シンシンの日記

47歳の中年のオッサンの日々の雑感

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ブータン国王スピーチ全文

2012-05-08 10:39:44 | 雑感

今更ながらではあるが、すばらしい名文なのでリンクしておきます。


http://www.proud-japan.net/pe/wtoj/ur2011112501.html
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4月に読んだ本

2012-05-02 09:10:05 |  2-3.読書感想
4月の読書メーター読んだ本の数:2冊読んだページ数:660ページナイス数:15ナイス書物との対話書物との対話本書はユング派の臨床心理学者であり京大名誉教授であった著者が70冊の本への書評を通じて神話・童話・夢・共時性などと臨床心理学を学ぶことが出来る書である。印象的であった記述として「時間はいのちである」という言葉がある。そしてその対極にあるのが「時間はお金である」という考えである。そして「時間がいのちである」ことを実感することとは、合理的でなく現代人が忘れがちな無意識や直感、さらに言えば感謝の心・信仰といったことを意識してみることだろうかと考える。ユング心理学と東洋陰陽思想に相通じるものを感じた。 読了日:04月19日 著者:河合 隼雄
13歳からの道徳教科書13歳からの道徳教科書日本人の心の中には、遠い先祖から脈々と道徳の徳目が受け継がれてきた。戦後教育を受けた世代の多くは、そういうことを学んでいない。昨年の震災では、日本人の節度ある行動が世界から賞賛をうけたが、今こそ日本人の徳目を再認識する時期なのだ。本書を読んだ子供達は、日本に生まれたことを誇りに感じ、自分自身を肯定的にとらえ、将来に夢を抱くことが出来ると思う。そして本書の教養が日本人の常識になれば、国際社会 のなかでの日本の立場はより向上すると思う。子供を持つ親であるなら本書を手に取り、日本の歴史を再認識すべきだと思う。読了日:04月04日 著者:道徳教育をすすめる有識者の会・編
2012年4月の読書メーターまとめ詳細読書メーター
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3月に読んだ本

2012-04-03 16:31:34 |  2-3.読書感想
3月の読書メーター
読んだ本の数:3冊
読んだページ数:724ページ
ナイス数:19ナイス

怨霊になった天皇怨霊になった天皇
京都御所、西の白峯神宮、現在では多くのサッカー選手が奉納することで知られるが、奉られるのは怨霊として恐れられた崇徳天皇である。平安末期、崇徳帝は保元の乱に敗れ讃岐国に流される。そして没後百年後に元寇、二百年後に南北朝動乱期、三百年後に応仁の乱、四百年後は室町幕府滅亡、五百年後は明暦の大火、六百年後は明和事件、七百年後に幕末を迎えた。孝明天皇は世情の混乱は怨霊のせいと考え神霊を京都に奉還することをお決めになられるが、突然に崩御。明治天皇は社殿を完成、ご自身の即位前日に京都に奉迎され、怨霊はお静まりになった。
読了日:03月23日 著者:竹田 恒泰
私の古典と人生―行動哲学としての座右の書私の古典と人生―行動哲学としての座右の書
著者は大正から昭和一桁生まれの世代の方々。思想の中央に教養・人格主義、右側には皇道主義、左側にマルクス主義、それぞれの思想を体感しておられる。本書は雑誌「Voice」に85年頃の寄稿論説集である。高度成長を作り上げた世代の見識の深さに脱帽。橋口収さんの「公正こそ時代の国家原理だ」が印象的。経済の国際化と個人主義の意識の高まりは国家の意識を低下。豊かになった近代国家は自ら到達した限界にきていると論ずる。国家が国民の生活を保障しているのであり、公正としての正義を原則に国家観を考え直す時期に来ていると思う。
読了日:03月08日 著者:伊藤 昌哉,両角 良彦,松本 和男,森本 忠夫,橋口 収,辻 静雄,日下 公人
語られなかった皇族たちの真実-若き末裔が初めて明かす「皇室が2000年続いた理由」語られなかった皇族たちの真実-若き末裔が初めて明かす「皇室が2000年続いた理由」
皇統は万世一系を保つため、世襲親王家と側室制度によって、神武以来二千年以上男系による継承を続けてきた。日本が世界に誇るべきは、伝統に裏打ちされた文化であり、小さくとも尊敬される国家を目指すべきである。 側室制度を復活させることは現実的ではないのだから、検討するべきは世襲親王家の復活である。 過去3回皇統の危機があった。最も古い危機は第26代継体天皇。次は102代後花園天皇、3回目は119代光格天皇。いずれも男系男子を迎えている。 女性宮家の問題が議論される現在、歴史を知るため読むべき一冊であると思う。
読了日:03月05日 著者:竹田 恒泰

