
この移住記も今回で9回目となった。
10年前に依頼を受けて書いた連載は、ランギロアでの生活の中で
受けたカルチャーショックや暮らしぶりについて
テーマを決めてつづり、第22回で終了となった。
そろそろこの移住記も締めくくりに入ろうかと
迷っていたのだが、10年前に自分が感じたり体験した
あれこれも、読み返していると興味深いので
少しの間ここに掲載しようと思う。
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真珠養殖の仕事にもどうにかこうにか慣れ、
ここでの毎日がおだやかな日常生活の顔を持ちはじめる頃、
島の人々との交流もはじまっていた。
そんな中で感じた、いわゆるカルチャーショックについて、
いくつか書いてみたい。
大家族で暮らしている人が多いタヒチ。
タヒチ本島では、ずいぶん都市化が進んで事情が変わってきたが、
ここトゥアモトゥ諸島では、親子はもちろん孫、兄弟姉妹、
遠い親戚までがひとつ屋根の下に暮らしていたりする。
家の建物自体も、暑いところなので風通しがいいようにと
いうもあるのだろうけれど、いつでもオープン。
ドアも窓もいつでも開いていて、夜になっても閉めないのじゃないかと
思うくらい。
道路から家の中が丸見えで、玄関の横に置いた椅子に
おじいちゃんが腰かけて、日がな一日涼しい風にあたり、
奥の部屋ではマットレスが直接床に置かれ、人が寝ていたり。
家の外では、小学生くらいの子どもたちが
よちよち歩きの赤ちゃんと遊んでいる。
こんな風景が随所で見られるこの島では、
自分の持ち物と他人の持ち物の区別があまりない。
きみのものはぼくのもの。
そんな勝手な、と言いたくなるが、その逆もしかり。
ぼくのものもきみのもの、なのだ。
モノに乏しい離島なのに、いや、だからこそなのか、
人々はあまりモノに執着せずにみんなで共有しあっている。
そんなところへ私たちのような都会人が来ると、どうなるか。
会社の同じ敷地内に、タヒチアンの夫婦が引っ越してきた。
「扇風機を貸してくれない?」と頼まれたので、
越してきたばかりで物がそろっていないのだろうと気の毒に思い、貸した。
私たち日本人の一般的な感覚からすると、
「なるだけ早く自分のを買って、返さなくちゃ」と思うだろう。
しかし、いっこうにそんな気配はなく、どんどん時間がたった。
こちらも扇風機がどうしても必要になり、
「返してくれる?」と催促して返してもらったのだが、
あのまま何も言わなかったら、あの扇風機は、
彼らの家でこわれて動かなくなるまで使われていただろうと思う。
似たようなことが何度か、相手が変わっても続いたので、
「あげてもいい」「なくなってもいい」と思うもの以外は、
貸さないことにした。
「貸して?」は「ちょうだい」と同義語なのだと解釈することにした。
またこれは私が体験したことではなく、友人(日本人)から
聞いた話なのだが、タヒチ女性と部屋をシェアして住んでいたら、
冷蔵庫の中の彼女の食べ物を何も言わずに食べたり、
クローゼットの中の彼女の服を着て出かけたり、
はては彼女のサイフの中身まで使っていたのだそうだ。
友人がそのことで文句を言うと、
本人は悪びれた様子もなく、「私のも使ってよぉ」と言うのだった。
そうだ、使っちゃいなよと私が言うと、
「でも彼女のサイフの中はいつもほとんど空なの」。
持てる者が持たざる者を助ける、という理念(?)なのだろうか、
確かに困ったときに、こちらの人は見返りを期待するでもなく、
とても親身になってくれるのだが・・・。
またあるとき。
「村でバル(ダンスパーティ)があるから、一緒に行こう、
7時に出発ね」と、これはフランス人の友人から誘われた。
7時に出発といわれれば、6時半ごろには準備を終えて、
10分前には友人宅(我が家と同じ敷地内にある)の周りをうろうろ。
しかし約束の7時になっても、誰も出てこない。
そのうち、ダンナのほうがシャワーを浴びている音が聞こえてきて、
奥さんのほうはまだ着替えてもいない・・・。
結局出発したのは8時近くだった。
レストランで待ち合わせしても、時間通りに来ないフランス人の
多いこと、多いこと。
それも10分や20分ではない。
もちろん時間にきっちりしたフランス人も知っているが、
今までのところ1人だけだ。
バースデーなどのホームパーティに呼ばれたりすると、もう大変。
言われた時間どおりに行くと誰も来ていない。
カナッペをつつきながらアペリティフを飲んでいると、
ちらほらとゲストがやってくる。
パーティが始まって、料理が運ばれてくる頃には、おつまみの食べすぎで
お腹はいっぱい。
アペリティフで酔いもかなり回っている。
席にはあらかじめ名札が置かれていて、座る場所が決まっている。
カップルは必ず遠く離れた席に引き離され、しかも別の異性の
