諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

大学の授業の出席票を書いて出そうとしている夢。

2016年10月14日 14時41分29秒 | 昨日見た夢、いつか見た夢。

久々に夢を見た。大学に通っていて授業を受けている。授業が終わったら既に出席票を回収した後だったと言う夢だ。

私は焦りましたよ。何たって中学からエスカレーターであがれる筈が、下駄を履かせて貰ったとはとは言え受験で大学に入ったのです。私の学力では一番下の史学部でも無理。それなのに商学部を飛び越して経済学部に入った。

私の偏差値は30台(確か33だったような?)。しかし当時の東北学院大経済学部の偏差値は55。高校の担任教師からは「留年する、卒業できず退学する」と言われて授業だけは必死に出ていたのです。出席票が命だったのです。

教授は既に教室を去った。私は教室の後ろの出席票が置かれている机に向かった。出席票が無い。

係りの女の人に聞くとメモ帳の切れ端を何枚か渡されてこれに書けと言う。書くのは私の名前と学生番号。この学生番号が思い出せない。しかも外の人は何か記号みたいなものを書いている。これは何だ。

学生番号は最初の83と何故か25だけは覚えているが全部は思い出せない。でも出席票は出さなければ。それに何だあの記号は。判らない。困った。

しょうがなく私はメモ帳を切った変な模様の入った切れ端をまさぐる。皆変な破れ方でちゃんとしたやつがない。またしょうがなく別の机にあった大学ノートの切れ端の様な用紙を見つける。早く出さなければ。

私は誰かの出席票を掴み記号を書こうとするが人目が気になる。カンニングになるのではないか。

そして自分の学生番号を調べるために学生課を探す。どこかに張り出されているような気がして。でも見つからない。

私は学生番号を諦めて名前と記号のみを書こうと思った。卒業年度と3組と言うクラス番号を書けば判ると思って。

そして誰かの出席票を掴んみどこかで隠れて記号を書こうと思った。隠れる場所を探す。クラブ棟のトイレに入ったら人の形をした焦げ茶色のウンコが掃除作業員の服を着て倒れていた。ゴム手袋だけが何故か動いている。ウンコなのに。

私は気味が悪くなりトイレを出た。「そうだ学生課の人に聞いて出席票を出そう」。そう思い学生課の前に戻る。記号を写し書く。名前も書く。やっぱり学生番号が判らない。そりゃそうだ卒業して30年も経っているのだから。でも提出しなければ。

そうだATMのような卒業証明書を発行する機械があった。そこで調べよう。

でも何で出席票を出すのだろう。既に卒業した筈なのに。何をしているのだ。本当に出さなければ成らないのか。うーん、判らん。うーん、判らんと思いながら目が覚めました。

学生時代の私は必死でした。毎日午前1時15分に起きて高速道路のインターチェンジ近くのガソリンスタンドまで行って東京からトラックで運ばれる新聞を取りに行っていた。そしてチラシ入れ。新聞配達を7時まで。そして食事して大学へ。ハードだった。

授業なんてチンプンカンプン。兎に角、出席票を提出する。それだけが頼みの綱。何とか単位を貰う為に。

そして30年後の今。その努力が意味の無い状況にいる。現在、私の人生は失敗したと心の内で自覚しているのだう。

私は劣等生だった。サラリーマンなんて無理だった。釣りが好きだから漁師の方が良かったのでは。友人のように神職になれたら。商売も仙台では難しい。どう頑張っても駄目な気がする。でも出席票を出せば何とかなる。そう思い込んでいる。その想いが未だにあんな夢を見させたのだろうか。

実はこのパターンの夢は何度も見ています。何時も焦って焦って目を覚まします。「夢で良かった」と言う安堵と、「何であの時のように今は頑張れないのだろう」と言う後悔の気持ちで。