2012年3月の読書メーターまとめ詳細
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屋久島3日目、縄文杉との出会い

2012-02-21 15:46:13 | 旅行
3時起床。4時に山岳太郎さんのところでガイドをされておられる飛高さんが迎えに来てくれました。


準備を開始し、車で移動。荒川登山口を5時に出発しました。

縄文杉までの行程

登山口から真っ暗なトロッコ道をヘッドランプをたよりに歩いていきます。



画像が悪くて恐縮ですが、こんな感じです。途中4箇所、手摺の無い橋があり、暗闇の中、橋の下の水音だけが聞こえる橋を渡らなければなりません。

だんだん夜の帳が明けてくるとこんな感じです。



トロッコ道を進んでいくと、朝のご来光に出会いました。


大株歩道入り口から、山道に入ります。道は昨日とその前に降った雪がアイスバーンのようになっているところもあり、アイゼン無しでは歩けません。朝一番乗りで山に入った我々は深雪のなかを進んでいきました。実に爽快でした。


雪に覆われるウイルソン株。

ウイルソン株のご紹介

そして株の中のほこら


そして私が撮ったハート


このスポットで写真を撮るのは、シーズン中はすごい列になるそうですが、我々が行った時は誰もおりませんでした。


そしてこれが大王杉


昭和41年まで、この杉が世界最古、最大の屋久杉だと言われていたそうです。直径11メートル。結構近くまで行けるのですごい迫力です。

そして伝説の大木がこの奥にあると伝えられていたそうですが、昭和41年に縄文杉は皆が知るところになったそうです。大王杉から、奥に上っていくと縄文杉があるのですが



わずか数十メートルの位置にまで近づかないと、その姿は周りの景色のなかに隠され、見つけることが出来ません。昭和41年まで誰に発見されることも無く、黙々と縄文の昔から生き続けてきた御神木は、とてもありがたく鎮座されていました。

番外編ですが、当日、私をいちばん恐れさせていた難所です。朝は真っ暗で何も見えなかったので、高所恐怖症の私は決死の覚悟で渡った橋です。

約10メートル位の橋で、下は深い川が流れておりました。縄文杉との出会いの為に恐怖を振り切り渡った橋、帰りに渡りきったところで記念撮影。神に会う為には試練が必要です。御神木はこのはるか先に鎮座されておられます。

荒川登山口から全工程10時間の道のりでありました。

ガイドをして下さった飛高さん、旅行を企画してくれた鈴木さん、一緒に旅行を盛り上げてくれた上杉さん、そしてサイクルイベント関係者各位、そしてボランティアで支えて下さった方々、沿道で暖かい声援をおくって下さった島民の皆様、本当に有難うございました。

お陰で素晴らしい経験が出来ました。


白谷雲水峡、屋久杉ランドなど、時間の関係で行けなかった素晴らしい場所もあります。家族と一緒にまた帰ってきます。


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屋久島2日目

2012-02-21 14:34:50 | 旅行
屋久島2日目は「2012サイクリング屋久島」

スタートイベントが7時前に始まり、我々もスタート

屋久島の地図


コースは島の北側、中央の宮之浦港から、島を時計回りする約100キロのコース。

スタートから空港までの間は、風は昨日ほどではないにせよ、雹がふる最悪のコンディション。屋久島では冬場は本州同様、島の北側は荒れ模様になる日が多いそうです。

最初のエイドステーション、安房(あんぼう)を超えると、雹もやみ、風もおだやかに。



次の栗生のエイドステーションまでは、なだらかなアップダウンの続く道でした。


栗生のエイドステーションではボランティアの奥様達がおいしい豚汁とかき揚げ天ぷら、焼き塩さば、佃煮のおいしい手作りのお昼ご飯。絶品でした。

ゲッタマンさんのブログ

このブログの上から二つ目の写真が、エイドステーションの奥様達です。



栗生のエイドステーションを超えると、今回コース最大難所の上り坂です。

しばらくヒルクライムの練習もしていないのできつかったです。坂を上りきると西部林道地区、このエリアは世界遺産なので道幅も狭く路面は良くないですが最高の景色です。

大会結果レポート

私もサルと遭遇しました。


西部林道を抜けると、永田のエイドステーションで軽めの休憩をとり、最後の20km。コースの高低表を見る限り、たいしたことは無いのですが疲れているせいか、上り坂は堪えました。

