碍者(視覚障碍者)の私にとって「民主主義」とは何なのか(1)
 私たちの多くが当たり前のように口にする「民主主義」とは何だろうか。私なりに数十年近く、それこそ頭が腐るほど考えてきたのが、中途視覚障碍者となった今、改めてこの問題に向き合いたい。もちろん、これまでのブログ記事の話と関連しているし、前回、前々回の加計問題の話も念頭に置きながら論じている。
 よく私たちは、民主主義とは「手続き」が大事なんだ、手続きに則った民主主義なんだと語る。(加計問題でも手続きに不正があったとか、不当な圧力があった云々の話がその中心であったのは記憶に新しい。しかしながら、そうした国会の話は、地元愛媛今治市が具体的にどれほどの税金を負担してそれが市民や県民生活にいかほどの負担を強いるかに関してまったくと言ってよいほどに、無関心な態度であった。そこには、当の地元の国会議員が県知事、今治市長と一緒に、推進論者であることも大きく影響しているが、それ以上に、中央と地方の間のバリア関係が存在しているように思われた。あたかも健常者と障碍者の間にあるバリアである。優先順位とその内容がはなはだしく異なっているのだ。中央ではとにかく安倍さえ下せば、成功であり、加計問題やましてや地元県民や市民の生活云々には直接関心がないのだ。)もう少し具体的にその手続きをごく簡単に言うならば、それは一人一票が認められていて、言論、表現、集会、出版その他諸々の「自由」な条件が保証された状態で投票する中で、私たちの代表者を選出する一連の流れを指している。またそのことと関連して、多数決の原則に依拠した、多数決という決定の形式を含む民主主義が大事だとも強調する。
 ここでは、まずは民主主義を便宜的に、このように定義しておこう。それではその手続きなり多数決を誰が実際に担うのかについて考えてみよう。これも簡単に言えば、有権者であるが、その有権者の範疇は時代と国ごとに異なっている。また、マスコミで民主主義というとき、私たちの民主主義は一般には自由民主主義、自由主義的民主主義であり、通常は自由や自由主義的は省略されていることに注意しておかなければならない。それゆえ、私たちが手続き的民主主義とか多数決の原則に依拠した民主主義という場合、正確には手続き的(自由・自由主義的)民主主義であり、多数決原則の(自由。自由主義的)民主主義であることを銘記しておかなければならない。付言すれば、大衆民主主義という場合も、正しくは大衆(自由・自由主義的)民主主義なのだが、その弊害を語る論者の多くは、故意か意図的に、その担い手である「大衆」をやり玉に挙げてきた。(大衆はいい加減で無責任で情報操作を受けやすく社会の不安定化を導く存在であると否定的な位置づけ方がなされてきた。その反面、大衆が担う自由・自由主義的民主主義の「自由・自由主義」の弊害に関しては語らない、目をそらせてきた。
 私はこれまで民主主義の担い手を語る際に、どれほど頭の中では障碍者の存在を理解していたとしても、やはり健常者を中心とした国民、県民、市民、町民、村民を担い手としていたことは間違いない。それゆえ、彼ら障碍者が手続きや多数決原則を重視した民主主義の中で生活したとしても、最初から健常者優先の社会になってしまう懸念や危惧は容易には払拭されないし、残念ながら、私たちの身の回りの生活環境は道路一つとってみても、障碍者には優しくないのである。手続きがいくら「正しい」ものであったとしても、多数決原理を守ったとしても、そうなのだ。逆に言えば、障碍者にとっては、その手続きや多数決それ自体が重荷となってしまう。そうした手続きや多数決型民主主義が障碍者と健常者のバリアをますます強固なものとするように感じてしまう。(この問題に関しては、視覚障碍者の「同行援護」を取り上げながら、次回以降の記事で具体的に話していきたい。)
