日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える。

「政治」についての感想なり思いを語りながら、21世紀の〈地域政党〉の〈可能性〉と〈方向性〉について考えたい。

「雨にも負けず」の思想を「バリア・フリー党」の思想的根拠として考えてみる

2017-07-16 | 社会 政治
「あちら側」の「あちらの世界」と「こちら側」の「こちらの世界(5)
 
 今回から、「バリア・フリー」思想をひとまず宮沢賢治の雨にも負けずの例の死に表明されている、そういう人になりたい云々の思想だとしておく。ひとまずとは失礼な言い方だが。

「雨ニモマケズ」
雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体をもち 慾は無く 決して怒らず いつも静かに笑っている 一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かり そして忘れず 野原の松の林の陰の 小さな萱ぶきの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い 日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにでくのぼーと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず そういうものに わたしはなりたい

(出典)宮沢賢治「雨ニモマケズ」について(原文、現代語訳付き)
www.revolve-gear.com/blog/archives/153から現代語訳を引用。

 久ぶりに賢治のこの詩を見たときに、以前のブログ記事に書いたことを思い出した。すぐわかるのは、日本国憲法をいくら忠実に学んでも、いくらそれを見事に実践しても、上野市で賢治が描いたような行動をとるのは難しいし、できないだろう。なぜなら、憲法は、損得勘定で生きている人間が中心となって、つくったものだから。近代憲法の作成者はどんな内容であれば自分たちとその関係者が一番儲かるか、誰に、どこに貧乏くじを引かせるかを十分に理解していた人々、今日的表現を使えば、世界的な多国籍企業活動に従事していた人々であった。彼らがつくり出した世界的衣食住のネットワークに、文明や半開、野蛮とそこに暮らす者を組み込見ながら、さらに文明ー阪堺ー野蛮の関係を強化していった。
 彼らの思想的、実践的武器が憲法であることは間違いない。そこにある人権は、まずはそうした一握りの集団に適用された。世界の多くの人たちは、その憲法制定に参加することもできず、そうした憲法の人権内容を普遍的とすることで巨万の富を得る者たちが実権を握る国の植民地や従属地となり果てていた。まさに人権を成り立たせる差別と排除のバリア関係がそこにつくられたのだ。損得勘定の世界を見事に人権は支持し、支えたのだ。営業の自由、通商の自由、そうした活動でつくられた富を保証する私的財産権の自由。憲法を守れと叫ぶことは、現代の多国籍企業を応援することにつながる。「安倍辞めろ」と叫びながら、他方で多国籍企業を応援するのであれば、第2、第3の安倍が登場するのは必至だろう。それゆえ、まずは安倍辞めろで十分ではないか。しかしここでもまた厄介な問題が出てくる。
 多国籍企業というとき、経営者や株主だけではない、そこに働く労働者が存在している。さらにそうした多国籍企業の傘下に、さらに無数の大、中、小、下請け関係が形成されている。有力な労働組合やその労働者は、自分たちの雇用を守るために、やはり企業に、会社に、株主に依存することになる。彼らの護憲は、こうした彼らと働き先の営業の自由や通商の自由を守ることで、逆に非正規や失業者の切実な声を小さく、無力なものとしてしまう。
 共産党は企業がため込んだ内部留保を吐き出せと主張するが、私も大賛成だが、もし本気でそれをするのであれば、やはり改憲しかないだろう。しかしそんなことを口にすれば、有力企業の労働者の支持は離れていくだろう。憲法を守れと革新政党が主張することは、まさに鬼塚英明氏の「田布施システム」に似たあちらに相対立する集団を存続させ続ける。右翼政党と左翼政党は、「同じ穴の狢」としてうまく演じ続けてきた。それも憲法のおかげであろう。

 あちらの話が長くなり恐縮だが、賢治のモデルとした人間から成る人間集団が構想する人権は、少し考えただけでも憲法の人権とは異なることがわかるのではあるまいか。と同時に、その大変さもわかるだろう。私もやはり二の足を踏む。それでも以前とは異なり、これからゆっくり考えていきたい。