ゴール手前の給水ポイントで、上杉さん、鈴木さんと記念撮影。



なんか怪しい三人ですね。


最後にもう一枚。ダンカンさんとのツーショット


第一エイドステーションまでは自らも走行し、そのあとも先導車に乗り、参加者達を励まし続け、皆を元気付けておられました。

始めはこのような写真を撮って頂くつもりはなかったのですが、氏が皆さんからの撮影要請に温かくこたえ続け、寒いゴール地点でも参加者を最後まで待ち続けるホスピタリティーに感動し、記念撮影させて頂きました。
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屋久島旅行記1日目

2012-02-21 13:25:32 | 旅行
2月18日~20日迄、屋久島に行って居りました。


屋久島空港は、地図の北東にあります。

この日の屋久島空港は強風が吹き荒れ、気温も大阪とそう変わらなかったと思います。

今回、我々は空港のすぐそばにある満天さんに宿泊致しました。
当ホテルの個人的な印象としましては、接客○、食事△、ロケーション◎、温泉◎で、荷物の多い旅行の宿泊地としましては、最高の選択でした。

屋久島は、島の約2割が自然遺産に指定されており、人間が生活できるエリアが限定される為、人口は約13700人(隣の種子島は33000人)位で、住民の7割から8割は観光に関係する仕事をされているそうです。

昼食を済ませた後、島の南側、麦生の町から少し山に入り、千尋滝(せんぴろのたき)を見に行きました。


この写真を撮ったとき、横に可愛い若い女性といかつそうなオッサンがランニングウェアーで身を固め写メをとっていたのですが、同行者の鈴木さんがその女性に、「安田美紗子さんですよね。」と声を掛けると、笑顔でニッコリ。もう一人の同行者の上杉さんもすっかりファンになってしまったようです。

鈴木さんが「写真いいですか?」とご本人に聞くと、全身ムキムキのそのいかつそうな方から「トレーニング中ですので。」やんわり断られました。その方、ゲッタマンという方で、テレビで有名なスポーツインストラクターだったのです。

お二人は、我々も翌日参加する、「サイクリング屋久島」のイベントのゲストとして屋久島に来ておられたようです。

千尋の滝を後にした我々は、宿に戻り、自転車を組み立て、宿の在る空港から明日の大会のスタート地点である宮之浦(島北側中央)まで、自転車で約10kmほど移動し、前夜祭に参加。そこで先程の安田美紗子さん、ゲッタマンさんと再会しました。

思いがけない屋久島の第1日目でありました。

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明後日は建国記念日です。

2012-02-09 14:34:18 | 雑感
紀元前660年2月11日、神武天皇は畝傍山の東南、現在の橿原市に都を開かれるにあたり、詔を発せられた。以下はあるブログからの転載であるが、わかり易く纏まっているのでお時間が許す方はご一読下さい。

そして今年は建国から2672年、民の安寧を大事にする世界最古の王国に生まれたことを誇りに感じる日であることをご家族と共にお祝い下さい。祝祭日には日の丸を掲揚しましょう。


■日本には、国の理想があるのだろうか?