となりになるよう、配慮されている。
まだあまり知り合いもいない席で、フランス語でよくわからない話をされて、
途中で帰るわけにもいかず、眠気とたたかいつつ、
前菜からメイン、デザートまでの長い道のりを耐えたのを、
昨日のことのように覚えている。
今では、ちょうどいい頃合いに出かけていって、デザートまで
食べられるよう食べる量を調節しつつ、
どうにかこうにか会話を楽しむ・・・くらいの技術(?)は
習得できたのではないかと、ひそかに自己満足している。
それにしても、他人の家に招待されてトイレを借りるのは
ご法度らしく、誰もトイレに行かないのにはびっくりする。
以上は、フランス式パーティでの話。
タヒチアン宅でのパーティは、またずいぶん様子が違う。
ほとんどの人が朝まで飲んで歌って踊るので、体力が勝負だ。
フランス式パーティでの忍耐とは別のエネルギーが要求される。
タヒチ式パーティのほうが気楽なのだが、最後までつきあえたためしがない。
もちろんこんなパーティを、みんながしょっちゅうやっているわけでは
ないので、念のため。
映画館も赤ちょうちんもない島だから、娯楽としてもとても大切なパーティ。
大勢で集まって飲み食いするパーティを、フェット(フランス語で
お祭りの意味)というのだが、フェットにアルコールはつきもの。
さすがにフランス領なので、ワインも登場するけれど、主流はビール。
タヒチのビール、ヒナノはもちろん、ハイネケンもみんな大好き。
フェットをやるというと、ぐわっと大量に買ってきて、
大きな冷凍庫(島では必需品)に入れて、冷やしている。
ビールの飲み方も、こちら流のスタイルがある。
キンキンに冷やしたやつを一気に喉に流し込んで、
「ぷはーっ」・・・
などという飲み方をしている人は、いない。
みんな基本的に、酒にあまり強くないせいもあるのだろうが、
1本のビールの小瓶を、ちびちびとやっている。
とっくに生ぬるくなっているに違いないのだが、
気にならないらしい。
夫がみんなの前で「ぷはーーっ」と日本流にやって、
瓶をからにしてしまうと、「もったいない」と言われたりする。
ぬるいビールをちびちびすする。これはいまだになじめないビールの飲み方だ。
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これが10年前に私が書いた文章だ。
読み返しながら、自分でうんうんとうなづいたり、笑ったり。
あまり進歩をしていないなあ。
このあとも、貸したものが帰ってこない事件(?)は
何度もあった。ついつい貸してしまうのです、頼まれると。
いつのまにか、自分も人から借りて返していなかったりして。
『家の建物自体も、暑いところなので風通しがいいようにと
いうもあるのだろうけれど、いつでもオープン。
ドアも窓もいつでも開いていて、夜になっても閉めないのじゃないかと
思うくらい。』
と書いているが、現在の我が家はまさにこの状態である。
夜になっても窓を閉めないことが多いし
ドアにも鍵をかけない。
それどころか、うっかりしてしまい
朝起きてみると、ドアが開けっ放し・・・ということすらある。
そして心配するのは、「ねずみが入らなかったかな?」だ。
うむ。
ランギ人の家については、さらに10年がたった今では
人口も増え、住宅も建て込んできたせいか
金網で囲ったり塀をはりめぐらせる家も見かけるようになった。
が、空き巣狙いはあっても、強盗というのは存在しない。
どこの誰かすぐにわかってしまう狭い島ですしね。
警察はちゃんとある。 法に照らし合わせると、裁きが
必要であると思われるようなことが起きても
当事者たちが「まあいいんじゃないの」と思えば
そのままその事件は忘れ去られて行く。
パーティには、まず参加しなくなった。
必要でない我慢をしなくていいのは、精神衛生上まことによろしい。
暮らしている間に、知り合いやその家族が何人も他界した。
葬儀にもできるだけ出たくない・・・なぜなら
ここの慣習が私や夫には(そしておそらくは一般的な日本人にとっても)
かなり過酷であるからだ。
死者の頬にキスをしなくてはいけない。
どう思われますか?
日本の、焼き場でお骨を集める習慣も、私にはどうも
悪い冗談に思えてしまい、出来たらせずにすめばいいなあと
思ってしまうのだが・・・。
こんなことを書いて不快に思われる方がいらしたら
すみません。
こんなだから、日本に住んでいられなくなったのだな。
ビールの飲み方は、やはりちびちびは無理です。
冷たいものは冷たいうちに。
はい。

photo&text by Naoko Nishimura(C) all rights reserved
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