 それでは、手続きや多数決が問題なのだろうか。障碍者と健常者のバリアを取り除けないのは手続きや多数決に問題があるのだろうか、この点について以下に考えてみたい。結論を先取りして言うならば、もちろん、それはそうではない。手続きや多数決はあくまでも「手段」であり、問題はその手段を使う担い手と、その担い手の目的、目標にある。さらに言うならば、その担い手、つまり政治に参加する有権者やその家族や関係者が、社会(社会といってもいろいろあるが、ここでは国内、国際社会のうちの前者を指している)の中でどのような配置にあるのかである。確かに一人一票だが、その一人は、社会のどこに位置しているのだろうか。当然ながら、それぞれ異なる。それを踏まえてわかりやすく言えば、豊かな階層に位置する一人、貧しい階層に位置する一人、その中間に位置する一人の1票である。こうした階層間のバリアは、先の健常者と障碍者のバリアに似ている。手続きや多数決重視の民主主義によって、このバリア関係を是正したり軽減することはできなかったのではあるまいか。むしろ手続きや多数決はこうしたバリア関係をを前提する、当然のものとして是認する社会の中でつくり出されてきたのではあるまいか。そして、そのバリアを関係を強化、固定化するのに寄与してきたのではあるまいか。もう少し踏み込んでいえば、民主主義の歩みの中で、こうしたバリア関係をたとえ一時的に国内においては「圧縮」できたとしても、世界全体の民主主義の歩みにおいては、バリア関係の維持と存続、その強化に手を貸してきたとしか言いようがないのである。(ピケティの『21世紀の資本』は、資本主義社会の格差の長期的持続性を描いているが、彼はその打開策として、「民主主義を取り戻せ」云々と論じているのだが、私のここまでのくだりを考えれば、民主主義それ自体の歩みもまた自由や人権、平和の「格差」をもとにしてつくり出されてきたのだから、私はやはりピケティの政治的分析には従えない。この点に関してはずっと以前のブログ記事を参照されたい。)
 それでは、そうしたバリアとその関係は誰によってつくられてきたのだろうか。また誰にとって有用、有益なのだろうか。そうしたバリア関係の形成と民主主義の発展の歩みとはどのように関連、関係しているのだろうか。ところで、中途視覚障碍者としての私が、健常者に向かって、「すいません、もっと優しい安心できる安全な道路をお願いします」と訴えたとき、健常者の多くは何故私の声に耳を傾けてはくれないのだろうか。この問いは、すぐさま昨日の健常者の私に対するのと同じものであることに気が付く。なぜ、昨日の、以前のの私は、こうした声に耳を傾けれなかったのか。それでも平気だったのはどうしてなのか。平和な民主主義の社会の果実を謳歌する一方で、民主主義社会を担う健常者としての私の、視覚障碍者や他の障碍者に対するこの残酷さや薄情さは、一体どこからくるものだろうか。手続きなのか、手続きがおかしい、不正があったからなのか、歪めらているからなのか。多数決の原則に問題があるからなのか。いやそうでもあるまい。
 ここで急いで付言しておきたい。先ほどの視覚障碍者としての私の叫びを思い起こしてほしい。そう、もっと優しい、安全、安心な道路をお願いします、の声だ。このような救いを求める、助けを求める声は、世界の此処彼処で発せられてきたのではあるまいか。先進国の皆さん、私たちをもうこれ以上、あなた方の「発展」、「発達」と形容される「近代化」の渦に真子駒内でください。お願いですから、もっと以前にあった私たちの優しかった、安心、安全な社会を、私たちの手に返してください、もうこれ以上あなた方の勝手な利便性のためだけに、私たちの貴重な資源を掘り出し、持ち出さないでください。自然の環境を壊さないでください、との声が。本当ならば、聞こえてくるはずなのだ。途上国の貧しい子供たちが、母親たちが、先進国に暮らす私とあなたたちに訴えているのに。