 だいぶ最初の話で長くなったが、次に、第9条論者に関して、前回の私のモデルと戦わない、そうした関係が全く見えない覇権システムはもちろん、他の二つのシステムの歩みにも全く気が付かない論者と、アフガニスタンで活動されている医師の中村哲氏のように、差別と排除の関係からなるシステムのあちら側のあちらの世界(今回から、「あちら」、と略す。同様に、こ ちら側のこちらの世界を「こちら」と略す。))の人権のバリア関係を是正するために、戦略的に9条を守ろうとする論者に、さしあたり分けておく。ほとんどの者は前者に位置している、どうにも役に立たない連中だが、私のような戦略的9条論者には、あちらの世界を補強するだけの改憲論者よりはましな存在だ。

 このように述べながら、改めてこちらの運動の難しさを感じる。運動は決して大きくならないだろうし、むしろむなしい戦い、自身との自問自答の日々の連続となる。そういう時には、人を巻き込まないで、人に協力は求めても期待しないことが大事である。
 こうした運動に取り組もうとするならば、いろいろな運動に参加しながらあちらから学ぶと同時に、やはりそれ以上に、こちらの運動指針となる思想なり哲学を時間をかけて
鍛え練り上げることがはるかに大事となる。ブログの記事を書いていく途中で気づいた次第である。

 ここで少し小出裕章さんについて語ってみたい。ユーチューブの小出さんの講演会の活動を見ても、その高潔な人柄が伝わってくる。拙論でも以前、小出さんの著作を紹介しながら、そこで小出さんが原発は人を人として扱わないと厳しく批判していた。虫けら同様に人間を変えてしまう。そうした社会を小出さんは憲法が保障する人権をもちに替えなければならないと、説いていた。
 私はそれがとても残念であり、失望したが、それでも小出さんの原発問題への真摯な取り組みには敬服している。今は、もうそんなことはどうでもいいと感じているが、やはりここが肝心なのだ。
 もちろん、私は小出さんや広瀬隆さんを支持し応援することはやめないし、これまで以上に積極的にかかわりたい。そうしながら、日本国憲法の人権規定について私見を広げていきたい。小出さんのユーチューブ動画で講演会での小出さんの話が印象的であった。福島東京電力の原発放射線物質の拡散被害は今もずっと続いたままで、本来ならば東北地方、関東地方の人々の疎開が急務であり、特に子供たちの状態は一層深刻と述べていた。同時に原発事故の放射線物質の被害を食い止めている原発作業員は東電の会社ではなく、その下請け、またその下請けと10次まで下請け構造ができているようだと語っていた。最低賃金以下で従事する労働者の存在も指摘していた。原発問題は安全かどうかの問題だけでなく、差別の問題にかかわると強調されていた。まさにその通りである。
 問題はこの差別に向き合う理論的武器が日本国憲法だということである。これに関して言えば、古くは『橋のない河』の著者である住井すゑさんも部落差別の解決手段に憲法の重要性を論じていた。最近では高橋哲也さんが『犠牲のシステム』を発表し、その後の東大での講演会でそれに関してやはり日本国憲法の重要性を説いていた。
 私はこれまでそうした憲法を手にした問題への取り組みと解決は難しく、直截的表現をすれば、とんでもない誤りだと論じてきたのだ。そもそも近代社会や近代憲法で歌われてきた人権は差別と排除の関係を基にして実現してきたのだから、そうした差別の関係を刻印した人権を武器したとしても何ら対抗できないのであると。原発は、そうした近代社会を継承した現代社会が手段として生み出したものである。すなわち、システムの自己完結運動のもとで、憲法も、平和的とされる原発も、軍事的核兵器も同じく、システムがつくり出したものなのだ。 
 何かまた大変なことになってきた。はっきりと護憲派や第9条論者との違いを確認しながらも、今までとは異なる私を同時に確認している。運動しながらこちらの思想を鍛える、まずは。しかし従来の人権観では無理だという主張も訴えていきたい。いろいろな運動に顔を出して、私の思いを伝えていきたい。
 
 とにかく人に頼らない、巻き込まないこと。まだまだ私の課題は、こちらの共同体づくりのための思想的、哲学的基盤を練り上げ鍛えていくこと、これがやはり最重要だ、と痛感した次第である。そのためにもこれまで以上にあちらの運動に参加しないと。

ひとまず、投稿した後で、文章の見直しや字句の誤りを訂正したい、できればだが。



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