今回は掃除作業員の格好をしたウンコ人間がトイレに横たわっていた。ゴム手袋だけが何とか動いていた。あのウンコ人間は今思うと現在の私なのではないだろうか。

ウンコの夢は金運アップで良い人間関係が結ばれるという吉夢。今の私にはそのどちらも無い。これが吉夢なのか。

卒業した大学の夢を見るのは勉強をし忘れた事を不安に思っているとの事。それは確実にそう思う。私は人より肝心なことが判っていない。判っていたら今みたいな状況に陥っていなかった筈だし。

考えると夢の内容は相反していますね。劣等感はしょうがない。でもウンコ人間が金運と人との縁を暗示しているのであれば有り難い。

そうだ、私はウンコだ。ウンコに人生を賭けよう。ウンコに期待しよう。ウンコを信じて生きよう。ウンコだけが希望だ。ウンコの夢だけを信じよう。現状を打破するためにウンコに願おう。幸せになれますようにと。

 

ではでは。

 

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2 コメント

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なんでしょうね? (りひと)
2016-10-15 06:02:22
超面白い夢ですね。
でもきっとハニヤスさんと関係があるような?
大学の時の出席票って懐かしいですね、日によってとか教授も工夫してくるので授業のどの時間にいるかでもゲット出来るか出来ないか必死でしたよね。事前準備も出来ないし、代筆もそこでお互いの知恵の応酬でしたよ。

夢の件ですが、本当必死な時に自分の目的とはかけ離れたう○こ人間に出会い気にかけた事がとても大事に思います。瀕死だったのか手袋だけ動いていたんでしょ?まだその神生きていそうですね。

先程土御門さんの子孫を調べていたんですよね。土といえば蜘蛛、そこにう○こ人間とハニヤスさんがいそうに思います。

そう大学付属って入っても実はその学力によっては自分の思い通りの学部やその先ゼミに入れないんですよね。またどこか学部による格差みたいなのもずっと引きずる事もあるようで付属の人かわいそうでしたよ。
サークル活動、チャラチャラサークル等もね当時もありましたもん。なんか今勝手に素晴らしい所のように思っていますがそんな事ありませんよね、大学って。
サークル活動では縦の思いやりと責任の継承がなくなり個人主義的で先輩も後輩もやってもらったことを後輩にやってあげるような考えの子もいなく当時も少なくなっていましたから今回の事件もその場しか考えていない代々悪の連鎖に考えています。ただ疑問を持つ事に賛同する気運が学校にも警察にも出てきたのであれば被害者の為にまた今後被害者を作らない為にすべき事が進みそうですね。

また話がそれましたが、う○こ人間は大事です。肥料であり食べ物の母でもありますから。綱永井さんが助けるのかもしれませんね、人間の祓いですので。

ゴム手袋も気になります。足でなく手なんですね。綱永井さんは、手の方に縁がある方、そしてオモダルカシコネが血筋が同じならば足を手がかりに手の神にも慰霊出来るのではないでしょうか?男女の逆の発想から何か進みそうですね。

当時史学部がそんな評価だったのですね?うちも文学部でした。歳を重ねると史学部なんて超魅力なはずですよ、本当残念なほど。自分に合った所が何よりです。若い時に判断するのは至難の技、ただ親が決めたりする今日この頃では後々の親への復讐壊そうなので後悔するもんだと話して自分で決めさせようとは思いますね。2803

そうそう数字も気になりますね。
綱永井さん自身の解釈が一番ですから今後何かピンと来ることあったら報告してくださいね。記事で待っています。6125
必死でした。 (綱永井寵生)
2016-10-23 21:25:38
りひとさんへ

大学時代は必死でした。多分、学年で私が一番学力が低かったと思いますので。
しかし、ノート持込可の試験があるとは思いませんでした。あれでは意味が無い。出席さえしていれば英語もドイツ語も単位が取れた。二流~三流大学の意義って無いかも知れませんね。

ウンコ人間は何のことだか判りません。ゴム手袋だけが動いていた。私の左手の掌の痛み、悔やみを表しているのかも知れません。もとに戻らないということは辛いものです。

今の認識があれば史学部に入って勉強したいですね。出来れば東北学院大学ではなくて東北大学で。学びながら収入が得られれば最高だと思います。

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