 それこそ第9条の下で私たちは世界の誰一人殺さないでここまで来られたと湾岸戦争時によく聞かれた声だが、今の私には、昔の論考でそうした独りよがりの無神経さ極まれる平和主義を論難していた以上に、私にはとてもその声の残酷さ、不人情さがやりきれなく響く。世界の至る所で救済を求める声は、まさに誰一人戦争に行かないで殺さないで済んだという日本とそこに暮らす健常者と障碍者に対して、長い間発せられていたのではあるまいか。戦後日本の復興に必要な私たちの[衣食足りて]の営為に応えるために、戦前戦中ならず、戦後も東アジア、東南アジア、南アジア、中東の諸地域とそこに暮らす人々の犠牲を、私たちは強いてきたのではあるまいか。そこではどれほど多くの血が流されきたのかか。それに気が付かないで、先のような戯言を繰り返す第9条論者は、もう第9条云々を語る資格はない。今までとは違った別の語り方があるだろうに。
 いずれにせよ、そうした救いを、助けを求める声に、私たちは耳を傾けられなかったのだ。それは何故だろうか。手続きや多数決に問題があったのではなかろう。大衆民主主義の大衆に問題があったとすべて決めつけるのにも無理があるだろう。こうした一連の問いかけは、今日の格差社会を巡る問題とも関係してくる。ニューディール時代以降の黄金時代のアメリカに戻ればいいとか、戦後の先進国が体験した分厚い中間層が中核をなした社会を取り戻そうとかの見解が目に付くのだが、。それでは問いたいのだ。アメリカが、また他の先進国が豊かで繁栄していた1950,60年代、70年代初頭のアメリカ人や先進国に暮らす人々はその間、こうした貧しい国や地域とそこに暮らす人々の叫びに耳を貸したのだろうか、傾けることができたのか、と。昨日の健常者の私は、今日の明日の視覚障碍者の私に目を向けていただろうか。その存在に気が付いていたのだろうか。ここでも同じように手続きがたとえ素晴らしくても、妥当であれ、その「公正」な手続き的、多数決型民主主義が、貧しい国や地域から発せられている「私たちもあなた方先進国に暮らす人々と同じように、優しく安心、安全な社会をお願いします」との訴えに対して、振り向かないままにあったのは、何故だったのかを問わねばならない。その考察の中で、私たちは再度、手続き型、多数決型民主主義は、あるいは大衆民主主義は、その中に自由、自由主義を埋め込んでいることに気が付くはずである。そこから私たち民主主義の抱える問題は、自由や自由主義に起因するのではないかと、改めて確認するに違いない。
 もっとも、そんなこと言われても多くの人は困ってしまうだろう。特に戦後日本人の思考構造は自由は素晴らしい、人権、民主主義、平和「万歳」と何ら疑うことなく今日まで教えられてきたのだから。それが証拠に、与党も野党も、あの加計学園問題を巡る論戦の中で、手続きの公正さ、行政の正当なプロセス云々を重視した議論はするものの、まったくと言ってよいほどに、自由主義や自由民主主義が、今回は特に加計学園という一私企業の営業の自由と公の福祉が問題にされなければならなかったはずであるが、そうした問題は俎上に載せられないのだ。民主主義、またそれと結合した、そこに埋め込まれている自由、自由主義の抱える問題を基軸に、そこから加計学園問題に切り込んでいける論理、理屈がどうしても必要なのだが、それが容易に提示されないままなのだ。普遍主義、普遍的価値観を、あの安倍首相も共産党の志位委員長も同じく標榜するのだから。護憲派もそうしたバリアを構成している。同時に改憲派もしかりである。改憲派は、営業や通商や私的財産権の自由には手を加えない、むしろその逆にますます力の強い企業や株主が得をする方向にと、さらに地歩を築いていくだろうが、護憲派は、その護憲性ゆえに手も足も出ないのだ。それゆえ、格差問題の解決など彼らに言っても無駄となる。彼らは、その解決にも、憲法を守れ、民主主義を取り戻せとしか叫ばないから。(続)






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