諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

塩竃神社の「塩」は本当は「瀧」だったのではあるまいか!? その1

2016年11月07日 08時14分48秒 | 神道

今回のタイトル、流石に塩竃神社関係者に怒られそうです。

塩竃神社境内末社である御釜神社(祭神・塩土老翁)の御神体は塩竃神が塩を作ったと言われる塩竃です。元塩竃神社的存在の鼻節神社周辺で塩竃神が塩を作っていたとの伝承も残っています。塩竃の塩は海水から作った塩。そんなの疑う方がどうかしています。

しかし私は、あえて鬼渡神で神道を考えるようにしています。そして私は福島県生まれです。だからどうしても塩竃の「塩」は間違っていて「瀧」だったのではと思うのです。否、「塩」は間違いと言うより、「塩」にしちゃって誤魔化したのが正解でしょうか。

その理由は福島県が香川県と並んで日本で一番塩竃神社の数が多いのです。神社庁に登録されているその数は19社です。それに比べ塩竃神社総本社が鎮座する宮城県は4社しかない。勿論、神社庁に登録されていない社もあると思いますが、この違いはどう言う事か。

しかも福島県小野町に鎮座する塩竃神社の方が宮城県塩竃市の塩竃神社より古いとの話がある。これが不思議なのです。小野町は山の中にあるので。否、不思議な事に福島県の塩竃神社の多くは山の中にあります。塩は海で作られるのに。

岩手県陸中一ノ宮の駒形神社境内にも塩竃神社があります。本殿の駒形神社よりも境内社の塩竃神社の方が古い。この駒形神社も内陸部にある。

総本社の塩竃神社から分霊されたと聞いていますが、何故、海の塩竃が内陸部の地に分霊されるのでしょう。これが判らない。

最初に考えたのは「温泉から塩を作っていたからではないか」です。実際、温泉から塩を作っている地域が福島県にあります。

当然、温泉は塩化物泉です。日本では単純泉に次いで多いとされる塩化物泉ですが、湯量では50パーセントを占めます。

海岸線の温泉地で多く産出されますが、福島県は元々が海だったからなのか山地からも多く出ます。裏磐梯、柳津、羽鳥高原、喜多方、熱海、会津坂下等々の温泉地がそうです。

でも塩化物泉から塩を精製するのは大変です。海水に比べれば塩分は大幅に少ないので。実際、塩化物泉から作った塩を見たことがあるのですが、確か100gで1000円だったと記憶しています。

勿論、私はそんな高いの買いません。これっ、ぼったくりと言うより、それだけ塩化物泉から塩を精製するのが大変だからだと思えます。

古代の事情ですから断言は出来ませんが、海岸沿いで海水から塩を作って人力や馬で塩を運んだ方が効率が良いと思うのですが、どうでしょう。

古代ですから海の民と山の民の仲が悪かった可能性もあります。でも福島県の妖怪・手長は山の頂上に座って長い腕で海の貝を拾って食べていたとの伝説があります。これは手長、或いは手長足長の部族が海と山に存在し、往来しあっていたと考えられます。

そう考えると山で温泉から塩を作るメリットがやっぱり薄れます。やはり山に塩竃神社があるのは変だと思います。

 

続く。

 

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きたきた! (りひと)
2016-11-08 09:07:15
福島県の小野!
実は今小野にはまっていまして以前全国安曇探しの第二弾で全国小野探ししています。
怖いんですけどこの前聞いた奈良県の葛城についてのお話の中で、伏見八幡神社ってのが小野郷にあるって話も日曜です。

それとその前になんと松島の五大堂の五大明王のご開帳が三井さんでやっていまして会ってきた直後です。そこにですよ、屏風画が展示されていました。そこの案内の中にあった記事がですね、この屏風は一対で展示は松島の絵図でかなり立派でした。もう一対が気になりますよね?展示はないので現存しているのか?そこは調べようと思って止まっていますがそのタイトルが塩竈なんですよ。

松島と塩竈は一対のようなんです。地形的にも描写は優れていますからたぶん見ることが出来たら場所が分かりそうにも思いますよね。

ブラタモの上町台地のテレビでやりましたがほぼ島ですし、奈良も葛城金剛山のみですし、尾張もそうらしいです。
この前気になった弥彦神社と佐渡の関係に近いのではないか?とも思います。山形の白山神社までの砂洲みたいなところは海の幸を手に入れられる場所ですから昔から人がいる可能性も。