 アメリカの独立記念日は7月4日、フランスの革命記念日は7月14日。それぞれその国の最大の祝日として盛大に祝われます。では、我が国にはそういう日があるのでしょうか。2月11日、つまり「建国記念の日」がそれに当たります。この日は、神武天皇(じんむてんのう)が初代天皇に即位し、日本国を建国された日とされています。戦前には、紀元節と呼ばれ、国民が盛大に祝う重要な日でした。

 神武天皇は、古事記・日本書紀によれば、高天原から日本に降臨した皇孫ニニギノミコトの曽孫に当たります。神武天皇は、当時、我が国が、氏族が割拠し、対立抗争していたのを見て、皇祖・天照大神(あまてらすおおみかみ)の理想とする国を作ろうと考え、九州の日向(ひゅうが)から東征を行いました。その過程で、神武天皇は「つわものの威をからずして、いながらにして天下を平(む)けむ」と言います。すなわち、大業が成った後は、武力を頼まず、徳の働きによって天下を平和に治めていこう、という意味です。そして神武天皇は、様々な困難を乗り越えて、大和に入り、奈良の橿原(かしはら)の地で、初代天皇に即位したとされます。『日本書紀』は、この年を紀元前660年としています。

 この時、神武天皇は、日本建国の理念を高らかに謳い上げたと伝えられます。その理念は、「橿原建都の詔」に示されています。「六合(りくごう)をかねて以て都を開き、八紘(はっこう)を掩(おお)ひて宇(いえ)と為(せ)むこと、また可(よ)からずや」。これは、「国中を一つにして都を開き、さらに天下に住むすべてのものが、一つ屋根の下に大家族のように仲良くくらせるようにすることは、なんと、良いことではないか」という意味です。

 この理念のキーワードが、「八紘一宇(はっこういちう)」です。この言葉は、大東亜戦争において乱用されたため、侵略思想を表す言葉と思っている人が多いかもしれません。しかし、この言葉は、日本人の「道徳上の目標」を表す言葉であって、侵略主義とは無縁のものであることが、東京裁判においても認められています。本来は「世界は一家、人類みな兄弟」という意味であり、英語ではuniversal brotherhood と訳されています。

 また、神武天皇の「建都の詔」には、「苟(いやし)くも民に利あらば、何ぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)はむ」という言葉があります。「民」は「おおみたから」と読みます。そこには、天皇は国民を宝のように大切に考えるという姿勢が表れています。そして、国民の福利をめざす政策を行おうという方針が示されています。

 以来、わが国では、覇権ではなく徳をもって国を治めるという理想が、受け継がれてきました。これは、今日まで皇室が続いてきた理由の一つと言えましょう。このように、記紀は、日本国は高い理想のもとに建国された国であることを伝えています。そのことが歴史的事実であるかどうかは別として、日本人は少なくとも千年以上もの間、そのように信じてきました。そして、その理想が保たれていたことによって、明治維新も成し遂げられたのです。

幕末の日本は、西欧列強の植民地にされるおそれがありました。その危機感の中で、日本人は、新しい国民結集の政治体制をつくろうとしました。そしてその方向性を決定づけたのが、慶応3年12月に出された「王政復古の大号令」です。その中には「諸事神武創業のはじめにもとづき……」という文言があり、神武天皇の建国をモデルにすることが謳われました。そして、明治6年には、2月11日が紀元節と定められ、新国家建設が進められました。明治憲法も、明治22年の2月11日という日を選んで発布されたのです。このような日本国の歴史を振り返るとき、自国の神話と建国の理念を知らなければ、日本の歴史と文化を真に理解することはできないことが分かるのです。

