FAR SKY (遠い空) 世の中の本質を自分なりに・・・

遠い空には何が見えるのだろう。若者には輝く未来が。関西弁おっさんにはオネーチャンの優しい笑顔。遠いあの空はどこに行った。

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夜のバラード(34) 続・続デーバナーガリーの悪夢

2015年02月05日 12時53分39秒 | 日記


ৰবীন্দ্ৰনাথ ঠাকুৰ (৭ মে, ১৮৬১ - ৭ আগষ্ট, ১৯৪১) (২৫ বহাগ, ১২৬৮ - ২২ শাওন, ১৩৪৮ বঙ্গাব্দ) বাংলা সাহিত্যৰ দিকদৰ্শক কবি, ঔপন্যাসিক, গল্পকাৰ, গীতিকাৰ, সুৰকাৰ, নাট্যকাৰ আৰু দাৰ্শনিক। ঊনবিংশ শতিকাৰ শেষ ভাগৰ পৰা বিংশ শতিকাৰ মাজভাগলৈকে ৰবীন্দ্ৰনাথে বাংলা সাহিত্যত এক যুগান্তকাৰী পৰিবৰ্তনৰ সূচনা কৰে।

あと2年で8コマの単位が卒業に必要だった。その為にはベンガル語を不本意ながら履修することしか手段はなかった。教師は溝上だった。授業は週1回。生徒は4人。90分の授業では、20分以上の時間が「ベンガル語を読んでは日本語に訳す。」という苦痛をともなう作業が4人各人に課される。言わずもがな予習にはその何倍の時間が必要だった。ベンガル語→日本語の辞書はない。ベンガル語→英語→日本語の2ステップを踏まなければならない。ヒンディー語は大学書林から出版したところだった。私はクラスの誰よりも早く飛びつくようにその辞書を購入した。しかしベンガル語の辞書はなかった。
ベンガル語の授業の始めは小学生が使うような単純な内容の文章だった。しかし、それはすぐノーベル文学賞のタゴールの短編に教材は変わった。試験は半年毎、年2回あった。出題範囲は読んで訳したところ全部。覚えなければならないベンガル語の単語は何万語にもなった。中学高校の英単語量をはるかに上回る。6年かけても物にならなかった英語。それなのに絶対に役に立たないくそ言語を私は必死にベン英辞書を引きまくり、単語帳を何冊何冊も作り、せっせせっせと単語を覚えた。みじめだった。単語はなかなか覚えられなかった。例えば This is a pen. なら thisを引き。isをひき。aは覚えている。penを引くといったありさまだった。また前に覚えたはずの同じ単語を何度も引いては、それを何度も単語帳に記入して覚えようとした。非効率もいいところであった。夏休みの前に1回目の試験があった。今の実力では100点満点の10点ほどしか点数は稼げない。という事は後期にたとえ満点をとっても合計110点で及第の120点には届かない。悩みに悩み、考えに考え、その結果素晴らしいアイデアを思い付いた。私は学生の最終兵器を作成したのだ。それは覚えていない単語を「下敷き」に細かく細かく書いたものを作成したのだ。制作に5時間も掛けたおかげでこの下敷きは私の宝物となった。血と涙で作り上げた、カンニング用の下敷きを今でも手元に残している。これを見るたびに涙がでるのはどうしてだろう。

うん?ところで上の文字。なんと読むかって?
ちょっと待ってやあー。
ボリンドロナアート たーくーお・・・。堪忍して頂戴!




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