山に巨石があり、海に島。そこに観音堂とかだと好きな一族はいたでしょうね。

小野についてはどうやらトミと敵対する勢力も入り込んでいそうなのでひとくくりには出来ないように感じます。

あまりにもタイミングが良すぎるので怖いくらいです。

地形の発想と同じ地形を好む海川経由で動いていた一族が塩竈にも関わるはずです。たたらか製鉄も、塩作りから発展していたのかとも妄想しています。

福島の小野ですが、この前は新潟弥彦山辺りから阿賀野川(水銀中毒の?)と阿賀川を辿っていくと小野観音堂という地図上の文字を発見しました。そこも調べが途中ですが情報は少なそうなです。

今日夢の中で考えていたのですが小野→見目と絡み→(小がなくなり)野見になったのかなあ?埴輪と相撲ですからね。
見目さんから行くと砂の白も塩に関わりますよね。

タイミングが怖かったのでびっくりです。蘇我蝦夷が小野蝦夷であり、小野妹子は子が付くんで渡来系、蝦夷はすでに住んでいた小野なのか?それとも?全国に小野がある理由は?妹子の肖像と言われる美豆良は茨城で発見されています、あのモデルの方は昔からいた小野の可能性はありそうです、伯耆や越の方から関東東北にきている可能性も。その時どこを通ったか?それも地形をみればみえてくるかもしれませんね。3746、2011
塩竃と小野氏。そして瀬織津姫。 (綱永井寵生)
2016-11-14 00:01:14
りひとさんへ

東京に小野神社が2社ありますが、どちらも瀬織津姫を祀っています。小野氏が瀬織津姫を信仰していたのは間違いないです。
そして福島の小野町の塩竃神社。その関連を調べたら塩竃市の塩竃神社の社家にも小野氏がいます。塩竃と瀬織津姫との関連はここから考えていました。
そうなんですよね。 (りひと)
2016-11-14 12:07:07
小野氏は、どうやら神社に関しても関わっているのは確かのように思います。
また、大神神社のタネコさんのエピソードを先入観でもっているとその関係者が神を祀るべきなのだということも理解出来ます。
ただ神社とか寺の特性としては荒ぶる物を抑える事の方が多く感じてしまう。
本来は、巨石などを通して自然の凄さを感じてそれに畏怖を感じ、だからこそ自然に起こる事の中に自分で何かを感じそれに応じてお祈りなり感謝なりしていたようにも思うので。

ただ実体験でもここはまずいなあとか、行こうと思っても行けないとか不思議にあるのは確かですからその家系の特性や向き不向きは絶対にありそうです。
子供の個性と同じで努力してこれになるっていうのは本人も苦しめるだけで合うべき所を探る方がいいとも日常で思っていますし、結局そうなるようにも。父の関わりある地や亡くなった所やお墓も全て振り返るとそう感じてしまいます。

神職は特に立場上難しい仕事、小野氏が関わっているならば縄文の頃か旧石器の頃のも小野氏が関わっていた可能性もあるのか?とも思っていますが、歴史の中では小町、妹子、篁くらいで不思議な感じですね。

また地名としても各地にあることと特に諏訪については神社が並んで出会った事も物が語っているようにも。

ワニザメと思えばウサギに騙されたようですしそれを知らないならウサギに意地悪しただけの悪役になります。ワニザメがいないとウサギは日本にはいないはずですから縁の下の力持ちであり、タッグを組んでいたから今があります。日と月の関係?今日はスーパームーンらしいですけど月が大きすぎちゃうとバランスが崩れてしまうようにも。お薬師さんが星の機能を持てるなら日と月は上手くいくはず。そうそう、小野と虚空蔵菩薩は個人的に関係があるとは思っています。昨日は鳥羽から伊良湖の間の島をみていたんですけど朝熊と神島とが、福島小野と松島みたいにならないかと。崖と砂洲伝いの島みたいな地形が聖地のように感じています。

関東では杉山神社がわけ分からなくなっているし、小野神社(二ノ宮だっだかな?)の役割をきちんとしていくと私の産土神も今どこにあるのか?見えてくるかもしれません。継体さんのお墓の脇のあい川がかなりヒントになり亀岡と大阪向日辺りも関係してくる感じです。