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一月に読んだ本

2012-02-01 09:31:45 | 2.読書
1月の読書メーター
読んだ本の数:6冊
読んだページ数:932ページ
ナイス数:35ナイス

政治家の殺し方政治家の殺し方
氏の講演は今まで数回聞いたことがあるが、余り好感は持っていなかった。本書を読み氏がバッシングを受ける理由がわかった。そして大変失礼ながら氏のことを改めて見直した。全体の約90%は横浜市長時代の改革の内容と、どのような誤解を受けたかを言葉鋭く述べる。それは今、大阪が進めようとしている改革のよきアドバイザーになると期待できる。そして最後に国家観を述べる。日本には自立という価値観が必要である。裏を返せば、今の日本は依存社会である。依存心を助長する仕組みを改め、財政を再建し、活力のある日本を取り戻すと結んでいる。
読了日:01月31日 著者:中田 宏
後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)
アノ人はこの世の中に生きているあいだは真面目なる生涯をおくった人である。といわれる事を残すことが後世への最大遺物である。日本の1/10の面積、1/20の人口のデンマークは、人口一人当たりの貿易高は日本の10倍、イギリスやドイツをも上回る。しかし50年前はドイツとの戦争で敗れ困窮を極めていた。ダルカスとその息子は、領地の大部分を占める荒漠を植林により、肥沃な土地へと変えデンマークを蘇らせた。この事例から、国の興亡は戦争の勝敗によらない。平素の修養による。よき宗教、よき道徳ありて衰えることは無い、と説く。
読了日:01月30日 著者:内村 鑑三
教育勅語の真実―世界から称賛される日本人の美質を育んだ教育勅語の真実―世界から称賛される日本人の美質を育んだ
明治23年教育勅語が渙発。その後日露戦争に日本が勝利すると日本に対する関心は世界中に爆発的に広がった。そして世界は日本発展の原動力は教育勅語を下にした道徳教育の力と捉えたのだ。昨年東日本を襲った震災の日本人の行動に世界中の人々が感嘆と賞賛の声を寄せた。戦後教育を受けた世代の多くは教育勅語を知らない。しかし今尚、我が国の多くの人達の心の中には、世界中を感動させるほどの倫理観が広く浸透しており、それには教育勅語が影響を与えていることを改めて自覚するべきだと思う。 現代語訳も非常に洗練された美しい文章である。
読了日:01月27日 著者:伊藤 哲夫
マザー・テレサ―愛と祈りのことばマザー・テレサ―愛と祈りのことば
本書はマザーが残した数々の語録を祈り・苦しみといった15の項目に分け編集されており、基督教徒でなくても深い示唆を頂ける。「仕事を祈りであるかのように、し続ければよい。」 「なんでもない微笑が及ぼす効果には計り知れないものがあります。」という二つ言葉を挙げておきたい。そして、「日々の仕事を優しいまなざしで心を込めて行う。」ことが重要と理解をしておく。そしてマザーでさえ 「イエス様が私の手に余る沢山の事をおさせになる時には、私もイエス様に微笑むのが難しく思えるときがあるのですよ。」 とおっしゃっておられます。
読了日:01月19日 著者:マザーテレサ,Mother Teresa
楠木正成楠木正成
日本人は楠木正成について考えるとき、帝に絶対的忠誠を尽くし命を犠牲にする事も厭わない武士道精神と夫婦・親子・兄弟が正成の優れた人格に心を寄せ、一族が結束して殉じていくところに美学を感じずにおれない。後醍醐帝の天皇親政による統治は結局は失敗した。鎌倉幕府を滅ぼすという目標を達成すると、方向性を見失い権力闘争により滅びてしまう。それは今の政治を暗示している。施政者が私利私欲無く、質実な模範を示していくのが我が国善政の伝統であり、組織が責任と権限を曖昧にし、私利私欲と権力闘争に陥るとき、国は乱れるのである。
読了日:01月18日 著者:童門 冬二
幻の講話 一巻選集幻の講話 一巻選集
本書は森信三先生が晩年に記した「幻の講話、5巻全集150話」から抜粋された30話であるが、本書は一般には販売しておらず、現在は実践人の家に直接注文すれば入手可能である。「時を守り、場を清め、礼を正す。」「人生2度なし。」「腰骨を立てる。」「躾の三原則」などの名著「修身教授録」にも書かれた生き方の原理原則を晩年の優しさに溢れた文体で、分かり易く述べられている。また後半に記されている「厳たる宇宙の大法」=「物盛んなれば必ず衰う。」「すべて世の中は一長一短」などは先生が達観した世界観ではないかと思う。名著です。
読了日:01月14日 著者:森 信三

2012年1月の読書メーターまとめ詳細
読書メーター
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1月27日(金)のつぶやき

2012-01-28 02:54:05 | 1.こころざし
17:07 from 読書メーター
【教育勅語の真実―世界から称賛される日本人の美質を育んだ/伊藤 哲夫】明治23年教育勅語が渙発。その後日露戦争に日本が勝利すると日本に対する関心は世界中に爆発的に広がった。そして世界は日本発展の原動力... →bit.ly/xAKiWs #bookmeter

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1月26日(木)のつぶやき

2012-01-27 02:52:34 | 1.こころざし
16:05 from gooBlog production
<教育勅語 現代語訳> 「伊藤哲夫 教育勅語の真実より」 goo.gl/3cqTe

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