小野は今後鍵だと思います。瀬織津と繋がるなら探究者が増えるんではないでしょうか?今後が楽しみです。9491、8942
小野氏の出身地。 (綱永井寵生)
2016-11-16 21:57:03
りひとさんへ

小野氏の出身地は柚子房さんと同じ滋賀県みたいですけど、東北でも多いですね。小野小町は福島県や秋田県出身と言われたりしていますし。

どうも大江広元の嫡男の配下となり鎌倉から秋田に逃げた小野氏もいるみたいですが、どうも家臣の小野氏が大江氏を連れて行ったと思います。小野氏は全国的に点在している。色んな方面で土地勘がある様です。そして私の家系とも関連があるようです。

それとどうしても武内宿禰との関連が気になります。舞台は私の故郷のいわき市で。まだ考えが練りあがっていませんけど。
太白区で検索して塩竈の記事へ (りひと)
2017-04-08 18:47:00
うわあ、嫌な番号6660、ミロクって言われるといやなんですけど。

こちらもお返事頂いていたようですね。小野はそう近江が出発だと渡来とかなりミックスしちゃいますけど継体天皇は地元の事密着で評価されていたとしたら越を越えて福島がかなり怪しいです。
土地勘ないと行かないでしょうから。比良の辺りも福島の辺りも土地勘ありとも。

そう東北は鎌倉時代でかなり伝説要素が強くなってますよね、ただベースがないと上書きも出来ないので怪しいです。おっしゃる通り逃げてますし、先ほど仙台福島の地図見ていて鎌倉山ありましたね。近畿にも確か。面白くなってきました。

塩は確かに瀧なのかもしれませんね、今実感していますよ。当時はまだそこに食いついてなかったようですけど。まさに塩にしてかくしちゃった感じなのでは。東京では足立に怪しい塩竈さんが。神奈川では琴平神社にも。小野とすれば関東の二ノ宮ですし、小野が乗っかった方なのか?元カラいた方なのかの紙一重なのでしょうね。

天日干しにも塩使いますから縄文まで遡ると嬉しいですけど小野自体はかなり色々入り込んでますので難しい。ただ瀧の本来の信仰を閻魔やお婆さんでどの一族よりも理解したはずだとは思います。となると山岳信仰と小野の関係が気になってきますね。同じベースから違う角度でズレてしまったのか?滝壺だと塩との関連が薄いけど、火山の関係でお湯とか温泉で考えるとそこからミネラルや塩が出来たならそっちもありそうで。
お水とお湯の違いのようにも。そもその水の質はその土壌由来なのでちょいと違う。姉妹みたいなものでしょうかね?6660

武内宿禰さんは私は削いで中味をみたいですね。
そう先ほど知ったのですが粉河寺関連の塩爺さんは大好きだったのですけど、塩爺と関係があった方が森友の関係者にいるんですけど武内のキーワードありで。粉って塩もそうですけどガラスの研磨にも使われているようですし、そばのような食べ物にも、深いですね。阿武くまの武もこれですね、竹の子の竹のが好きです。お察しの通り関わっていそうなのは確かですね。いい目印になると思います。けど削ぎたいですね、個人的には理解しやすいので。中味は塩爺までいけば群馬にも繋がりそうなので大歓迎なのですけど。ひっそり塩川さんが亡くなっていたならばその魂は政界の世直しの原動力にはなるはずです。

粉の総称みたいに考えると塩の意味もどんどん変わってくるのかもしれませんね。

そうだ東北で葉たばこの神社とかも出てきました。お蚕さんのイメージもありますけど、塩とたばこの管理は他のものと違うのも何か意味がありそいうに思います。

武内の内は大好きですし、サッカー好きな武内アナも好きです。いい情報を持ったらぜひ特定の人種のみでなく全ての民衆に役立つ使い方をしてほしいです。国民の財産を減らす事が将来的には良いと思ったのなら受け入れますけど、結果評価額はガタ落ちで再生不能の土地になってしまった結果からみると残念です。そこは塩爺を始め政界や警察にお任せして、歴史の中の宿禰さんに目を光らしておきます。塩が関わってくるのかしら?
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